第27話 VS 魔法少女


第五章 魔法少女とマスコット


俺は倒れている白雪に向かって声を張り上げた。


「白雪! 反撃しろ! 泉の奴、本気だ!!」


 だが、白雪は頑なに首を横に振る。


「イヤよ、紫を攻撃するなんて。友達を傷つける為に、私は魔法少女になったんじゃない……!!」


「立て、白雪! 頼むから! 俺はお前に、死んで欲しくないっ!」


「……!」


 ハッとしたように目をみはる白雪。それを確認した泉はゆらりと目を細め、蠱惑的な笑みを浮かべた。薄く開いた唇の隙間から、闇夜に映える白い八重歯が妖しく覗く。そして、サイリウムを手にしたままぼそりと呟いた。


「ヴァルプル・メタモル・ヴァンプル・トゥハーデス――」


 瞬く間に、泉が黒い霧に包まれる。


(変身か――!)


 霧が晴れると、そこには一匹のコウモリがいた。大きな翼を翻し、菫野の元へまっすぐに飛んでいく。菫野はコウモリに気がつくと、そいつをそっと肩に乗せた。


「さぁ、行くよ? 楽しい狩りの時間だ……!」


「ふふっ……♪」


「来るぞ白雪! お姉さんの為に誰よりも努力してきたお前が、我を失ってる菫野に負けるわけがない! 立て! 立つんだ! がんばれっ!!」


 励ますように声をかける。何ができるかなんて関係ない。魔法少女を応援するのが、守護者マスコットの最低限の務めだ。

 俺は今更ながらにどうして魔法の変身アイテムがサイリウムの形をしているのか、わかった気がした。だって、魔法少女は――声援を受けて立ち上がるんだから!


「……紫、目を覚まして。ううん……私が、覚まさせてあげる!!」


「……ゆとちゃん? ようやく遊んでくれる気になったのぉ?」


 ――きゃはははははははははは!!


 笑い声にも叫び声にも聞こえる甲高い声が再び校庭にこだまする。

 菫野がゆらりと身体をこちらに向けた。


「うれしい……♪」


 そう呟くや否や、大鎌を構え一瞬にして間合いを詰めてくる! 相変わらずバカみたいな速さだ! 蕩けるような表情でこちらを見つめる視線の先には――


 ――白雪の首。


(来るっ――!)


「白雪!」


「わかってる! やるしか……ないのね!」


「――【清流の水柱ストリーム】!」


 白雪が杖を振るうと、水の柱が地面から次々に沸き上がった。まるで間欠泉だ。


(うまい! 菫野のコースを絞った!)


「まだまだ!」


 続けざまに水の壁を複数展開する。急に目の前にあらわれた水の壁に、思わず後方に跳躍する菫野。邪魔されて、子供みたいにムッとした顔をしている。


「むうぅ……式部ぅ!」


「はいはい。どうしようか?」


「今日はぁ……串刺し?」


「りょーかい」


 菫野がなにやら合図すると、コウモリは翼で自身の身体を包み込む。その姿は一瞬にして闇に溶け、菫野の右手に黒い霧が纏わりついた。


「――【血染めの禍ツ杭槍ブラッディ・ステイク】」


(なん……だ? アレ……)


 霧が晴れると、菫野の手には身の丈ほどある赤黒い長槍が握られていた。


「式部っ――空飛ぶやつ!」


「あーもう、わかってるって!人使い荒いなぁ……」


「――【夜闇の花嫁ヴァージン・トゥ・ハーデス】!」


 再び姿を見せたコウモリが詠唱し、今度は菫野の背中にぴったりと張り付いた。黒い霧が菫野の上半身を包み、未知の生物が姿をあらわす。


「なによ、アレ……」


 月光に照らされて浮かび上がる、漆黒の両翼。


(うそだろ……あんなの、漫画でしか見たことねーぞ……)


「悪魔……だ……」


(それ以外の、なんだっていうんだ……)


 呆然と立ち尽くす俺達の目の前に姿を見せたのは、まるでおとぎ話のソレ。そうだとしか形容できない奇妙な格好をした菫野だった。

 背中の肩甲骨辺りから生える巨大なコウモリの翼を羽ばたかせ、校庭の上空から凍り付くような、それでいて燃えるような眼差しでこちらを見下ろしている。


「ふふっ。いっくよ~~?」


 短く笑うと、右手に構えた長槍を大きく振りかぶる!


