第21話 誘い

      ◇


 ミタマ退治も最初はすこぶる順調で、『テレビの中に入ったみたいでわくわくするね』と喜んでいた。この調子ならノルマなんてすぐに達成できてしまって、紫と僕の新しい関係――魔法少女と守護者マスコットとしての関係もあっさり終わるのかと思うと、それはそれで寂しく思っている自分がいた。

 けど、紫は次第に狂っていってしまったんだ。

 何がきっかけかなんてわからない。ただ緩やかに毒に侵されるみたいに、徐々に異変があらわれていく。


「式部見て! 今日はあっさり倒せちゃったよ!」


「うん。だいぶ魔法少女としてのパワーとスピードにも慣れてきたんじゃない? 僕の武器もちゃんと使いこなしてるし。コントロールはイマイチだけどね?」


「むぅ~」


「まぁいいよ。ケガも無く倒せたんだし、これからこれから」


「うーん。コントロールかぁ……よく狙うから、次も槍ね!」


「へぇ……? 結構がんばり屋さんじゃん?」


「えへへ……楽しいね?」


「ああ」


(本当に、そうだね……)


 槍の扱いに慣れてきた頃、切れ味に不満を抱いた紫。剣だと軽くて手からすっぽ抜けてしまうから、僕は少し重みのある鎌に化けた。


「わぁ! 式部見て! 今日はスパっとうまくイケたよ!」


「おお。見事な切り口。鎌の手ごたえはどう? 反動は? 痛くない?」


「反動はね、ちょっとあるけど、勢いをつければ軽くなるの!」


「接触するのが早ければ早いほど、斬りやすくなるってこと?」


「うーん……助走をつけて、スパッ!って感じ?」


「すれ違いざまに勢いで斬る感じか。力よりも速さにこだわるなら、軽くて大きい薄めの刃にしよう。早く動けば狙いが定めにくい。きっと大鎌ならそれがカバーできるよ」


「うん……! さすが式部!」


「ふふっ。これでまた捗るね?」


(喜んでくれて、よかったよ……)


 大鎌を手にした紫は、これでもかというくらい絶好調だった。


「式部、見て? 今日はまとめて五体も斬れちゃった!」


「す、凄いね。こんな一気に……」


「えへへ。やっぱり槍で貫くよりも鎌で仕留めた方が早くて確実だね?」


「大鎌が好きなの? 気に入った?」


「うん、好き。『斬れた!』って手ごたえがあって」


「そ、そっか。それはよかった……」


「ふふっ。楽しいね? 式部?」


「紫が楽しいなら、いいんじゃない? うん……」


(見てる側からすると結構猟奇的な光景なんだけど……紫は気づいているのかな?)


 魔法少女が楽しいという想いはミタマを退治するのが愉しいというものに変わり、紫をサポートする僕に対する要求も『今日は何を試そうか』というわくわくしたものから『今日はどんな風にして斃そうか』という、暴力的な要求にエスカレートしていった。

 魔法少女として活躍するその笑い声も、僕が幼い頃から知っているものではなくなり、狂気的なモノへと変質していった。


『えへへ。楽しいね、式部?』

『わぁ、すごい! さすが式部!』

『ふふっ。式部、見て?』

『ねぇ、式部。今度はアレにしよう?』

『あははっ……! すっごいよく斬れる……!』

『楽しいね、式部……?』

『ふふっ……ふふふっ……!』


 ――きゃははははっ……!



(むら、さき……?)


――見てられなかった。


 僕はある日、思い切って紫の態度について言及してみた。


「紫、最近お前おかしくないか?」


「おかしい? なにが?」


「えっと、その……笑い方とか?」


「笑い方? うーん……いつもどんな笑い方してたっけ?」


「それは……」


 ぱあっと、小さな花が咲くみたいな――


(あれ……? 最近、紫がそういう風に笑うのを見たっけ?)


「「?」」


 僕と紫はそろって顔を見合わせる。


(ちょっと待て。紫、最近笑ってなくないか? それどころか、怒ったり悲しんだりしてる? 戦闘中はすっごく楽しそうだけど、それ以外で最近『楽しいね?』って言われたっけ? 昨日言われたアレ、ニュアンス的には『(斃すの)愉しいね?』だろ? もしかして、ヤバイんじゃ……?)


