第28話 決着
(白雪は足場のない空中で飛ぶ手段なんて持ってない! どうする、どうする……!)
「あああああ! こうするしか! ねーよな!!」
俺は変身を解いた。『亀』ではなく生身の人間姿のまま、落下してくる白雪の真下に駆け込み、両手を広げる。
「白雪! 俺の上に落ちてこい! 何もできねー『亀』でも、クッションくらいにはなるだろ!!」
「へ……!? ちょっと、万生橋――きゃああああああっ!!」
――ぐしゃあっ!
「うぐぇっ……!」
白雪が、落下した。俺の上にダイレクトに。自由落下の速度で。
仰向けに倒れたまま、俺の胸元に顔を突っ伏している白雪に声を掛ける。
「――大丈夫、か?」
「…………」
「怪我は……って、怪我ばっかだな、お前。はは……」
怪我はしていたが菫野に受けた傷は浅く、致命傷には程遠いものばかりだった。無事を確認して安堵したせいか思わず笑いが零れる。
「……ばかっ! 危ないじゃない!」
「せっかく助けたのに、またそれかよ?」
「う……あ、ありがと……」
おずおずと恥ずかしそうに俺の上から退く白雪。
「はいはい。っと、菫野達は――? へっくし! 寒っ……!?」
ふたりの様子を確認しようと立ち上がる。気がつけば、校庭が冷蔵庫の中にいるみたいに冷気に満たされていた。
「ふたりなら寒くてしばらく動けない筈よ。さっきの泡に冷気を満たして凍らせたもの。術者である私の至近距離にいたし、翼は凍って感覚も麻痺していると思う」
(白雪のやつ、いつの間に……)
相変わらずの機転と手際の良さに感心する。
「――ん? 術者のお前はともかく、俺、寒いだけでなんともないぞ……?」
「『亀』だから……? まぁ、頑丈なのはあんたの取り柄よね?」
白雪はどこか自慢げにふっと笑うと、校庭の中央に視線を向ける。
翼が凍り、睫毛や頬に霜をおろした『闇の魔法少女』コンビ。身体の芯から冷えるのか、寒さに震えながらも青く染まった唇を開く。
「まだ……! 負けてない! 『絶望』をなんとかしないと、紫が――!」
鋭くこちらを睨めつける泉に同調するように頷く菫野。けど――
「やめておけ泉! 菫野も、もう限界だろう!?」
「限界じゃない! 紫が『やれる』って言ってるんだ! だから、まだやれる!」
「けどあなた達、震えて立つのもやっとじゃない!」
「そうだ! お前らは俺達に倒された! 負けを認めろ!」
その言葉に、泉がゆらりと立ち上がる。寒さで震える身体を抑え、関節に張り付いた氷をパキパキと鳴らして、静かに口を開いた。
「負けた……? 倒した、だって? 僕たちを? お前らが?」
「「…………」」
その異様な雰囲気に、俺達は唾を飲み込む。
次の瞬間――泉は激昂した。
「『倒した』なんてよくも簡単に言ってくれるよね!? 僕たちが! 今までどんな思いで強くなってきたかも知らないくせに!」
「なっ――」
「僕と紫は! 少しずつ色んなスキルを身に着けて! 改良と工夫を重ねて! 沢山ミタマを倒して! ずっと一緒に頑張ってきたっていうのに! どうして、こんな……!」
声が震えているのは寒さのせいなのか。
それともこれは、泉の心からの声なのか。
「紫が自分を取り戻すまで! 僕は何度でも這い上がる! たとえそれが友人を地獄に引き摺りこむことになったとしても! 僕は、僕たちは……! お前らみたいな、なりたての素人に! あっさり負けるわけにはいかないんだよぉ!」
泉の声に、菫野がよろよろと立ち上がる。その目に宿る紫紺の闘志。どうやら
「黙って聞いてりゃ……! お前らがその気なら、こっちだって!」
