第16話
「かくして、『凶運』のジャスレイは伝説のエルフ『山』のバーラを殺した剣を手に、今日も荒野を行くのだ……『エルフ殺し』ジャスレイの波乱の運命やいかに。その傍らの『灰色頭巾』の手にあるギヌー教会謹製の鎚鉾の輝きは、今日も鈍ることはない――」
酒場の一角でエンドレキサがひとくさり吟じ終えたが、拍手も声援も上がらなかった。
「なあ、オレ今回この武器、結局一回も使ってないけど、そこはいいわけ?」
トールが呆れた顔で言う。
「全く問題ないっす。とにかく、著名な冒険者が所有してるってのが重要なんす」
椅子に腰を下ろしたエンドレキサは得意そうに胸を張った。
「著名な冒険者って誰のこと?」
そんな人いましたっけ。と厳しい言葉を投げつけてくるのは、エルフ会議で俺たちに付くことが決まったお目付役、ヴァンネーネンだ。
例の、ギヌーと一緒に現れた『里付き』人族の少女だ。名前を覚えるのに二日はかかった。
俺は、シバラを探す旅を選んだのだ。
あのエルフ会議からは二日が経過している。俺たちはニルレイの街に戻っていた。
一応、『湖』を出るときにはルーランスンの森に近い街に転移するか尋ねられた。
だが、シバラがすぐに見つかるとは考えにくいし、武器の月賦の件もあるので、普通に『湖』のほとりに出してもらった。
「ていうか、俺今度は『エルフ殺し』って呼ばれるわけ……?」
エンドレキサはどうやら著名冒険者の功績収集とかいうのを趣味にしているらしい(トールは「ただのおっかけじゃん!」と言った)。
ギヌーがミラロー監獄に向かったのを知り、これは俺たちが名を上げる出来事があったに違いないと踏んで、ニルレイに戻って待ち構えていたというのだ。
「てっきり、エルフがらみの依頼を達成して、報告に凱旋するものと思ってたっすよ。それがまさか、ただ自殺に巻き込まれただけなんて。せめて、凄い二つ名とか、聴き映えのする唄でも作らないと」
だからって『エルフ殺し』は物騒すぎるだろう。
実のところ、俺の巻き込まれた事態と、陥っている現状は、とくに秘密にしなければならないとも言われなかった。
エルフは人族の間の噂なんか鼻にもかけない。
昨日までに全エルフに通達があって、俺がシバラの合意剣を持っているのは公表された。これで少なくとも俺にむざむざ殺されるエルフは出ないだろう。
逆に、もし俺が人族の世界で剣を奪うために殺されても、彼らには何の不都合もないのだ。なぜなら、使用者登録は俺が死ねば解除されるので、あとはまっさらになった剣を人族から回収すればよいだけ、というわけである。
自分たちが剣のために人族を殺すのは外聞が悪いが、勝手に死ぬ分には好都合。ミゴーやギヌーはかなり気を使ってくれたのだが、エルフ全体の姿勢はその程度なんだよな。やっぱり皆、エルフの人族に対する扱いを過大評価してると思う。
大きな問題があるとすればヴーレに奪われる可能性だが、それこそ囮の役割も兼ねてヴァンネーネンに魔法の道具を持たせているので、逆に出てきて欲しいくらい……これはどのエルフの言葉だったか。
言うのはタダと思って、ミゴーを見つけた報酬ってどうなるんだろうな?とギヌーに聞いてみたのだ。すると彼女は、ヴーレに会ったら請求してみなさいよ、と言うのみだった。
そんなわけで、前金が残っているうちに、今後の長旅を見据えた月賦の前払いを敢行したのだ。そこをエンドレキサに捕まり、酒場に引っ張ってこられて今に至る。
月賦の他にツケもある程度精算したおかげで当然財布は寒い。
しかし以前トールが酒場で飲んでみたいと言っていたので、機会を作ってくれたエンドレキサにも多少はおごってやる。
安酒と安いつまみしか注文してやれないのは悪いが。
「冒険者の功績収集は上等な趣味なんすよ。それなりに人口も多いし。この界隈で一目置かれるには、あれが必須なんす」
ほろ酔いのエンドレキサが隣のトールに絡んでいる。
「あれって?」
「そうっすね、つまり……駆け出しの、まだ誰にも名前を知られてない、とある冒険者に目をつけたとしましょう。もしそいつが、順調に名を上げて、吟遊詩人がこぞって唄うような著名な冒険者になったとする。その時に、同好の集まりでこう言うわけっす――何を隠そう、私はかの冒険者が最初の依頼を受けた時から注目していたよ。これは将来、大物になるとね。ってな風に」
「あ、そう……」
なんだその集まり。楽しいのかそれは。
「『凶運』はその点、中途半端っす。微妙に悪名が知られてるのに、行動は地味だし、唄の結末もいつも代わり映えしないし」
「そりゃ悪かったな」
冒険者の依頼にそんな多様な結末なんかあるか?成功か、失敗か、死ぬかくらいじゃないか?
