第17話

「え。ご実家なの?」

「なんだよ、最初に言えよー」

 とある町の宿屋兼食堂の、朝の風景である。

 俺たち三人は、前日にこの町に着き、例のもらってきた毒草の売り先を見つけて、やっと少し財布が温まったところだった。

 安宿ではあるが、ギヌー教会の宿坊以来の宿を取り、一夜明けて食堂に集合している。

 ルーランスンの森には、順調にいってあと十日程度で着くのだが、何もしないでただ進むと、その頃には路銀が尽きる。

 今いる町から先には、小さな集落や村が点在するだけだ。それで、ここで多少仕事をしていくかを相談することにした。

 その話の流れで、森に一番近い村は実は俺の故郷で、着いてしまえば一応、寝床のあてはあると告げたのだ。

「実家っていうか……ガキの頃に俺の親が死んで、同じ村にいた叔母夫婦のとこに数年厄介になってたんだ。今は、叔母と従姉妹が宿屋をやってる」

 村としては規模は大きめ、町というには小さい、程度のところである。

「ご親戚だからといって、無料で泊めていただくわけにはいかないでしょう?」

「んー、まあ……ヴァンネーネン、きみの部屋だけ三人で折半で借りて、俺たちは叔母のとこに泊まるってのもありかと思う」

「村では依頼はなさそうなの?」

 トールが尋ねる。

「全くないわけでもない、俺らでやれるかは別として。多分数は多くないはずだ。シバラを探すのも、村を拠点にして、それなりに時間がかかるって想定なんだが」

「なら、選択肢の多いこの町で多少仕事をしていくのがいいと思います」

「だなー」

「ヴァンネーネン、きみは本来、お目付役としてここにいるだろ。俺は仕事をするにあたって、この前みたいな手伝い以上のことを期待するのは、申し訳ないと思ってる。きみはその辺りどう考えてる?」

 ヴァンネーネンは首を傾げて少し考えた。

「そうですね。私を主戦力として据えないと無理、みたいな依頼を受けるのはちょっと違うかなと思います。でも後衛としてお二人のお手伝いはできますよ」

「わかった。じゃあここで少し路銀を稼いでいこう。今回からは、ヴァンネーネンも報酬を分配する。一応、毒草を売った分で若干余裕が出たし」

 トールが魔法で乾燥させたおかげで、毒草はが相当減って、かなりの量をもらうことができたのだ。

「ジャスレイさんって、そんなに強いわけではないけれど、そういう所は熟練の冒険者という感じですね」

「そ、そお?」

「いや褒められてねーよ、ジャス」

 あれ、そうなの?


「で、どんなのを受けるんだ?」

 この町でも、依頼は酒場と広場に張り出されている。まずは、宿から近い広場の方に来てみた。

「そうだなあ……そろそろおまえも怪物退治なんかを経験してもいい頃か」

「トールさんはまだ駆け出しなの?」

 そういえば、ヴァンネーネンにはその辺りの事情を説明していなかったか。

「というか、何を受けるとか以前に確認しとくことがあったよな。悪い」

 もともとヴァンネーネンを戦力と数えるつもりはあまりなかったので、つい忘れていた。依頼を受けるなら、この一団の戦力分析をしておかなくては。


 一旦、人通りの邪魔にならない路地に移動して、俺たちは輪になった。

「じゃあ俺からだ。得物は直剣。剛力と均衡の魔法で身体強化して、相手に応じて剣にも魔法を纏わせて斬りかかる。炎やら冷気やらな。他にも色々使える魔法があるが、本職の魔法使いよりは威力も弱いし、息切れも早いと思ってくれ」

「器用貧乏って感じですね」

 ヴァンネーネンが痛い所をつく。

「仕方ねえんだよ、今までロクに人と組めたことなくてだな……必要に応じてその場その場で覚えてきた結果っていうか」

 だからうだつが上がらないのだ。自分でもわかってるんだよ、畜生。

「まーこれからは、オレがジャスのそういうとこ助けてく予定だから!オレは武器は鈍器、あと盾。まあどっちもまだ使ったことないけど。それと治癒と、熱くもできる明かりの魔法。魔法は結構上手くなったの、ネネちゃんも知ってるだろ」

