第4話
「今いるここと、オレが元々いたところは、位置関係がどうなってんのかも想像つかないし、普通に無職になってるし、厄介な状況といえばその通りなんだと思う」
俺は数日前自分で語った「転移の魔法の事故でどことも知れない場所に飛ばされることもある」というのを思い出していた。
「でもそれをクヨクヨ考えても解決するわけじゃないから、とりあえず目の前のことをやってくしかねーかなって」
そんなわけでさ、と言ってトールは居住まいを正した。
「オレはあんたについて行こうと思って」
……ん?
なんか俺の感覚だと、完全に話が飛んだように思えるんだが。
「ごめん、なんだって?」
「オレは、あんたに、ついてく」
ったくまた話聞いてないのかよ?とボヤいて、トールは何事もなかったように敷藁を掻き集める作業を再開した。
「あんた、なーんか抜けてるし危なっかしいからさ」
いや、危なっかしいって、えっ?
ついてくるって何だ、と問いただそうとしたのだが、トールはその後まったく俺の質問に取り合わず、馬の世話に精を出しはじめた。
馬が好きなのか尋ねると、これには実物を見たのは昨日がはじめてだと返答する。
俺が村長の寝室を占領していた二晩、トールとアレドレキは納屋を借りて寝たらしい。その宿泊の礼として、アレドレキは手荒れに効く軟膏を奥方に提供し、トールは今日と同じく馬の世話を引き受けることにした。馬小屋でやるべき仕事はそのときに一通り村長に教わったのだそうだ。
「無事話がついたようで良かったではないか」
「まーね」
「いや、俺は承諾してないからな」
その夜は、もう十分回復したと村長夫妻に告げて、俺も納屋に泊まらせてもらうことにした。
三人並んで藁の山に横たわっているが、すでに二晩に渡って一緒に過ごしている二人はすっかり意気投合した様子で、俺をそっちのけで話を進めている。
「どうして俺なんだ。アレドについて行ったっていいだろうに」
「もちろん私の方は一向に構わないぞ。ギヌー教会は共に歩もうとする者を拒まない」
アレドレキが鷹揚に笑う。
「教会はちょっと気が向かない」
「だそうだ。しかし彼は有望だぞ。この二晩で、血袋鼠退治で使った明かりの魔法を習得したのだからな」
「なんだって?!あれを?」
驚いて飛び起きる。
「だって、ここへ来るまで魔法を見たこともなかったんだろ?」
「その通り。まあ、だからこそとも言えるな。『凶運』どのも知っているだろう、魔法は数を覚えるほど、新しい魔法の習得に苦労するようになる」
魔法を覚えようとしたら真っ先に師から教えられるし、どの教書にもはじめの方に書いてあることだ。
「彼は私が教えた明かりの魔法が最初の一つだ。確かに一般に広まっている明かりより難度は高いのだが、経験の浅い者が使えぬというわけではない。ああ、もちろん威力はまだまだ弱いぞ。私が使ったものほどの光量や熱を生み出すには、要修業だな」
隣から、えいや!と気合いが上がったと同時、納屋にロウソク程度のぼんやりとした明かりが灯った。
見れば、トールの立てた指先は明かりの魔法で輝いている。どうやらアレドレキの話の間に魔法を練っていたようだ。
「本当にできるようになってやがる……」
ただの明かりの魔法でない証拠に、手をかざすとささやかな熱が感じられた。
「今日は寝る前に初歩の治癒の魔法を教えてもらう約束をしてたんだ」
「素晴らしい向学心だ。こんな若者を逃す手はないと思うのだがね」
気楽に言ってくれる。
「あのなあ……俺についてくれば当然、冒険者稼業に足を踏み入れることになるんだぞ。危険なのは今回でわかっただろうに」
それこそ、今までと同じように荷役の仕事を探す道もあるはずだろ、と続ける。
「荷役夫ではできないこともあるのではないかな」
「どんなことだよ」
「彼が故郷に帰る方法を見つけることだよ」
アレドレキが神妙に囁いた内容にハッとする。
「冒険者なら、依頼で様々な土地へ赴き、有力者やエルフとだって知己になる機会があるだろう。いつか、まだ見ぬ未知の世界に繋がる方法を見出せるかもしれない……違うかね?」
当のトール本人は、さてね、と興味なさげに肩をすくめて、明かりを消して横たわった。
「いやしかし……戦った経験もないんだろ」
「さすがにそれは苦しいぞ『凶運』どの。誰でも未経験から始めるのだから。まあ、真面目な話……そうだな、教えた感触では大魔法使いとはいかないが、冒険者として十分やっていけるくらいには使えるようになると思う」
