.5

松浦は機械室から声をかける。

「住んでますよ」

少しして焼却炉の向こうから四人が現れた。

「薬有りますか?」

女の人が言った。久しぶりに若い女の子から声をかけられたので松浦は素直に答えた。

「消毒薬とバンドエイドなら」

「消毒薬と食料交換しませんか?」

消毒薬なら業務用でたくさんある。松浦は大きくうなづいた。

女の顔は帽子を深くかぶっていたからよく分からなかった。

「どうやって交換します?」

女の子は言った。松浦はロープを指差した。

焼却炉の燃えカスをかき混ぜるクレーンにロープを張った。向こうから必需品を運ぶ為に作った運搬用。


松浦は消毒薬を取りに行きそこでまた悩む。どれくらいの食料と交換するか分からない事に気付いた。だがかなりある消毒薬の量を見て「別にいいか」とつぶやいた。


二リットル入りの消毒液。まだ十一本あり、松浦は一度も使ってなかった。一本だけ持ち、運搬カゴに入れてロープを引っ張った。


「そのカゴに食料を入れて帰ってください」

と松浦は言ったが、何故か女の子が運搬カゴに乗ろうとしていた。

「ちょっと待って。君は要らないよ」

松浦の言葉に男が初めて声を出した。

「こんなに貰えるとは思ってなかったから見合う食料はないよ。せめてこの子の身体をと思って」

松浦は罠だと勘ぐる。

「要らないし、それタダであげるから帰ってください」

「いやいや、そうわけにはいかないよ。この無秩序な世界だからこそ礼儀は必要だからねぇ」

男の優しい言い方が嘘を真実にしていた。

「乗ってもいいけれどロープ切りますよ」

女の動きが止まる。その後に沈黙。


「他に仲間は居るのかな?」

男は変わらず優しい声で語りかけた。

「居ますよ。何人も」

松浦の言葉はすぐにウソだとバレる言い方。

「なら、他の人と変わってよ。君以外と交渉したい」

男は笑ってから言った。明らかに松浦を馬鹿にした笑い方だった。松浦は腹を括った。ロープはまた作り直せばいい。また鉄板を持ち上げればいい。

松浦は何も答えずピンと張ってあるロープを次々と切った。運搬カゴが音を立てて下に落ちた。


「テメェ」

優しい口調だった男がヤクザのような声になり松浦を恫喝した。

「ぜってぇ、殺してやる。食料要らないって事はあるんだろ。仲間もいない。それでよく生きてこれたな」

違う男も大声を上げて罵倒する。

「ミミズみたいにずっと隠れてたんだろ?ゴミと一緒に」

他の男が言い、男達が嘲笑う。

松浦は何も言わなかった。

「どうした?早く食料もよこせ」

「それよりも、ここに住もうぜ」

「ゴミの中は嫌だよ。さすがに。俺たち人間だぜ」

男三人は口々に悪態をついて笑い合う。

「下を覗いてみなよ」

松浦は言った。

「え?聞こえないぞ。ビビってるのは分かるが」

また笑い声。

「下を覗けよ」

松浦は怒鳴った。

男達は下を覗く。その瞬間に松浦は残りのロープを切った。焼却炉の入り口の鉄板が大きな音を立てて入り口を塞いだ。

「おい。テメェ。ふざけるな」

男三人で鉄板を持ち上げたり押したりするがピクリとも動かない。四人の居場所は狭い。横幅二メートル半。そして一メートル先は深い焼却炉の穴だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る