「ねぇ紫、ちょっと魔法少女お休みしない?」


「な、なんで! こんなにたのしいのに!」


「いや、なんていうか。僕、最近働き過ぎで疲れたな、って……?」


「ご、ごめん式部! 私、気づかなかった。無理させてごめんね?」


「それはいいんだけどさ。ひとりじゃ心配だから、紫も休もうよ?」


「ごめん、式部。それは無理……」


「え?」


「私、行ってくるね。ひとりで大丈夫だから、心配しないで?」


「ちょ! 待て! 行くな紫! おい!!」


(お前を休ませるのが目的なんだからっ――!)


 てゆーか、あいつ、やっぱり……!


 ――斬るのを、愉しんでる……!


(どうして……! けど、これはよくない。やめさせないと!)


 別の日。部屋から変身して出ていこうとする紫に、僕は初めて手をあげた。


 ――パシーンッ!


「痛い! 何するの、式部!」


「紫! もう変身するなって言っただろ!? ひとりじゃ危ないって、わかってるよね!?」


「うっ。ふえ……だって……!」


(泣くんじゃないよ! 泣きたいのはこっちなんだから!)


「『だって』何だよ!? 言ってみろ!」


「だって……我慢できないんだもん……」


「は? 何が?」


「なんか、むずむずするの。ピリピリするの。居ても立っても居られないの……」


「お前、それ……」


 人間として、どうかしてきてるんじゃないか……?


「ううう! やっぱ無理!」


「あ、おい! 紫!?」


 紫は言葉の通り居ても立っても居られないといった風に窓から飛び出し、夜の街へと出ていった。最近お気に入りの狩場は都立病院なんだっけ? あそこは入り組んでるから、得物が大きい紫には向いてないのに……


「待て、よ……」


 変身を止めようとしても、紫は禁断症状の如く変身と殺戮の快楽を求めた。

 一度契約してしまうとマスコットの居る、居ないに関わらず、呪文さえ唱えれば魔法少女になれてしまう。紫と距離を置いたところで勝手に行動されて手近な学校や穴場の病院辺りに狩りに出かけられてしまった。サポートも無しに単独戦闘だなんて、危険は増すばかりだった。

 アイリスガーデンとして活動すればする程、徐々に薄れていく『紫の』感情。


(このままじゃ、マズイ! 紫が……壊れてしまう!)


 『願いを叶える』というノルマ達成の報酬で紫を元に戻すことも勿論考えた。だけど、おっさんから聞き出した僕らのノルマの達成率と紫の変質速度を鑑みるに、ノルマを達成する前に紫が壊れてしまう可能性の方が高かった。

 感情の欠落だけでなく、万が一にも先に心が壊れてしまったら。魔法少女として、いや、人間として正常に活動することが難しくなるだろうことは安易に想像できる。


(なんとかして、元に戻さないと……!)


 今まで、少しでも感情を思い出してもらおうと紫の好きなものを沢山食べに行った。綺麗な景色も見に行った。それなりに思い出のある場所も訪れた。

 ふたりで通った学校とか、遊び場だった父さんの病院とか、初めてデートに行った場所とか。(紫は意識してなかったかもしれないけどさ)。何度も何度も、行ってみた。――また喜んで欲しくて。


 今まで、色んな映画を一緒に見た。感動する話、悲しい話、怖い話、可笑しい話。何でもいい。また、泣たり笑ったりして欲しかった。けど、そのどれもがあまり意味を為さなかった。

 楽しいかどうか聞いても、紫は『うん、たのしいね』と棒読みするばかりでうわの空。早くミタマを退治に行きたくて、そわそわとしていた。


 そして、本当はしたくなかったけど、紫のことを叩いたりもした。

 『痛い』という感情は殆ど条件反射のようなものだ。反応がすぐに出る。不本意だったが、これはそこそこ使えるバロメーターだった。紫は痛いとき、怒って、泣いて、悲しんだ。


(もう、どうすればいいっていうんだ……?)


