第15話

 それは、バーラが剣を石碑から取り出した時点からの様子を、驚くほど精巧に再現したものだった。

 影絵芝居のようだが、絵の中で動くのはバーラそのものだったし、自分の顔は「え、これが俺なの?」という感じだが、この情景でバーラに相対しているのだから俺なのだろう。

 それにしても、エルフは当然こういったものを見慣れているだろうからともかく、ニルレイの街並みであれほど感動していたトールが無反応なのは解せない。


 バーラが俺の指先に刃を当て、俺は問いかけたことへの返答を得ないまま、椅子に座った姿勢からふらりと傾いた。

 頭を打たぬようにか、バーラは俺の体を支えて、そのまま床に横たえる。

 そして、取り落としていた剣を拾うと、俺の手に握らせた。

「そうよ。私は死がほしい……ふふ、鋭いことを言うから、説得の手間が省けたわね?」

 そうつぶやいて、手のひらを漆黒の刃に滑らせる。その位置は、バーラの遺体に残されていた傷と同じだ。

 ゆらりと立ち上がり、手のひらをしばらく見つめて、やがて石碑にもたれて腰を下ろした。

「この先は、約一時間半後に『山』のバーラが死亡するまで動きがありません。続きをご覧になりますか?」

 相変わらず感情のない声で擬似人格が言う。

「いや、よい。必要なところは見た。解析する必要が出てくれば、また頼む。剣も戻してよいぞ」

 ムニンがやり切れないという様子で、席に戻る。

 剣を戻す?と考えただけで、シバラの合意剣は俺の手の中から消えた。

 これはまた俺の中に仕舞われたということなのか。正直薄気味悪い。

「状況は把握できたわね。冒険者ジャスレイ、私たちはこれから、少し協議しなければならないの。人族用の部屋を用意するから、悪いのだけど待っていてもらえる?」

 とギヌー。

「……ああ。もちろん構わない」

 俺とトールは、また転移の魔法で飛ばされ、人族が休むのに必要なものが一揃いある、豪勢な宿屋のような部屋に通されたのだった。


「やべーよこれ、ほんと野宿とか馬小屋に戻れなくなっちまう」

 トールが寝台でゴロゴロしながらぼやく。

 俺たちが『湖』に来てから、三日が過ぎていた。

「てか、あっちにいた頃だってこんな寝心地いいとこでなんか寝たことないわ。やべーよエルフってやつは」

 勝手に部屋から出ないよう言い含められている以外は、ここは快適そのものだ。

 トールの言うように寝台は表す言葉を思いつかないくらい素晴らしいし、食事は三度三度運ばれてきて、これがまたすこぶる美味いのである。

「暇なのだけが玉に瑕だな。おまえはだいぶ、魔法の練習捗ったみたいだけど」

「まーね。文字も基本の三十文字はもう完璧だし」

 エルフの言うというのが人族の時間感覚と相当違うのは覚悟の上だし、ミゴーとギヌーが協議に加わっていると知ったので、今のところ俺たちは落ち着いていられる。

 トールは魔法の練習に励んでいて、俺も文字を教えたりして時間はつぶせた。


「結局、あのヴーレってエルフは何だったんだろうな?よく考えたらさ、オレたちミゴーを見つけてるんだから、残りの報酬貰ってもよくねえ?」

「そうだけど……あいつとまた会いたいか?」

「ヤダ」

 そうだろうとも。俺もだよ。

「教会への武器代、知らない間にかわりに払ってくれたらサイコー」

「そりゃ最高だが、そんな都合よく動くような奴でもねえだろうよ」

 正直、バーラにあいつのことを聞きそびれたのはとても痛い。

 俺たちもビンドも、顔すら見ていない上に名前も偽名だ。唯一間違いなく繋がっていたのがバーラだというのに。

 合意剣が見せた映像に(トール曰くあの手のものをというのだそうで、元いた世界では当たり前に普及していたらしい)、バーラが俺を説得するつもりだったらしき言葉が残されていた。