「今回の『エルフ殺し』は、どう転ぶかまだ読めないすしねえ。だから私としては、『灰色頭巾』に期待してるとこっす。誰よりも先に目をつけたのは間違いないすからね」
エンドレキサがトールにからみ、トールはだんだん船を漕ぎはじめ、ヴァンネーネンは頬を膨らませてもくもくと蜜漬けの木の実を食べている。
そんな風にして、久々の人族の街での夜は更けていった。
その晩は、エンドレキサに頼み、教会にいくらか寄進して宿坊を借りた。
まともな宿屋に比べればかなり安いし、初日から野宿だとヴァンネーネンが辛いかと思った結果だ。
ギヌー教会の面々に別れを告げ、市場で軽く物資の補給をし、ようやく俺たちはニルレイの街を発った。
目指すはルーランスンの森。
「そっちに行ったぞ!」
「りょーかい!」
俺の指示でトールが走る。
剛力と均衡の魔法で身体強化されているが、暴走する牛には多少部が悪いか。
「これ本当に冒険者がやる仕事なの……」
「ぼやいてないで、きみも支援よろしく!」
「もう!」
ヴァンネーネンが釈然としないといった様子で手を振る。
すると、牛を追いかけるトールの走る速度が明らかに速くなった。
ニルレイの街を出て三日。
街道から少し奥まった場所にある村で俺たちは牛を追いかけていた。
ヴァンネーネンはああ言ったが、一応れっきとした依頼だ。放牧場に牛を興奮させる作用のある毒草が蔓延り、手に負えなくなったというものだ。
毒草の刈り取り自体は村人ができるが、暴走牛は村の若者だけでは手が足りず、近くの小さな町に依頼が張り出されたのだ。
まずは牛を集めて毒草の生えていない囲いに入れて、それから放牧場の刈り取り作業を行う手筈になっている。
トールほか、村でも活きがいい若者数名に剛力や均衡の魔法をかけ、追いかけさせて縄をかけるという作戦だ。身体強化の魔法は、元の体力や筋力が高い方が効果も高いので、ヴァンネーネンも支援に回ってもらった。俺は使えない走力の魔法を頼めるのはありがたい。
俺は魔法の連続使用でフラフラになったが、夕方には牛を集める作業と、村人による毒草の刈り取りも終了した。牛の興奮は、二、三日も隔離して汚染されていない草を食べていれば自然に治まる。
その夜は村に泊めてもらうことにして、村長宅で夕飯をご馳走になったのだが、俺たちはまだ休めずにいた。
「トール、まだいけそうか?」
「クラクラしてきた。でも頑張る」
昼間トールと牛集めをした若者たちは、重傷者こそ出なかったものの、あちこち傷だらけになっていた。
怪我はあるが体力に余裕のあったトールは、自分の傷を治癒の魔法で治した後、すぐに他の若者たちにも治療を申し出た。
それはたいそうありがたがられ、若者たちの家からは保存食やら蝋燭やら、現金こそなかったが、様々な旅の邪魔にならないような品物が礼として持ち込まれた。
このやりとりが夕飯の間に村で話題になったようで、食べ終わる頃には村長宅の前にちょっとした行列ができていたのだ。
「おまえまだ加減よくわかってないだろ。倒れる前にやめといた方がいいぞ。あとの人たちには明日また出発前に来るように言おう」
「そうですよ。トールさんが倒れても、私とジャスレイさんじゃ運べません」
「いや、俺は一応なんとかできると思うけど、多分」
もしかすると剛力の魔法がいるかもしれないけどさ。
「あーうん。だいぶやべーわ。今日はここまでだね」
村長が表に断りを入れに出ていったので、かまどの横に臨時に用意された藁の寝床にトールを寝かせる。
「じゃあ、私はおとなりに行きますね。おやすみなさい」
俺とトールは村長宅に厄介になり、ヴァンネーネンは、隣家が未亡人とその娘の女所帯だというので、そこに泊めてもらう。なんでも湯を使わせてくれるという話になったのだとか。
女性と旅をするのは色々と気を使うのである。
「疲れたー。でもアレだな、すげえ充実感」
藁の寝床で居心地のいい位置を探してゴソゴソしていたトールは、やっと落ち着く姿勢を決めたようで、ぐったりと力を抜いた。