 トールはここ数日、ヴァンネーネンをこの不思議な愛称で呼んでいる。

「だからなんでそう略すの……」

「ヴ、って発音しづらいんだもんオレ」

「そうかなって気はしてた」

 ヴーレも言いづらそうだもんな、おまえ。

「まあいいです……私もそういえば、走力の魔法くらいしか見せてなかったですね。武器はこれです」

 そう言って、彼女は外套を跳ね上げ、腰の後ろから何かを取り出した。それは、湾曲した長い棒を半分に折り畳んだようなものに見える。

「使うときはこう」

 片手に持って振ると、折り畳み部分が開いた。さらに一瞬魔法の匂いが漂ったと思うと、ヴァンネーネンの手には、彼女の身長に匹敵する全長の長弓があった。

「エルフ製の武器か!」

「はい。弦も矢も魔法で賄います。だから普段は人に見せないようにしてるんですけど」

 さすが、『里付き』は伊達じゃないということだ。

「この他に、魔法は剛力、走力、跳躍、隠蔽が使えます」

 ははあ。彼女の運用方法が想定できる組み合わせだな。

「一団としちゃ、意外と悪くない顔ぶれになったなんじゃないか?」

「そうかな。トールさんは早く武器振る経験積まないとです。それに数が多いとか、大きくて力が強い怪物には対処できないでしょう?この三人」

 数、と考えて首を捻る。

「三人いるなら、ジャスのあれでなんとかならないの?数が多い場合」

「あれって?」

「一応……業火の魔法が使える。ただし、そのあとぶっ倒れるし、数日動けなくなる」

「オレが担いで帰るよ!」

 トールよ、なんでそんなに嬉しそうなんだ。

「それは使えるうちに入らないと思う……」


 とりあえず、現在の戦力で対応できる依頼を選ぶ方針になった。

 怪物の正体が不明の依頼は調査と偵察を行い、対処できない相手と判明したら潔く撤退して他の冒険者に流す。

 実際、冒険者間の、そういった依頼のやりとりはよく行われる。

 偵察までだった場合、当然報酬は減るが、死と依頼失敗の危険は避けられる。流した先の冒険者としても、怪物の正体が判明した状態で引き受けるので、準備を整えて向かえる利点がある。

 あとは、依頼主にあらかじめその辺りを説明して、撤退の場合、偵察分の報酬をその時点でもらうという了解を取っておく必要がある。そこで断られたら、依頼書を戻すだけ。


 そんなわけで、再度広場にやってきた。

「ネネちゃんは怪物退治、結構やったことあるの?」

 まだ依頼書があまり読めないトールがヴァンネーネンに尋ねる。

「そうですね。ギヌー様付きになる前は、人族の集落への救援で何度か。『湖』に人族が助けを求めた場合、エルフの皆様が直接出ることは基本ないです。『里付き』わたしたちの部隊で大体片付きますから」