それを聞いてトールはやった!と小さな声で快哉を叫んだ。板壁に開いた節の穴から射し込む青みがかった月明かりで、寝転んだまま握り締めた拳を掲げているのが見えた。
「力が強いし、足腰も頑丈だから、大盾と鎚鉾を持たせれば、良い神官兵になると思うぞ」
「もっかい言っとくけどオレは教会には入らないからね」
「それは残念だ。だが、戦い方は今言ったものが向いていると思う。魔法を練り上げる時間を、盾と鎚鉾で稼ぐのだよ」
板金兜と鎖帷子に身を包み、盾を構えてトゲ付き鉄球だの棍棒だのを振り回す、神官兵のよくある姿を思い浮かべる。
昨今都を中心に勢力を拡大している教団の噂は聞いているが、戒律で刃物を持たないなんてのは詭弁もいいところで、打撃武器に特化した暴力集団という印象しかない。
「もちろん最初から八面六臂の大活躍なんぞ、期待してはなるまい。だが少なくとも彼がいれば、例の業火の魔法も使う選択肢に入るわけだろう?」
痛いところをついてくる。
使った後に人事不省になるなんて危険すぎるので、使おうにも使えない、まさに宝の持ち腐れだったのだ、あの魔法は。
本職の魔法使いはあれを片手間にヒョイヒョイ使えるというんだから、才能の差は諦めるしかない。
しかしこれまでの怪物退治の場面で、業火が使えれば怪我をしないですんだとか、怪我がなければ赤字を出さずにすんだとか、赤字がなければ野宿じゃなくて宿で寝られるとか……ああ、俺って貧乏の悪循環に陥ってる。
なんだかぐったりした気分になって、藁の山に体を倒した。まだ疲れが残っているのかもしれない。
「だから言ってるだろ。オレがいる方が、あんたはやれることの幅が広がる。オレは右も左もわからない知らない世界で野垂れ死にしないですむ」
うぃんうぃんじゃん、と謎の語句で締め括り、トールは藁の上で俺に背を向け、アレドレキをつついた。
「とりあえず、眠くならないうちに始めようよ。治癒の魔法ってやつ、あんたから教わっといたほうがいいだろ」
「おお、そうだったな。『凶運』どの、我らはしばらくこれにかかるので、あなたは先に寝ていてくれ。うるさくないようにするからな」
トールの体のさらに向こうから、アレドレキのやたら長い腕が伸びてきて、俺が包まっていた掛布を頭の上まで引っ張り上げた。
「よく眠られよ。また明日な」
「ちょっ……ガキじゃねえんだ、よせって」
背中をとんとん叩かれて辟易する。
「まあ見とけよ、明日には治癒の魔法、使えるようになってるからさ」
こいつら俺の言うことを聞く気が全くない。やれやれだ。
翌朝、村長宅の水汲みを手伝い、豆と燕麦の粥の朝食をご馳走になって、そろそろ出発という話になった。
「おお、これはすごい。村にも治癒の魔法が使える者がいればなあ」
村長が、ささくれやあかぎれがきれいに治った妻の手をしげしげ見ながら、感嘆のため息をつく。
トールは宣言通り、初歩の治癒の魔法を使えるようになっていた。
「以前この村でも、旅の神官様から教わって治癒の魔法を使えるようになった娘がいたのだ。だが周辺の村だのからも引き合いがあって、あちこち出向いて治癒士をやっているうちに結局、街に移り住んでしまってな」
田舎の村に魔法使いがあまりいないのはこういうわけである。それに、旅をして魔法を売っている者からすれば、あまり僻地の村に普及しては商売が立ち行かなくなるわけで。
「へっへ。これをどんどん練習して、アレドみたいな、ジュッ!完治!ってな感じになる予定だからな」
「あかぎれ治します、って旗でもたてて歩くか?」
皮肉で言ったつもりだったのに、トールがいいじゃんそれ、と乗り気になって困惑する。
「まあ、軽い傷を小銭もらって治すのは、経験積むのに良いかもな。ニルレイの街に戻ったら何か考えてやるよ」
結局、俺は少なくとも当面の間はトールを同行させることを了承してしまった。
というのも、アレドレキは『湖』沿いの集落までは一緒に行くが、そこから対岸には渡らず、湖岸に点在する村や集落を徒歩で回るつもりらしいからだ。
村長によると、ここしばらく旅の魔法使いや神官の立ち寄りがなかったそうなので、需要があるはずというわけだ。
