ちいさなカメラマン

 肌に温かな風を感じ、大きく深呼吸した。さーて昼は何にしようか、いつものコンビニでいつもの弁当……飽きてきたなぁ。


 会社を出て、横断歩道。左へ進み、コンビニだ。


 何回も行ってたら顔見知りには、なってそうだよね。話を持ちかける勇気はないけど。


「あっ、お兄ちゃん!」

「え、あー、千里。お母さんと買い物?」


 商品棚から、顔を覗かせていた。千里は身体を使い、否定を表した。


「ひとりなのー。お兄ちゃんは?」

「お昼休憩だよ。何食べようかなーって」

「じゃあこれは?」


 ガッツリ系のヌードルねぇ。


「お湯が必要になるねー。場所を選ばないで食べれるのがいいかな」

「これねー、千里が好きなおにぎり!」


 たまごが巻かれてて、オムライス風か。たまには良いかも。


「よーし、これにしよう」

「千里とおそろい!」


 お母さんには内緒だよ、とお菓子を半分にした。コンビニを出て帰るのかと思いきや、腕をぎゅっと掴みにきた。


「どうした?」

「お兄ちゃんは、春のお祭り知ってる?」

「あぁ~、地域のイベントな。行きたいの?」


 大きく何度も頷いている。


「お母さんや、友達と行けるんじゃない? 言ってみたら?」

「お母さんと、お兄ちゃんとで行きたいの」


 春の祭り。姉貴のほうが小遣い多くて、どこに行くのも一緒で、楽しかったかと言われればそうでもない気がする。

 あれって夕方なんだよなぁ、間に合うか怪しい。


「お仕事、早く終わってきて」


 澄みきった心を持つ、特別なことは何もない、祭りが行けたらいい、それだけなんだ。渡れるはずだった信号。葛藤にまわしてしまい、千里の言葉に頷いて後ろ姿を見送っていたら、赤に変わっていた。




 予め決まっている日程を、自分の都合で変えるなんて出来ない。作業での工程を差し支えのない部分を省略しよう。


「随分スマートですね。何か予定でも?」

「あ、いや、まぁ少し」

「へぇ。そうなんですか。彼女さんでも?」


 現場監督から踏みいった話題、珍しい。何なんだ。


 蓄積したものは疲れとして身体に出る。千里の約束まであと二日、体調を崩すわけには。




『そうですか、分かりました。お大事に』


 感情のない決まりきったフレーズ。通話を切った耳にはりついた。怠いだけ、でも現場で動いたら支障が出るかもしれない。


 今日の夕方が約束なのに。もし移したら大変だし、断りのメールを送ろう。水分は取って、身体を休ませる。時計の音がやけに大きい。


「ん、なんか光った?」


 スマホに届いたのは、短い映像だった。ブレすぎてて対象がわからない。次に写真。林檎飴? 屋台にあるモノ、だろうとは思う。


『やっとキレイに撮れたぁ~! お兄ちゃん、見えてる?』


 屋台が並んでて、千里の声が入ってて。全部、ぜんぶ千里が。


 玄関が騒がしくなった。叩いてるのはきっと。


「お兄ちゃん、お熱平気!?」

「ちーちゃんが買っていくって、言うこときかないのよ。食べられそうだったら貰ってくれない?」


 どういうスイッチが入ってるのか、お世話モードの千里が食べさせてあげると、暴走ぎみ。ほんのり温かいたこ焼きをゆっくり噛んだ。


「美味しい、ありがと。行けなくてごめんね」

「来年は絶対だよ?」


 互いに小指をからませ、上下にぶんぶんと振った。姉貴とだった祭りの記憶に、新しく追加された。最高の一日だ。来年は必ず。



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