 紫の変身をなんとか阻止し、睡眠薬で眠るように促して、僕はその寝顔を横目に頭を抱えるしかなかった。そんなとき、あいつは現れたんだ。


「私と少し、お話しませんか?」


「――!?」


 開け放たれたままの窓。ベランダに佇む黒衣の男が、そう言った。


(なんだ、こいつ……!?)


「ああ、失礼。申し遅れました。わたくし、ミタマ管理組織幹部、ハーメルンと申します。人々の絶望を吸い出し、解放へ導くことが我らの使命。どうか、絶望に囚われた魔法少女を救う手助けさせてはいただけないでしょうか?」


「は――!?」


 長身の男は、真っ白い肌に奇妙な笑みを浮かべた。そして、うすら寒いくらいに優しい声音で誘いをかける。


「『絶望』は我らを導く存在です。身を委ねれば、魔法少女は解放される。楽になれるのですよ?」


 『――仲間に、なりませんか?』



      ◇



  僕は紫の手を掴んだまま、目ざとく『絶望』を嗅ぎつけてきたハーメルンを睨めつける。


「何をしに来た? 前にも言ったはずだ。僕はお前と手は組まないと」


 だって、明らかに“良くないモノ”の気配がするから。

 ぬらりと僕らを見下ろすハーメルンは探るように深い藍色の目を細める。まるで、深淵から覗き込むように。


「ツレないですねぇ? 闇の魔法少女とそのマスコットさん? まぁ、あなた方の場合、契約の主導権はマスコットの方にあるようですが?」


「……だったら何?」


「彼女の意思と存在を左右するあなたに、本日は忠告に来ました。刻限が、迫っていると」


「……!」


 イヤな予感に目を見開く僕をよそに、ハーメルンはポケットからピエロの如く赤い風船を取り出した。ときおりその中にふぅっと息を注ぎながら、ゆったりと話を続ける。


「このままでは、闇の魔法少女はもたない。その心と身体から吸収しすぎた『絶望』が溢れかえり、いつか……」


 ――パァンッ!


「――破裂しますよ?」


「…………」


「それが嫌なら、身を委ねることです。『絶望』を解放して一体化してしまえば、もう苦しむことは無いのですから。たとえ、その身が『病ミ』に染まるのだとしても」


「『病み』に、染まる……」


「はい。我々のように。その存在を同じく『病ミ』に染めし者として、共に同志を増やして参ろうではありませんか? 欲望という名の、この世すべての《願い》が等しく自由になる……薔薇色の、未来のために」


 先程散った風船の中から手品よろしく薔薇の花を差し出すハーメルン。にやりと浮かべられた笑みに、僕の全神経が警鐘を鳴らす。

 やっぱり碌な話じゃない。

 基本的にこいつらミタマ管理組織は僕たち魔法少女とは在り方を異にする、敵だ。


(だけど……)


 念のため、問いかける。


「魔法少女が『病み』に染まると……どうなる?」


「あなたの魔法少女は一命を取り留めるでしょう。心も身体も……ひょっとすると、すっきりした心地になるかもしれません」


「……リスクは?」


「なにも?」


「でも、それって僕らが人々に絶望を与える使者になるってことだろう? お前らみたいな」


「いいえ? 与えるのではありません。解放するのです」


「どう違う?」


「『絶望を解放する』。それは、今まさに私があなた方に誘いかけていることと同じですよ?要は人助けです。その役割の意味も、価値も、重要性も。あなた自身が一番よく理解しているのではないですか?」


 ――助けて、欲しい。


 僕はそわそわと暴れ出しそうな紫の手を握り、喉の奥から出かかるその言葉を苦渋と共に飲み込んだ。


「それでも……お前は信用できない。どうしても」


「おや? 残念です。しかし、我々はいつでも迷える人々、そして彼らの『病み』を代わりに背負う存在。魔法少女の味方だ。お困りの際はいつでもこの手をお取りください。あなたがその気になれば、闇の魔法少女アイリスガーデンはいつでも『絶望』を解放できるでしょう。そうすれば――」


 ハーメルンは諦めたのか、窓に手をかけてベランダに足を踏み入れる。去り際に振り返った奴は、世にも優しい笑みを浮かべてこう言った。


「きっと――楽しくなりますよ? 今の、私のように……」

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