「おまえのその目立つ格好をなんとかする必要があるし、靴ももっとマシなもんが要る。ちょっとした刃物とか水筒、野営に使う細かい道具なんかもな。飯は食わせてやるから、もらった報酬使わないでとっておけよな」
「りょーかい!」
「神官兵の使う盾や棍棒は、我らギヌー教会の拠点でも商っておる。ニルレイの街なら、モルドリッケという者が代表を務めているから、私の名を出して訪ねると良い」
「わかったよ。モル……なんとかな」
「モルドリッケだろ。ジャス、そういうとこだぞ」
くそ。なんだかすっかり俺の立場が弱くなってる。
半日歩いて『湖』のほとりに着き、来たときには食料だけ買った家で寝床を借りた。
これは結局、納屋の隅に泊まることだったのだが、しまわれているものが漁の道具だけあって魚くささが鼻についた。トールは匂いは馬小屋の方が好きだ、と辛そうにしていた。俺も同意見だ。
次の朝、まずはこの集落で商いをするというアレドレキと別れて、俺たちは渡し舟に乗った。数日前の船頭と違って、今度の漕ぎ手は無口な初老の男だった。黙々と櫂を動かすのを眺めていると、前日の寝不足もあって、二人とも眠りこんでしまった。
「おお……ほんとに街だ」
「なんだよ疑ってたのか?」
街道沿いの森が途切れ、ニルレイの街が見えたのは午後も遅くなってからだ。
石造りの高い壁に囲まれ、その向こうに瓦屋根の街並みや尖塔が見える。
「村の規模があれだったから、街ってどんなもんかと思ってさ」
「『湖』の近郊では随一の街だからな。旅に必要なものを揃えるのは明日になるが……今晩はどうするか。宿に泊まるのはまだちょっと手持ちが心許ないんだよなあ」
「え、そうなの?」
「おまえ、街が大きいってことは物価も高いんだぞ。馬小屋と大差ないようなところでも、村の納屋を借りるよりも取りやがる」
「せ、世知辛え……」
奥に見えるのは城かと聞かれて、このあたりの人族なら皆知ってる、街の成り立ちを聞かせてやることにした。
「ニルレイの街は、もともとは昔の王が築いた城塞だったらしい。何百年も前の話だ。王は愚かにも、『湖』のエルフに戦を仕掛けようとした。結果はもちろん――」
「もちろん?」
「戦は始まることなく、王は一族ともども滅ぼされた」
「はい?」
「戦は始まることなく、王は一族ともども滅ぼされた」
「聞こえてるから繰り返さなくていい。なにそれ、なんか話の中間飛ばしてない?」
「飛ばしてない。これは、この街の歴史であると同時に、人族共通の教訓話でもある」
エルフのいない世界から来た、というトールの主張が事実とすると、俺は面倒を見る者の義務として、色々と教えておく必要がある。
「おまえの知ってるお伽話の中のエルフがどんなだったのかは知らないが、この世界の常識を話してやる」
「おう」
「エルフに戦を仕掛けるために、王は城を築き、兵を集め、武器を揃えた。戦支度が整っていくのを、ちょうど山のほうに見える高い塔、あの辺から見下ろしたりしていたんだろう、多分な」
「うん」
「だが、明日にも進撃を開始しようというある夜、城のあちこちで、突如何人もの人族が燃え上がり、消し炭になった。それは全て、王と王の一族だった」
「えっ、怪談話なの?」
「歴史だ。残された側近たちの前に、一人のエルフが現れて告げた。戦をしたいなら、この城ごと、城下の人族全員が王と同じ末路を辿ることになるがどうする?と。側近たちは兵を解散すると約束し、二度と戦は企てないと誓いを立てて、城塞の跡地を都市にすることを許された」
「教訓ってつまり、エルフはすげえ強くておっかないから手を出すな、ってこと?」
「そうだ。似たような話はあちこちに残ってて、俺の知ってる中で一番悲惨なのは、六万の兵がエルフ五人に滅ぼされたってやつだ」
「五人?!五万じゃなくて?!」
「五人。ちなみに名前も言えるぞ。『山』のムニン、キヤナ、バーラ、ニッテ、アノー。当然だが、全員今も健在だ」
「エルフやべーな……」
「だろ。まあ、奴らにとって人族はせいぜい……そうだな庭で飼ってる家鴨かなんか程度の存在なんだ。こっちから危害を加えようって企まない限りは危険はない」
「企んでもダメとか怖すぎだろ」
エルフに関して知っておくべきことはまだまだあるが、そろそろ街の門が近づいてきた。
「また暇を見て話してやる。さあ、入るぞ」
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