第22話 パートナーチェンジ


      ◇


 月曜日。結局これといった解決法を思いつくこともなく、僕はただ呆然とした時間を過ごしていた。

 頭の中に浮かんでは消えるハーメルンの言葉。


『絶望を解放すれば、あなたの魔法少女は一命を取り留める……』


(あいつは、絶対に関わってはいけない奴だ。しかし、僕にできることは現状なにもない)


 一方であいつは『今の私のように、楽になれる』とほのめかしていた。

 もしハーメルンがかつて魔法少女とそのマスコットだったのだとしたら。あいつは確かに生きている。考え方はイッちゃってるように思うが、思考は正常で対話も可能。ときおり笑みを浮かべて、僕に誘いを断られたことを悲しんだり、残念がったり。感情の起伏もある。心を壊していることは無い、と言えるのだろうか。


(紫がこれ以上狂気に飲まれるようならば、あるいは――)


 そんな鬱屈した気分のままクラスの奴と昼食を取っていたら、隣のクラスの白雪さんに呼び出された。教室の入り口に身体を預け、腕組みをしたまま上目がちに僕を見上げている。


「泉君。放課後にちょっと、話があるんだけど……」


「何? 告白? 悪いけど、気の強い女の子は好きじゃな――」


「そうじゃない……とにかく、放課後屋上に来てもらえる?」


「別にいいけど……」


(何だろう? 普通に考えれば紫がらみの話だろうけど、こんなに早く解決法が?)


 まさかと思いつつ席に戻ると、にやにや顔で話しかけられた。


「おっ、遂に『孤高ツンドラの雪兎』も陥落か?」


「さぁ~? どうだろう?」


 適当な笑顔でクラスの奴の冷やかしを軽くかわす。魔法少女がらみだなんて言えるわけがない。

 でも、告白か恨み言以外で女の子に呼び出されるのは久しぶりだった。


(あんまり嬉しくはない、けどね……)


 正直な話、僕は白雪さんが苦手だ。

 『雪兎』の名に恥じぬ華奢な身体につぶらな瞳。完全無欠の学年トップで、おまけに運動センスまである、才色兼備の権化みたいな人。

 これだけ聞けば誰もが近づきたいと思いそうなものなのに、彼女は特定の誰かとつるむことはせず、誰も寄せ付けないような冷たさをどこかで放っていた。


(なーんか、僕とキャラ被るんだよなぁ。美麗な秀才は同じ学校にふたりも要らないんだって。まぁ、僕は白雪さんと違って人気者(主に女子に)だから、そこは一緒にしないで欲しいんだけど……)


 でも、紫以外には心を開いていないという点では僕も『孤高ツンドラの雪兎』と揶揄される白雪さんと似たようなものだ。

 認めたくないけど、僕と白雪さんは似ている。だからこそなんとなく考えていることがわかるし、なんとなく苦手だった。


(こういうのが、同族嫌悪っていうんだろうね……)


 放課後、気の向かない足取りで呼び出し場所に向かう。

 屋上に着くと、白雪さんはフェンスに手をかけ、校庭で部活に精を出す生徒たちをぼんやりと眺めていた。その表情は孤高というより孤独に近いように思う。


「急に呼びだして何の用? 紫をなんとかする方法が見つかったとか?」


「ええ。根本的な解決になるかはわからないけど、紫を変身させないようにする手立てに心当たりがあって……聞いてくれる?」


「へぇ……ちゃんと考えてくれたんだ。白雪さん、冷たそうに見えて案外面倒見いいよね?」


「別に、紫の為だもの。紫は、その……私の、友人だから……」


「数少ない、大事な友達だもんねぇ?」


「~~~~っ!」


(あ~あ~、そんな照れなくてもいいじゃん? 素直じゃないなぁ)


「まぁいいや。聞かせてくれる? 正直、今は藁にも縋りたい気分なんだよ」


 今まで、できる限りの方法は試してみたし今だって何か方法がないかと考えている。でも、秀才の僕がいくら頭を捻っても紫の『絶望』をどうにかする方法がわからない以上、手立てがないんだ。


(どれだけ紫を想っても、僕にはわからなかった。なのに、白雪さんごときにわかるのか? もうなんでもいい、助けてくれ……何かあるなら聞かせてくれよ。僕に思いつかなくて、君に思いつくっていうならさ!)


