第23話 契約

「――決まり、でいいかしら?」


 白雪さんは腕組みしたままこちらを見据える。どうやら契約の意思を固めたようだ。相変わらずの鋭い眼光。まるで何かに苛ついてるみたい。


「なぁ、万生橋には聞かなくていいの?」


「いいわ。私が誰と契約しようと、私の勝手でしょ?」


(だいぶこじらせてるなぁ……)


「あいつ、白雪さんと契約できないと困るんじゃない?」


「知らない」


「あっ、そう……」


(おい、おいおい………!)


 ――あいつら絶対、喧嘩しただろ。


 いくら紫を救えるかもしれないからって、今のパートナーを見殺しにするような契約乗り換えなんかするか? フツー。このままだと紫は助かっても、万生橋は死ぬぞ?それはそれで本末転倒じゃないか。


(白雪さん、案外子供っぽいところあるんだなぁ……?)


「なによ。早く契約しましょ?」


「はいはい。わかったよ……」


(もー、面倒くさいなぁ。なんで僕が他人の尻ぬぐいなんて……)


 ため息を吐きながら、僕は自分のお節介を反省した。気を利かせてデートに行かせたのは失敗だったみたいだから。ったく、万生橋のやつ、何やらかしたんだよ……?


「じゃあ、白雪さん、こっちきて」


「……? なに?」


「契約するなら、僕に血をちょーだい?」


「えっ――?」


 普段は隠している鋭利な八重歯をわざと見せるようにして微笑みかける。すると、さっきまで強気だった白雪さんがみるみるうちに困惑していくのがわかった。


「僕は『コウモリ』だから。魔法少女から血を貰わないと生きていけないし、力を発揮できない。まぁ、万生橋と違って僕には紫がいるから死ぬことはないけど、このままだと白雪さんは僕のサポートなしになるよ?」


「わ、わかったわよ……」


 僕がそう諭すと、白雪さんはしぶしぶこっちに来た。左腕の袖をまくって、手首を差し出してくる。


「……はい」


「えー……そんな骨ばっててカチコチのとこから啜れって? そもそも、その腕のどこに噛みつく肉があるっていうのさ? スレンダーなのも素敵だけど、もうちょっと太った方がいいんじゃない?」


「う、うるさいわねっ……! じゃあ、どこならいいっていうのよ!」


「――ここ」


 僕は頭を傾け、自分のシャツの襟を摘まんで、鎖骨が見えるくらいに首筋を露出させた。白雪さんの顔がみるみる赤くなっていく。


(あれ? 白雪さん、ひょっとして……)


「噛みつくくらいでそんな照れることないのに。処女でもあるまいし」


「……っ!」


 あー、図星かな。これは。

 泣きそうなくらい顔真っ赤。


「泉君、あなた、ひょっとして紫にもこういうことするの……?」


「まぁね。しないと喉が渇いて死ぬし。別に紫は嫌がったりしないよ?」


「え? そうなの……?」


 そんな、地球外生命体を見るような目でこっちを見ないでくれよ?


「まぁ、紫も最初は痛がったけど、僕のテクも向上して痛くしないでできるようになったからね。今ではスマホ見ながら眉一つ動かさずに吸われてるよ?」


 まぁ、あんまり反応がなくてつまらないから、たまにわざと痛くしたりはするんだけど。そもそも紫には昔から羞恥心というものが無いし、色恋沙汰に対する疎さはギネスに認定されてもいいんじゃないかな?

 その点白雪さんの恥じらいっぷりは見事なものだ。花丸をあげたい。

 天然記念物を見るような眼差しを向けていると、ジト目で睨み返された。


「まったくあの子は……泉君も泉君よ! 女の子の首から、その……ち、血を吸うなんて、破廉恥だとは思わないの!?」


(破廉恥って……)


 僕は再び、天然記念物を見るような眼差しを白雪さんに向ける。


「はぁ……別にそんなこと思わないよ。役得だとは思うけど」


「……っ! あなたって人は……! 恥を知りなさい!」


 恥、ねぇ……? 今更そんなこと言われても。素直に女の子の首から血を吸うのが役得だって思うことの何が悪いんだ?  逆に、白雪さんみたいに素直にそう言えない人は生きづらいだろうな。


(ほんと、素直じゃない人。本当は万生橋とのこと、まんざらでもないくせに……)


 それくらい顔見てればわかるよ。僕は万生橋みたいな朴念仁じゃないからさ?