「ヤバくないかアレ!?」


「そんなの、わかってるわよ!!」


 あんなモノをあの高さから投げられたら、水の壁でも氷の壁でも防げない。軌道を逸らすにしたって『水の魔法少女』である白雪の手の内にそんな頑丈な手段カードは無かった。


「そぉれっ!」


 槍が放たれた。柱も壁も貫いて、まっすぐこちらに飛んでくる!


「いやっ――!!」


 頭を抱えてうずくまる白雪。普段絶対に見せないようなそんなか弱い姿を見て、俺は思う。


(俺が守らなきゃ、ダメだ――!!)


 頭の中は、真っ白だった。無我夢中で白雪と槍の間に割って入る。そして、白雪を正面から抱き締めるようにして抱え込んだ。

 ――否。抱え込むつもりで、その胸元に張り付いた。


(俺は、魔法少女の……パートナーなんだから!!)


 脳が痺れるほどに、心の中でそう叫ぶ。言い聞かせるように、訴えかけるように。槍が俺の背中を貫こうとしたとき、ある言葉が頭に浮かんだ。俺は縋るようにその名を叫ぶ。


「――【守護北神の盾トータス・シールド】!!」


 その瞬間――背後に大きな盾が顕現し、俺達を守った。


「「……はぁ?」」


 同時に驚く泉と菫野。俺もその目を疑った。菫野の渾身の槍を防いだソレは、よく見ると盾ではなく、甲羅だった。そう――俺の甲羅だ。『亀』の甲羅が、俺達を守ったのだ。


「あーっはっはっは! 何だよソレ! 甲羅ぁ?」


 泉の声が校庭に響く。


「――殺る気あんの?」


「うっせーな! こちとら必死だったんだよ! お前らこそ、ちゃっかり防がれてんじゃねーか!」


 必殺技が亀っぽいとか、もはや気にしている場合ではない――とか思いつつ、なんだかんだで言い返す。

 前に白雪も言っていたが、やっぱり技名を叫ぶとテンションというか威力が上がる気がするのは本当だったようだ。使ってみて、初めてわかったよ。本気のときほど、恥ずかしくても叫ぶ意味。


「ははっ。言ってくれるねぇ? ――紫!」


 白雪が俺に励まされたように、変身中のマスコットと魔法少女の感情はどうしてもリンクしてしまいがちになる。菫野同様、『病み』に飲まれかけている泉は嬉々とした声音で再び霧と化した。現れたのは、複数の長槍。


「……数打ちゃ当たる作戦?」


「数打って壊す作戦」


「はーい」


 菫野は周囲に浮かぶ長槍を手当たり次第に投げてくる! まるで雨あられ。当たるとか当たらないとか気にしないで、そりゃもうガツンガツン。甲羅が嫌な音を立てて軋む。


「ガトリングガンかっての……っ!」


「万生橋! 大丈夫!?」


「お前が俺の心配をする日がくるなんてな……」


 強がってはみたものの、痛みというか衝撃はそれなりにある。甲羅は俺の背とは離れて大きく展開されているとはいえ、まるで直接当たってるみたいな感覚があった。


「ぐっ……」


 思わず苦痛に顔をゆがめる。一方でぱたぱたと羽ばたく泉は未だ余裕といった表情。


「紫、半分以上外してるんだけどぉ? 作るのも楽じゃないんだから、ちゃんと狙ってよね?」


「式部! もっと! もっと!!」


「えぇー……またぁ? わかった、わかったから。あとでちゃんと血、飲ませてよ?」


「あげるあげる!」


(マズイ、このままじゃあ……!)


 そうこうしているうちに再び大量の槍が降ってきた。言われた通りに狙いを定めているのだろう、今度はよく当たる!