 逆にギヌー様は人族のゴタゴタに首を突っ込むのがお好きで、お止めする方に苦労してました、と肩をすくめる。

 考えてみると、俺も『里付き』人族と知り合ったのは初めてだ。考えようによっては、エルフよりも遭遇しないかもしれない。

「お、これはどうだ?」

 ちょうど良さそうなのを見つけたので、二人を呼ぶ。

「森の中に出る、若い娘の……ゆ……」

 依頼書を読み上げるヴァンネーネンが途中で硬直した。

「ゆ?ゆ……う、き?て読むの?」

 トールが隣から覗き込む。

「幽鬼。恨みを呑んで死んだ人族の成れの果てって言われてるけど実際どうなんだかね」

「幽鬼はいやです」

 固まっていたヴァンネーネンが食い気味に言う。

「へ?いやって。なんで?」

「そんなに大変な相手でもないぞ。倒す手順も確立してるし」

 もとは人族だったってのが眉唾だと俺が思うのも、そのあたりが理由だ。討伐方法が広まるほどたくさんいるんだから、そういう種類の怪物なんだろう。

「とにかく幽鬼はいや。ほかのにして」

「!……ははーん。ネネちゃん、オバケが怖いんだな」

「ちがいます。幽鬼以外ならなんでもいいから、もっとよく探して」

 他のと言っても、色々考えて選んだのがこれなんだけどなあ……

「いやあ、わかるよ、オレもオバケは好きってほどじゃねえし。怖いよね」

「馬鹿にしてますね?怖いわけじゃないですから。いやなだけです」

「怖い気持ちを認めるのが乗り越える一歩だと思うよ!」

「もおおおお、違うって言ってるのに!」

 言い争いの程度が子供並みになってるぞ。

 まあこの二人、どっちも実年齢は知らないが見た目はガキみたいなんだよな。俺は他人からは子供二人連れた父親みたいに見えるんじゃないだろうか……


「嫌がってる子を無理に連れてくのは良くないですよ、お父さん」

 俺の内心を読んだかのような声が横あいからかけられた。

「そうだよオッサン!かわいそうだろ!」

 振り向くと、二人連れの女性冒険者が立っていた。

 顔は似ているが、受ける印象がまるで対照的な二人だった。

 最初に話しかけてきた柔らかい口調の方が、革鎧で身を固め、戦斧を担いだ女性だ。体格は得物にふさわしくごついが、クセのない淡い金髪に縁取られた顔は柔和な面立ちだ。

 対して、後から威勢よく話しかけてきたのが、魔法使い風の外套を着込んだ女性。面立ちは最初の女性によく似ているのに、こちらは覇気のある表情と身振りで、気が強いのが顔だけでわかる。髪はもう一人よりやや濃い金髪だ。

「えーと、どちらさま?」

 俺はおかしな二つ名で呼ばれてはいるものの、冒険者にもそれなりに知己はある。誰も組みたがらないだけで。

 この二人は、少なくともニルレイの街や、俺が今まで拠点を置いた場所では見たことのない顔だ。

「ああ、急に悪かったね。あたしたちはギンニール姉妹。あたしが姉のオリガンセン」

「妹のマイアエイスです」

「どうも。ジャスレイだ」

 戸惑いながらも自己紹介する。

「オレはトール。ジャスレイの連れ。子供じゃないからな」

「ヴァンネーネンです。このおじさんの子供ではありません」

 ヴァンネーネンの口調にはトゲがある。いやまあ無理もないか。

「あそうなの?まあなんでもいいけど」

 魔法使いの方がカラッとした反応を返して笑う。

「それで……受ける依頼にお困りなのかと思ったんですが、違いましたか?」

 そう尋ねるのは斧戦士の方だ。

「まあね。俺とこの子はともかく、こいつがまだ駆け出しなんだ。なんでもやれるって状態ではない」

 それで選んだ幽鬼なわけだが。

「見た感じ……あんたが前衛の軽戦士、こっちが盾持ち神官兵見習い、お嬢ちゃんが弓使いの後衛てとこ?」

「凄いねおねーさん。ほぼ当たりじゃん」

 というかどこから見ていたんだ?この二人。路地裏だったとはいえ、ヴァンネーネンが出したエルフ製の武器を見られているのか、それとも彼女の外套のふくらみから判断したのか。

「あたしたち、こっちの地域に来たばかりでね。知り合いも、仲介屋のあてもないんだ。二人でやれる依頼があるか見にきたとこなんだけど、あんたたちと組めば、そら、かなりいい感じの一団になると思わないかい?」


 なんと臨時の一団のお誘いだ。

 今までは探してもなかなか誰も組んでくれなかったというのに。複数人でいるって、こんなに違うもんなんだな……

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