 今回白雪さんが契約乗り換えの提案をしてきたのも、どうせその辺をこじらせて万生橋と喧嘩でもしたからだろ? 『紫を助ける』なんて理由をつけてくるなんて、白雪さんもひどいやつだ。まぁ、半分は本当に紫を助けるつもりだったかもしれないけど。


(正直、そんなふたりを僕が助けてやる義理なんてないからこのまま契約してもいいんだけど……)


 そんなことを考えつつ、いまだに躊躇している白雪さんを急かす。正直、焦らされるのは好きじゃない。


「契約するんでしょ? ほら――早く」


「わ、わかったわよ……」


 そう言うと、ブラウスのボタンを少し外し、おずおずと首筋を露わにした。

 瞳は潤んで耳まで真っ赤だ。羞恥で死にそうな顔っていうのは、こういうのを言うのかもしれない。


(こういう顔、紫もしてくれたらいいのに……)


 差し出された首筋に視線を落とす。すべすべとして柔らかそうな白い肉。その白さはいかにも健康的できめが細かい。僕や紫みたいに小さい頃から外遊びがキライで家で遊んばかりいる、日に当たらない白さとはまた別のまさに天然モノ。その美しさに、思わず嫉妬する。


(痕をつけてやりたくなる白さだなぁ。そんなことしたら、バレたとき凄い顔した万生橋に殴られそうだけど……)


「ふふ……」


「な、何笑ってるの……? するなら、早くしなさいっ……」


 不覚にも見惚れていたら、怒られた。ほんと、こういうのに耐性ないんだなぁ。焦らされて興奮するどころか、怯えてぷるぷると震え出している。


(兎みたいな人……なんだか可哀想になってきた)


「白雪さんさぁ。そんな顔するくらいなら、やめておきなよ」


「ど、どういうこと……?」


「契約乗り換えの話はナシってこと」


「で、でも……そしたら紫が……」


 だからって万生橋に死なれたら寝覚めが悪いし、もしそうなったら紫だってそのことを気に病むかもしれない。それに、まだチャンスは――僕らには、最終手段が残ってる。


「それはまた別の手を考えるよ。万生橋が死んだら、白雪さん悲しいだろ?」


「……っ! そ、そんなこと!」


 大きな瞳を一層見開いて頬まで染めてる。まったく、『孤高ツンドラの雪兎』にこんな顔をさせるなんて、万生橋は良くも悪くも大した奴だよ。


「あのさぁ? そうやってムキになるのはやめなって。痴話喧嘩の当て馬にされるのはごめんだって言ってるの。でも、同じ魔法少女とマスコットのよしみだ。相談になら乗ってあげないこともないよ?」


(いい加減、自覚してくれ。この数か月キミ達を観察してきて、どれほど焦れったかったと思ってるんだ?)


 そこまで言うと白雪さんはようやく大人しくなった。しゅんとして、もし頭に兎耳がついてたら間違いなく垂れているだろう。


「とりあえずカフェでも行く? ケーキが美味しいお店、たくさん知ってるけど」


「泉君……そんなだから女たらしと言われるのよ……」


「ケーキが美味しい店くらい、甘党男子なら誰でも知ってると思うけど?」


「そういうところにさらっと誘えるところがそうなの」


「えー? 手厳しくない?」


 白雪さんはブラウスのボタンを締め直しながら、呆れた顔で笑っている。


「でも、せっかくのお誘いだから、ご一緒させてもらうわ」


 そういって、鞄を肩にかけ直す。僕も床に置いていた自分の鞄を拾い上げた。


「あ、言っておくけど白雪さんの奢りね? 僕は相談に乗ってあげるんだから」


「なんでそうなる――わかったわ。奢る」


「じゃあ、前から気になってたとこ行こうかな?」


 スマホを片手に店に向かって歩き出す。後ろから聞こえる、白雪さんの声。


「泉君、待って――――あと、その……ありがとう……」


(あーあ。そういう態度、万生橋にしてやれって。そしたら僕は、相談になんて乗ってやらなくていいのに)

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