「だああああ! 俺もそろそろ限界だ! 白雪、今度はお前がなんとかしてくれ!」


 俺の呼びかけに白雪は大きく頷いた。


「やってくれたわね……紫!!」


 杖をしっかりと地につけ、集中する。周囲の空気が次第にひんやりとしてきた。更に杖を振るい、間欠泉から水を吹き上がらせる。


「……? 何するつもりか知らないけど、僕がついてる紫に白雪さんの攻撃が当たるわけないでしょ? ほら――下から水が上がってくるよ、次、右。避けて」


「はぁーい」


 泉の指示に従い、器用に水を避けて飛行する菫野。視認できる距離を保っているのか、高度を上げて飛んでいないことがせめてもの救いだ。

 一方で白雪の水流はまるでこちらの動きが読まれているかのように、すいすいと躱されてしまう。


「さすがに空飛ばれてるとキツイな……っつか、全然当たらねー。読まれてんのか?」


「いくら泉君がなんでもできるからって、未来予知とかそれは流石にないんじゃ……」


(未来予知……予測……?)


「――あ。」


 そう言われて、思い出した。一昨日テレビで妹と見た、動物ドキュメンタリー番組を。


「それだ、白雪! 泉は多分、超音波で水の流れを読んでる!」


「超音波……?」


「だって、あいつ『コウモリ』じゃねーか!」


「『コウモリ』……! まさか、エコーロケーション!?」


「さすが白雪。よく知ってんな?」


 俺は一昨日初めて知った。前に遊園地に遊びに行ったときのアトラクションでイルカがそんなことするって聞いた気がするが、その仕組みを知ったのは一昨日だ。

 イルカやコウモリみたいな動物は超音波を使い、その音の反響を受け止めることで周囲の状況を把握することができるらしい。なんつー便利な能力。『おれ』にもそんな力が欲しい。


「じゃあ、私の間欠泉の動きも読まれて……」


「だろうな。まずは泉をなんとかしねーと」


「でも、泉君さえなんとかできれば……」


「ああ、いけるぞ。菫野は基本、泉がいないと近接攻撃しかしてこない。鎌なら俺が防げるし、距離取っちまえば『水』が使えるお前の方が圧倒的に有利だ」


(でも、どうする? どうやったら泉を止められるんだ……?)


 俺が両方のヒレでつるつるの頭を抱えていると、白雪は思い立ったように杖を構える。


「白雪、まさか、なんとかできんのか……?」


「ええ……たぶん。泉君が超音波でエコーロケーションしてるっていうなら……」


「――【月まで届く泡ムーンティア・バブル!】」


 杖を大きく左右に振る。すると杖の先から無数の細かい泡が発生し、校庭の上空を埋め尽くしていった。


「チッ……」


 泉が舌打ちすると、司令塔を失った菫野は翼をバタつかせ、ふらふらし始めた。


「おおお! なんかわかんねーけど、効いてるぞ!」


「超音波の基本的な構造は『振動』よ。泡がはじけた振動は超音波が反射される方向を惑わし、水中の音波も散乱、減衰させる。私の『水』の動きは読みづらくなる筈。――そうでしょう? 泉君?」


「あーあ。まさか、エコーロケーションに気づいただけでなく、こうもあっさり対策されるとはね。さすが校内随一の秀才と呼ばれるだけのことはある。恐れ入ったよ、白雪さん」


 菫野の隣でパタパタ飛んでいる泉は翼で頭おさえてやれやれといった様子だ。


「でも、甘いよねぇ? ――紫?」


「はーい。バイバーイ♪」


 菫野が背中の翼を大きく羽ばたかせると、泡は風に煽られてみるみるうちに消えていった。


「まだよ!」


 泡に気を取られている菫野に白雪は追い打ちをかけるように水流をけしかける。病院で見た、相手を拘束する細い縄のようなやつだ。


「うう……鬱陶しいってば!」


 ――パアンッ!


 今度は翼で『水』を弾かれた。


「くそっ、いいとこまでいったっていうのに……!」


「何? これだけ? もうちょっと何かしてくると思ったけど?」


「式部ぅ~反撃しようよ~?」


「――だよなぁ? そこで見てなよ、万生橋。天才の僕が、守護者マスコットの力の正しい使い方を教えてやるよ!」


 高らかにそう叫ぶと、泉の姿が闇に溶けた。


「まだ何かしてくるっていうのかよっ……!」


 俺の隣で杖を握る白雪の手に、力が入る。次の手を警戒しているんだろう。


 『――ふふっ』


 短い笑い声が聞こえたかと思った、刹那。白雪の身体が宙に浮く。


「「え――?」」


 あまりに一瞬の出来事に、何が起こったか全くわからない。


「うっ……離し、て……」


 声の方に目を向けると、銀の鎖に縛られた白雪が校庭の真ん中で宙吊りになっていた。鎖の先には菫野が手にしている鎌。さっきまで手にしていた筈の大鎌ではない、鎖鎌のような形状をしている。