俺は白雪を振り返る。もうぶっちゃけ菫野の為とかいうことは頭から吹っ飛んでいた。泉達が今までどうしてきたかは俺にはわからない。けど、俺達だって頑張ってきたんだ。こんなところで一方的に言われっぱなしじゃ俺だって黙っていられない。
「お前らのことなんか知らねーよ! ああ、知らないね! けど、俺と白雪だってそれなりに頑張ってきたんだ! いざガチンコで戦うって時に、黙ってサンドバックにされると思うなよ!?」
「はぁ!? 万生橋のくせに生意気なんじゃないの!? 僕の紫が! お前らなんかに負けるわけないだろうっ!?」
「うるせー!! 俺はともかく白雪はなぁ! ずっと強くなろうって、頑張ってきたんだよ! お姉さんの為に、ずっとずっと! たったひとりで! 変なあだ名付けられても! それでも頑張ってきたんだよ!」
「ちょ、万生橋!?」
「俺のことはどう言ったって構わねぇが、白雪までバカにすんなら許さねぇぞ!」
俺は、杖を両手に赤面する白雪に告げた。
「今度こそ、徹底的に勝つぞ白雪! お前の水流、俺の盾に反射させて倍にして撃ち返せ!」
「わ、わかった……!」
その眼差しから本気度を悟った白雪が杖を構える。
「ふーん……そういうことするの。紫、全力で行け! お前が望むなら、僕は何にでもなれる! さぁ、何がいい!?」
問われた菫野は大鎌を構え、やる気に満ちた声を張り上げた。
「うん、全力……! 式部! はかいこうせん!!」
(えっ?)
その返答に、泉は菫野を二度見する。
さっきから随分とあいまいな菫野の要望に的確に応えてきた泉も、流石に今回は意味不明らしい。勿論、俺達も意味不明だ。強そうなのは伝わるが。
「……はかいこうせん?」
「うん! はかいこうせん! ゆとちゃんが水を撃ち出してくるなら、こっちもビームだよ!」
「ああ、そういう――相殺すればいいのね?」
「うん!」
「なんかビームっぽいので?」
「うん!」
「りょーかい」
驚異の幼馴染パワーで意思疎通をはかった『闇の魔法少女』コンビ。
俺達は即座に水流を撃ち出す構えを取った。
「やられる前にやってやれ! 白雪!」
「――【
「――満ちて。月下の青海……」
甲羅の盾を顕現させて、杖の先に逆巻く水の奔流を集中させる。
俺達に負けじと泉も詠唱した。
「――【
再び変身して闇に溶けた泉は、菫野の手に赤い装飾の入った黒い砲身の大型機銃を齎した。
俺にはわかる。アレは――ガンランスだ!
そして菫野が望むなら、あの砲身からは夢いっぱいのビームが出るに違いない。
(槍の……応用技!?)
「オタクでもねーのにそこまでできるなんて……やっぱお前天才か!」
「万生橋に褒められても嬉しくないね。飛べ、紫! 上から一網打尽だよ!」
「わぁあ! やっぱ式部すごい! ふふふっ……!」
菫野はきゃっきゃと騒いで嬉しそうだ。先程まで渦を巻いていた狂気が技を連発するたびに少しずつ漏れ出して、心なしか晴れやかな表情にすら思えてくる。
(あれ……? この作戦、案外アタリかも――?)
視線を送るとそこには、機銃を出して疲れたせいか変身を解いて校庭に座りこんでいる泉がいた。その顔は微笑んでいる。女たらしと名高いあの蠱惑的な笑みではない。見たことのないような、やさしくてあたたかい笑顔。
(泉……あいつも気がついて……?)
「ふふっ……『闇』の力は変幻自在。それに僕って天才だから。さぁ、次の一撃で――」
羽ばたいた菫野が上空で機銃を構えると、呼応するように泉の声がする。
俺達も必殺の一撃を構えた。
「行くぞ白雪! 『水』の力は……一球入魂だ! これで――」
「「ぶちのめしてやるよ!!!!」」
俺達マスコットの声を受け、魔法少女達が一斉に詠唱する。
「逆巻け! ――【
「きゃはは! 行っくよ~! 【
――ドォォオオオンンンッ――!!
