運ばれてきた、春休み。

戌井てと

ちいさなシェフ

 ふと目が覚めた。ぼんやりした頭で、スマホを弄る。夕方……窓、閉めたカーテン、下から微かに差し込む柿色。とりあえず顔をさっぱりさせて、何か食べよう。


 夜勤明け。相応しい対価はあっても、疲れて寝て起きて、日が傾いてるのを見ると色々と無駄にしてないか焦りがくる。


 小さめの冷蔵庫、しゃがんで開けた。ベーコン、もやし、豆腐。味噌、卵。……何を作る? 考えることが面倒になってきた。




 …───ドンドンドンッ

「…はっ!?」


 玄関を、何者かが叩いている。鳴らせよ、誰なんだ。ドアスコープからそーっと覗くも、姿がない。


「どちら様ですか?」

「あーけーてっ!」


 この声、姉貴の子どもか。そりゃ、鳴らそうにも届かないし、姿も見えないな。


「どうしたの?」

「わぁ! 髪ボサボサ~」


 人を指差して笑うんじゃない。夜勤明けなんだから仕方ないんだよ。お邪魔する気で来たようだ、適当に靴をぬいで部屋へとダッシュ。


「学校は?」

「春休みだよ?」

「…──あぁ、そっか?」


 何言ってんの? っていう目で見るなよ。大人になったら感覚狂ってくるんだからな。威張ることでもないか。下腹部が盛大に鳴った。


「お兄ちゃん、ご飯は?」

「夜勤明け、何も食ってない」


 姉貴の子ども、千里ちさとがニヤニヤする。丁度良いってときに姉貴は動き、やってやったのよと笑うんだ。そこら辺がなんか似てる。


「千里ね、お味噌汁作れるんだよ。やろっか?」

「へぇ~。味噌はあるけど……、この具材で作れそう?」


 片手、ちいさい手でピースをした。子ども用が無いんだよなぁ。側で見とかないと。あとは、高さか? 売ろうかどうか、重くて結局そのままの段ボール。中は本がびっしり詰まってる、それを台にしよう。


 スムーズな運び、繰り返し家でやったのかな。楽しそうなのが伝わってくる。


「あっ!! ご飯は?」

「それはあるよ。常におかずが足りないだけで」


 少し抜けてるところを見ると、子どもだなって感じる。そこさえ完璧なら母親そっくり。


「ランチョンマット無いの?」

「普段どんな風にしてんの……お洒落だな。ここには無いよ」


 カチッと脚を立てて、机の完成。湯気がたちのぼる。


「いただきます」

「どーぞっ!」


 やさしい味が。ほっとする。

 千里は、ずーっとニコニコ。あっという間に器は空になった。少しの間、テレビを見て。しりとりに付き合って。


「もう帰るねぇ~、楽しかった!」

「送るよ」

「明るい公園通って帰るから平気!」


 外灯の多い公園。姉貴に言われてるんだろう。──と、ズボンのポケットでスマホが震えた。


「丁度良いなぁー、ほんと。迎えに行くってさ。俺と一緒に公園で待ってよう」

「やったぁ! まだ遊べる」


 言った通り、まだ遊んだ。なんでそんなに体力あるんだ……若いってスゲェ。


「千里ー。ちーちゃん!」

「あっ、おかぁさーん!」


 肩で息をしてる俺を見て、姉貴は笑っていた。


「助かりました。ありがとうね」

「こちらこそ、助けられた」

「ちーちゃん、何かやったの?」

「えーっとねー、お味噌汁作った!」


 すぐ会える距離なのになぁ、散々走って疲れたくせになぁ。


「また作ってくれる? 四年後とか」

「良いよぉ~!」


 作ってもらって言い忘れてたから。美味しかった、料理上手だね、しっくりこない……意味なく、疑うことのない年頃までに、もう一度だけ。


「何のイベントなのよ」


 少し笑った。ということは、伝わった、で良いかな。



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