 菫野はそれを携え、飛翔して更に高度を上げた。白雪は鎖に引き摺られるように空へ連れ去られ、ぶんぶんと振り回される。身体中に鎖が食い込み、苦しそうに呻くことしかできない。


「うぅっ……あッ……う……」


「ほんとは刻むほうが好きなんだけどねぇ……?」


「女の子なんだからあんまりキズモノにしちゃダメだろ? ほら、離してやりな? 落下の衝撃で気を失わせてしまえば、僕らの勝ちだ。紫の『絶望』を、半分受け取ってもらおうか!」


「はぁーい♪ ふふふっ……!」


 菫野は軽―く返事をすると空中で鎖を緩める。

 支えを失い、白雪が自由落下を始めた。


「白雪っ!!」


(どうする! 盾を出すか? でも、俺の盾じゃあ硬くて余計に落下の衝撃が……!)


 かくなる上は……と上空の白雪の方を仰ぎ見るが、一向に落下してこなかった。


「なっ――」


 白雪は、菫野におもちゃにされていたのだ。正確には、落下を阻止するように下方から攻撃を加えられている。さっきの鎖鎌でなく、大鎌に戻った、その銀の柄で。


「ふふ……ゆとちゃん、楽しい?」


「う……げほ……」


「苦しそうだねぇ? 今、おもちゃ箱に入れてあげる……式部! マジックボックス!」


「棺だってば! もう……!」


「――【鮮血の棺クリムゾン・グレイブ】!」


 菫野が手を掲げて合図をすると泉が詠唱する。すると先程から鎌に纏わりついていた黒い霧が密集し、銀の十字架の細工が施された洋風の棺があらわれた。あの、映画でヴァンパイアとかが眠っていそうなやつ。


(泉の奴、ほんと何でもアリかよ!? これがマスコットの実力の差だっていうのか……!)


 その圧倒的な能力差に思わず歯噛みする。


「コレ、好きじゃないんだけど? だって僕も痛いし」


 不服そうな泉が今度は棺に纏わりつく。すると、棺は意思を持ったようにそのくちを大きく開けた。よく見ると、蓋にも棺本体にも無数の刺し傷や切り傷の痕がある。


「はぁーあ……いただきまーす……」


 心底嫌そうな泉の声がすると、棺はそのまま白雪を飲み込んだ。


『~~~~っ!!』


 閉ざされた蓋の内側からドンドンと、『出せ』と言わんばかりの音が響いてくる。


「ゆとちゃん、一緒にショーしよう? きっと楽しいよ~? うまく抜け出せるかなぁ~?」


 落下を続ける白雪と棺の下方では、空中で無数の短剣を両手に構えた菫野が恍惚とした表情で舌なめずりしている。


「ふふふふふ……ど・こ・が・ア・タ・リ・かなぁ~?」


「あいつらまさか……閉じ込めて棺ごと白雪を刺すつもりか!?」


「一本目ぇ~……♪」


「やめろっ……! 洒落になんねぇぞっ!!」


 菫野の一投目が振り上げられる――

 ――その瞬間。


『――【絶対・零度アブソリュート・ゼロ】……』


「……? 何? 寒い……動かない……」


 不意に菫野が動きを止める。翼がうまく動かせないのか、じたばたと滑空するように地上に降り立ち、その場にへたり込んだ。


「――は? 紫? 一体なにが……」


 次いで棺がコウモリの姿に戻り、ふらふらとよろめきながら菫野の傍に落下していく。地上に落ちる頃にはそのコウモリの姿すら維持できず、変身が解かれた泉が校庭に鈍い音を立てて落下した。


「白雪――っ!!」


 俺は棺を失って生身のまま落下してくる白雪に目を向ける。


(白雪は足場のない空中で飛ぶ手段なんて持ってない!どうする、どうする……!)


「あああああ! こうするしか! ねーよな!!」

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