甲羅の盾によって威力の倍化した激流と、禍々しい黒い光を放つはかい☆こうせんが激しくぶつかり合う! 見慣れたはずの校庭は衝撃による光と音で全くその姿をとらえることができない。だが、目が見えないのはお互い様だ……!
「今だ、白雪!」
「わかってる!」
「――【
杖を振るうと、無数の氷の板が階段のように天へと道を作っていく。白雪はその階をぴょんぴょんと舞うように駆け上がると、菫野の真上に到達した。そして思いきり杖を振りかぶる! 泉と菫野ははかい☆こうせんに夢中で気づいていない!
「あははははっ! ボロ雑巾になっちゃえ~!!」
「……水は囮よ? 残念だったわね、紫?」
「えっ?」
「たんこぶできたら! 絆創膏あげるね!」
「や――!」
月をバックに、バニーのシルエットが鮮やかに弧を描くように翻る。
白雪は身体を軽やかに捻ると思いきり杖を打ち下ろした!
「一球入魂 ――【
「――っ!!」
白雪の殴打がクリティカルヒットした菫野は、機銃を手にしたまま轟音と共に校庭に彗星のごとく打ち付けられる!
――ピシピシピシィッ……!
落下と同時に菫野の周りを氷が埋め尽くしていき、あっという間に氷の城が姿をあらわす。白雪は氷の階から城の天辺にぴょんと飛び乗ると、地に堕ちた菫野に宣言した。
「――私の勝ちね?」
氷の女王様、完全勝利宣言だ。
「う……」
氷の城の城門辺り。ギリギリのところでアイリスガーデンの姿を保って呻く菫野に、降り立った白雪はそっと手を伸ばす。
「紫……立てる?」
「あ……ゆとちゃ――」
白雪の手を握り返そうとした次の瞬間、菫野の様子が一変した。
「ううううう! うあああああ!」
両腕で身体を抑え込んだまま、苦しそうに呻きだす。
「あ……あう……けほっ……ううううう!!」
「菫野!? どうした!」
「紫! ちょっと我慢して!」
白雪が杖を振るうと水の縄が菫野を拘束し、凍り付いた。
「うあ……あ……いやあああああああ――――!!」
菫野が天高く悲鳴をあげると拘束された身体から黒い靄が一斉に湧き出し、霧散した。
「な……何よ、コレ!?」
「わ、わかんねーよ!」
菫野の身体から発生した靄は俺達が呆気に取られているうちに闇夜に紛れて消えていった。菫野はゆらりと力なくその場に倒れこむ。倒れた拍子に変身が解け、拘束していた氷も砕けてぱらぱらと空に消えていった。
「――紫!!」
声がした方に視線を向けると、落下の拍子に放り出されたコウモリでない泉が、ふらふらと駆け寄ってきていた。よく見ると睫毛が凍り、頬に霜が降りたままだ。傍まで来ると、菫野の身体を抱きかかえて起こす。
「おい! 大丈夫か!? 起きろ! ……紫!」
「――? ……式部?」
「よかった……けど、何ともないわけ、ないよな……?」
泉の問いに、菫野は満面の笑みで答える。
「えへへ……楽しかったぁ……」
「――っ!」
近頃の菫野からは想像もできないほどの、いい笑顔。
「紫……あなた……」
「菫野……お前、笑って……」
「ふふふっ! ともだちとケンカして、殴り合って、仲直りなんて……青春みたいだね?」
「むら、さき……?」
「これで夕焼けの河原だったら、完璧だったのになぁ……?」
あまりの事態に動揺を隠せない俺達だったが、一番驚いているのは泉だったようだ。目を見開いて、長い睫毛をぱちぱちとさせている。
瞬くたびに睫毛に張り付いた氷がパラパラと散り、目尻には溶けた氷が涙のように溜まっているのが見えた。それとも、本当に泣いていたのか。
しばし呆然としていた泉だったが次第に現状を理解したのか、ほっとした表情を見せる。そして、ゆったりと目を細めて呟いた。
「へぇ……そんな顔も、できるんじゃん……」
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