「まあ……血袋鼠以来の、依頼らしい依頼か」
ヴーレに呼び出されたのを発端とする諸々は、一般的な依頼とはかけ離れた出来事だったし。
「でもさあ……ジャスがこの依頼受けるぞ!って言い出したとき、おっかしかったよなあ」
トールが言うのは、街道沿いの町で、広場に張り出されていた依頼を見つけた時のことだ。
ヴァンネーネンは、どうもまっすぐルーランスンの森に向かうと思い込んでいたようで、事情が全然飲み込めない様子だったのだ。
ヴーレの件は前金しかないし、それもほとんど経費に月賦と借金払いやなんかで使ってしまっている。
当然、道中で依頼をこなして路銀を稼ぎながら行くしかないのだ。
ヴァンネーネンは『湖付き』としての仕事で俺たちに同行しているので、エルフから定期の給金と、路銀が支給されているらしい。
だから俺たちの受ける依頼に付き合う必要はないし、なんなら町で待っていても良かったのだが、彼女曰く「それであなたたちが姿をくらましたら私が大失態です」とのことで、同行している。
依頼に協力してくれるのは、手伝った方が旅が早く進むと思ってのことらしい。しかも、よほど困難な依頼でもない限り、報酬の分配はいらないとまで言う太っ腹だ。
正直、若い女の子にそこまで言わせるのもどうかと思わないでもない。しかし俺とトールの財政状況の逼迫は、そんなカッコつけをしている場合じゃないところまで来ているので、当面、財布がもう少し落ち着くまでは甘えることにした。
「まあ、ヴァンネーネンを戦力として頼りにしすぎない依頼を受けてくつもりだ。あの子こそちょっと損な役回りだしな」
今まで、人族社会を周るギヌー付きで、それなりに資金が潤沢で安全な旅をしていたはずなのだ。それがいきなりこんな男二人のむさくるしい貧乏旅に同行するよう命令される、というのがどんな気持ちなのか。さすがに悪いなとは思うのである。
「だいぶ治癒の魔法も慣れてきて、調節ての?も今日は結構できたと思う。何より、早くなったぜ」
一方トールは、そうとう治癒の魔法の訓練になったようだ。『湖』では練習の機会がなかったので、ちょうど良かった。
「どうかな、ジャスから見て、金取れるくらいになったと思う?」
「かなりいいんじゃないか。町や村で寝るまでの時間使ってやれば、宿代くらいは出そうな気がするな」
金をもらうのが無理な村でも、物々交換に応じる手もある。
「宿代ねー。正直、もうちょっと野宿とか馬小屋で済ませて、金を貯めたい気もするんだけど」
あの子にも悪いもんなー、とトールも一応ヴァンネーネンに気を使っているらしい。まあ彼女には野宿についてどう思うか聞いてみなければなるまい。
「ああでも、今回の依頼で多少は稼げると思うぞ」
「そうなの?安くなかった?」
実はこの依頼、報酬こそ小額だが、刈り取った毒草を好きなだけ持っていってよいという条件だったのだ。
「あの毒草は、乾燥させれば薬の材料として売れる。多少大きめの町に持ち込む必要はあるけどな。おまえ明日さ、余裕あったら例のアレドに習った魔法で乾燥させてみるか?」
乾いていない状態で持っていってもいいのだが、重いし嵩張るし、さらに籠で持ち歩いたとしても乾燥し切る前にいくらかは腐るだろう。
「あー、たしかにできそうだよな。あれはエルフのとこで暇だったときに結構上手くなったし」
トールは実戦経験こそないものの、なんだかんだ魔法の訓練は積めている。俺は先が楽しみになってきていた。
ただ、トールは最終的には自分の故郷に返してやらなければならないことを忘れてはいけないと思う。
本人は今の生活を苦にしているわけではなさそうだし、それは以前の仕事で色々あったせいで余計そうなっているのだろう。ただ、故郷が帰れるところにあって帰らないのと、本気で帰れないのは、違う問題なのだ。
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