 もし俺が迂闊にあんなこと口に出さなければ、合意剣の『処刑』の魔法は成立せず、バーラは死ななかったのだ。

 彼女が俺を穏便に説得するつもりだったなら、粘って断るとか、何かしら抵抗の術はあったのかもしれない。

「まーたクヨクヨ考えてる。ジャスのせいじゃねえって。知らなかったもんはどうしようもないだろ」

 寝台を降りたトールが、俺の掛けている椅子の正面に来る。

「バーラはその覚悟があってああしたんだろ。嫌なら、自分で手を切らなきゃ済んだ話だ。オレらなんかと違って、エルフは何千年とか生きてる間に、考える時間もたくさんあったはずだよ。それで決めたことなんだから、他人に止められるとは思わないよ」

 トールは神妙に言う。

「おまえの言う通りなのは、わかってるさ。単に俺の気持ちの踏ん切りがつかないだけ――」

 その時、部屋の呼び鈴が鳴った。

 初日以降、飯の時間にしか鳴らなかったものだが、夕飯は食ったばかりだ。

「どうぞ」

 扉の前まで行って返事をし、壁に体を隠すように立つ。トールは慣れたもので、俺の後ろについた。

「失礼します」

 引いた扉の前にいたのは、人族にしても小さな人影だった。

「あれ、きみは」

 その人物は一歩中に入り、腰のあたりが不自然に膨らんだ大きな外套の頭巾から顔を出した。

 現れたのは、少女といって差し支えのない容姿の女性だった。

 背丈はやはり、俺の顎下あたりまでしかない。つやつやした濃い色の髪を肩で切り揃えていて、青い大きな瞳がこちらを見上げている。

 頭の丸さや頬の膨らみが童女めいていて、故郷にいる親戚の子供を思い出すなあ……。

「ええとたしか……この間、監獄にギヌーと一緒に来ていた子だよな」

「『子』ではありません。私は『湖付き』のヴァンネーネン。協議に一旦の結論が出ましたので、お二人をエルフの皆様のところへお連れするようにと言われています」


 案内されて着いたのは、中央に大きな円卓の置かれた部屋だ。着席しているエルフの様子からして、今までここで協議が行われていたらしい。

「どうぞ、座って楽にして」

 ギヌーから勧められた椅子は、人族の座高でも円卓にちょうどよくなるような高さに作ってあった。つまり、足が浮く。足置き台がついているものの、これまたなんだか幼児にでもなった気分だ。

「人族のやり方に合わせて、簡潔に説明するわね。まず最も気になっているだろう話、冒険者ジャスレイ、あなたがこの度のバーラの自死について責任があるかどうか」

 なんたる単刀直入。

 ギヌーはミゴーが人族に慣れていると評しただけあって、エルフとは思えない話し方をする。

「これについては、否。バーラと会う前、ミゴーはシバラの合意剣について説明をしなかった。よって、冒険者ジャスレイは、バーラが剣をどう使うのか知りようがなかったため。次に行くわね」

 ほんとに早いな……

「前提として、シバラの合意剣の現在の状態を説明するわね。使用登録者とはどういう状態なのか、というところから」


 ギヌーは宣言どおり、ごく簡潔に効率よく事情を説明してくれた。

 曰く――


 もともと剣が監獄で処刑や自死を望むエルフのために使われていた頃は、使用登録者は数百年から千年ごと程度で代替わりしていた。一人のエルフが長く担うには負担の多い立場だと考えられていたからだ。

 この代替わりの手続きは、例の石碑にシバラが付与していた管理のための魔法が使われていたが、当然これも、監獄の放棄の際に解除されていた。

 バーラのやったことは、剣の部分的修復と、石碑の管理魔法の修復だが、管理魔法の方はバーラの死で監獄の魔法循環が途切れた際に再度失われている。

「あなたを使用登録者から解放するためには、二つの方法がある。一つは、私たちでバーラのやったように管理魔法の修復を行うこと。これはバーラ単独で三百年ほどかかっているの。もう少し短縮できるとは思うわ。それでも、私たちにとってはさほど長い時間ではないけれど、あなたにとっては大問題よね」

「そうですね、俺はどんなに長生きしてもあと二十年か……頑張って三十年かな。その程度で死にます」

「あなたの寿命が来るまで、『里』に留め置いて置けば良いという意見もあった。でもそれは、さすがに人族を尊重しなさすぎよ。却下されたから安心してね」

 危うく死ぬまで軟禁されるところだったのか?怖すぎるわ!