 心の中は半ばヤケクソ気味だった。

 胸の内を悟られないように、ゆっくりと口を開く。


「――で、その手立てっていうのは?」


「泉君。私と、契約して」


(え……? これはまた、随分と変化球な……)


「……なんで?」


「あなたが私と契約してミタマを退治するの。そして、その成果は紫に譲渡する。そうすれば、紫を変身させることなくノルマを達成させることができるわ」


 確かに。ノルマを達成できれば、紫はもう魔法少女として戦う必要もなくなる。当然変身することもなくなるわけだから、今以上感情を失うこともないはずだ。

 ――前言を撤回しよう。さすが白雪さん。悪くない提案だ。

 紫を大切に想ってくれているのは、本当だったんだな。根本的な解決になってないっていうのは、感情が戻るわけではないという点についてだろう。

 勿論、感情が戻るなら僕だってそれを望んでる。けど、今はその方法が見つからない。なら、今僕らにできることは、これ以上紫を変身させないことだ。


(ただ、ノルマを達成させるのはできれば避けたかったんだけどな……)


 だって、ノルマを達成して紫が魔法少女じゃなくなったら、紫は僕と一緒にいる必要がなくなるじゃないか。まぁ、僕のわがままで紫が人形になり果てるよりかはマシか……


「――いいよ。やれるならやってみよう。僕は、それで紫と僕の契約が解除されるわけじゃないなら、賛同する」


「魔法少女とマスコットの契約乗り換え……どこまで融通が効くか、本当はわからないのだけれど……」


「そういうことなら、おっさんに聞いてみればいいじゃん?」


「へっ……?」


「あれ? 知らない? あいつの呼び出し方」


 驚いている白雪さんを尻目に、僕はポケットから紫色のサイリウムを取り出す。


「おーい。おっさん、聞いてるー?」


 ……返事が無い。

 呼ばれたらすぐ来いよってこないだも言ったのに。


 僕は手にしたサイリウムの両端をしっかりと持ち、思い切り力を込めた。そう。バッキバキに折らんばかりの勢いで。メキメキと音を立てているサイリウムは紫色の光をチカチカと点滅させ、苦しそうだ。


『そ! それだけは! おやめくだされぇえええええ!!』


 どこからともなくおっさんの悲鳴が聞こえ、その姿を現した。相変わらず丸っこくて禿のある小人みたいな奴だ。人型をしてはいるものの、元祖マスコットを名乗るだけのことはある、あからさまに人外な異物。目的の為に魔法の契約をしてくれたことには感謝しているが、割とキツめのノルマを課してくるくせにこうして無理矢理呼び出さないと協力的でないこいつは、ハーメルンの次に信用できない。


「遅いよ。どっかで見てるなら、シカトすんなって」


「紫紺の守護者様! そのステッキは私共にとってとても大切なものであると先日もお伝えしたではありませんか! そのように乱暴に扱われては……!」


「シカトするあんたが悪い」


 白雪さんは状況を飲み込めないのか、口をあんぐりと開けている。あの表情、写真にとってSNSにアップしてやりたくなるな。


「――で? おっさんに何聞くんだっけ?」


「はっ、そうよ。おじさん、聞きたいことがあるの。私が泉君と契約して、そのミタマ退治の成果を紫の成果として譲渡することは可能かしら?」


『ななな! 何をおっしゃいますか!』


「いいから答えなよ」


 サイリウムに再び力を込める。紫の光がチラチラとして、切れかけの電球みたいだ。


『やめっ! 答えます! お答えしますから!!』


『手短にね』と刺すような視線を向けると、おっさんは『はいぃ……』と力なくうなだれた。

 曰く、魔法少女が今とは異なるマスコットと契約し直すことは可能らしい。その場合、僕らが抱えるノルマは半分に分配され、新たに契約した魔法少女が稼いできた分と再統合されることになると。とどのつまりは――


「離婚調停の財産分与みたいだね?」


「泉君、あなた……他にもっといい例えは無かったの?」


「なんだよ。要は離婚するとき半分こして、再婚したら合算するんだろ? 分かり易いじゃないか。そんなことよりさ、白雪さんと契約し直したら僕の紫との契約はどうなるわけ?」


『魔法少女様が契約できる守護者様はおひとりまでと決まっていますが、守護者様に関しては、同時に複数の魔法少女様と契約することが可能でございます』


「どういうこと? ハーレム?」


「泉君、あなたって人は本当に……はぁ。でも、それなら泉君の采配次第では私と活動した成果を全て『闇』の子にあげてもいいってことですよね?」


『そうとも言えますが……白雪様はあんなにノルマの達成を心待ちにしていたというのに。それは一体どういった心変わりで?』


「別になんだっていいじゃん? それでお前らのノルマ回収に支障が出るわけでもないし。で、どうなの?」


 サイリウム、バキバキ。


『ひぃっ……! た、確かに成果の譲渡については譲渡する側とされる側、互いの同意の元であれば認められております。しかしよいのですか? 貴女様が泉様と契約なされては、万生橋様がパートナーを失ってしまうこととなりますが……』


「いいのよ。あんなやつ」


 白雪さんはふいっと不機嫌そうにそっぽを向いた。


(おいおい……ひょっとしてこれ……)


『お聞きしたいことは、これで全てでしょうか?』


「まぁ、今のところは。白雪さんと契約更新するときはまた呼ぶから、すぐ来てよね?」


『その際はこちらから飛んで参ります! もう二度とこのようなことはしないで下さい!』


 おっさんはそう言うとぷんすこと頭から煙を出して、どこかへ消えていった。


「――決まり、でいいかしら?」

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