「もう一つの方法は、剣の製作者シバラに会うこと。実現すればおそらくこちらの方が確実で早いわ。ただ問題もある」

 ギヌーの言葉をムニンが引き継いだ。

「『森』のシバラに最後に会ったエルフは、おそらくバーラを除けば私なのだ。シバラは剣を破壊する任務を受け、命に反して『処刑』を残存させた。そのせいかは不明だが、以降行方をくらましている」

「バーラは居所をつかんだと聞いていますが……」

 俺が尋ねるとミゴーもうなずいた。

「私が会った時にバーラはそう言っていた。どうやったのかまで聞いておけばよかったのだが」

「シバラがどこにいるのか、大体の場所は判明している。ただ、あやつは我らの中でも有数の魔法の使い手なのだ。我らの『里』を構築する魔法の原理は、かなりの部分がシバラによって作られたものなのだが、それらと同水準の魔法によって、同族の訪問を拒んでいる」

 驚いた。人族の間には、『森』のシバラというエルフの名は伝わっていない。『里』が成立したのは、エルフの歴史の中でもかなり古い時代のはずだ。それほどの歳を重ねた、しかも重要な役目を果たしたエルフだったとは。

「ただ、これは私が人族の社会をまわる間に得た情報……いえ伝説に近いものなのだけど」

 ギヌーが言う。

「シバラが住んでいると思われるのは、人族の世界の辺境と呼ばれる場所よ。人族はルーランスンの森と呼んでいる地域、あなたは知っている?」

「え?あ、はい。知っています」

 知っているも何も、という地名だった。

「その森には伝説があるそうね。森の奥深くで迷った子供を送り返してくれる、『森の賢者』」

「地域ではわりと有名な話だったはず……」

「つまり、過去に人族はシバラに遭遇している可能性がある。それも、伝説になるくらいの回数をね。もしかすると、人族ならシバラの領域に踏み込めるかもしれない」


 その後の話は、俺の今後の処遇についてだ。

 死ぬまで軟禁案と、可哀想だけど殺して剣も奪おうぜ案は、ミゴーとギヌーを中心とした、数名の人族尊重派によって却下されたらしい。

 だが、いかに双方同意がなければ作動しないとはいえ、エルフを殺せる道具を持った人族を野放しにはできない。

 まず連絡のつく全てのエルフに対して、人族の冒険者ジャスレイがシバラの合意剣を所有している事情とバーラの死を公表する。

 これで、まず俺がエルフを謀って殺すことは防げる。それでも騙される者については自己責任。

 そして俺自身については、拘束はしないし、行動の強制もしないが、できればシバラを探して会って欲しい。強めのお願いだと思ってちょうだい、というのがギヌーの言葉だ。

 もちろん、望むならこのまま『湖』なり『山』なりに生涯いても良い。住まいと仕事は、『里付き』の人族と同等のものを与える。

 もし、エルフの監視下を離れて冒険者稼業に戻るなら、エルフの選んだお目付役が付く。

 このお目付役は『里付き』人族で、結局詳細が不明のままの、ヴーレを名乗るエルフへの対策でもあるという。

 ヴーレのことと、石碑を使った使用者登録解除については、俺がどうするかとは無関係にエルフの方でも調査継続となる案件だ。

 もし、俺が旅する間にヴーレに殺されれば、剣は目的も正体も不明の怪しいエルフの手に渡ってしまう。そうさせないために、お目付役には『里』直通の連絡手段と、防衛の魔法の品を持たせることにする。

「ある意味、囮ということですね?」

「その意図がないとは言わないわ。でも私たちの監視と守護がなければ、あなた多分すぐ殺されて終わりよ。……私たちが慣れない大急ぎで出した結論は、大体話したわ。それで、あなたはどうしたいのかしら、ジャスレイ」


 

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