第20話 幼馴染

 

     ◇


 あれは高校に入学して数か月が経った頃。僕は『願いを叶える』というおっさんに出会ったその日に、パートナーとなる魔法少女を選べと言われた。

 正直、魔法少女とかいうわけのわからない話信じる要素なんて一つも無かったんだけど、僕には無視できない言葉があった。


 ――『ノルマをこなせば、願いをひとつ。なんでも叶えましょう』


 裕福な家庭に生まれ、才能にも美貌にも恵まれた僕。今まで、欲しいと思ったものはなんだって手に入れることができた。ただひとつ、『あるもの』を除いては。

 まるで怪しい小人みたいな姿をしたおっさんの話に僕が乗ったのは、その『あるもの』を手に入れる為の『保険』のようなものだった。


 けど、あからさまに胡散臭いおっさんの話はまさかの真実だった。物は試しと言われるままにサイリウム手にし、呪文を唱えたその瞬間。僕は『コウモリ』になったんだ。

 意味がわからなかった。けど、感覚的に僕はその能力を使いこなすことができた。驚いたよ。僕、やっぱ天才だったんだなって。あまりにありえなさすぎて、思わず笑いが込み上げた。


 ――「へぇ、なにコレ。面白いじゃん……?」


 おっさんはそんな、器用になんにでも化けられる僕の適応力を『変幻自在の闇の使い手。まさに紫紺の守護者に相応しい』と言って、天賦の才だと喜んだ。そして、僕に血を提供してくれるなら誰でも『闇の魔法少女』になる素質があると言ったんだ。


(急にパートナーを選べって言われてもな……)


 正直、僕に好意を抱いていて、誘われて関係を持ったことがある女の子なら何人か心当たりがあったし、彼女たちは僕が頼めば喜んでその身を差し出してきたと思う。でも、四六時中魔法少女として一緒に行動しないといけないというのはいただけない制約だった。

 それに、向こうから言い寄ってきた女の子に対して『血を吸わせてもらって生かしてもらう』なんて弱みを握られるようなこと、許したくない。


(僕にとって、ずっと一緒にいてもいい、弱みを握られても構わない女の子……)


 僕には――紫以外は考えられなかった。

 紫とは交際していたわけじゃないし、今も紫は僕に対して恋愛感情なんて微塵も抱いていないだろう。まぁ、そこがまた厄介なんだけど。

 おかげで僕はこうして得体の知れない魔法の契約にまで手を伸ばしてしまったわけだし? だって、そうでもしないといつか誰かに紫を取られちゃうかもしれないだろ? そんなのヤだよ。死にたくなる。殺したくなる。

 これは、その為の『保険』だ。

 僕は、紫を眷属パートナーの魔法少女にすることに決めた。


「式部? いい話って何? 美味しいお店見つけたの?」


「うーん……それよりもっといい話かな? きっと楽しい話だと思う」


(紫にとっても、僕にとってもね……)


 急に改まって僕の部屋に呼び出したっていうのに、相変わらずの能天気さ。警戒心の無さ。あろうことか僕のベッドに腰掛けて、ごろんと横になってスマホを弄りだした。中が見えるから横になる時はスカート抑えろって、前も言ったよな?


「ね。ここのパティスリー今度行こうよ? イートインできるスペースがあって、季節でパフェが変わるんだって。メニューを全制覇しよう!」


 そんなとこからもお察しの通り、紫にとって僕はただの幼馴染。容姿端麗な男子でも、秀才な金持ちでもない。

 だから一緒にいて疲れなかったし、紫の隣にいると僕はいつも僕でいられた。


「ねぇ紫? 小さい頃、一緒に魔法少女のアニメを見たの、覚えてる?」


「え? 日曜の朝やってたやつ?」


「そうそう。母さんの作ったホットケーキを分けっこしながら、毎週一緒に見てたよね?」


「うん! 私あれ好きだった。キラキラしててふわふわしてて。とっても可愛かったよね!」


 にこにこと満面の笑みで手を合わせる紫。ベッドから起き上がると懐かしそうに僕を見つめ話の続きを期待している。


(割と好感触じゃん? これなら……)


「紫? その魔法少女になれるって言ったら、どう思う?」


「え? コスプレ……? ちょっとだけ、興味はあるけど……」


(あるのかよ?)


 それ、もっと早く言って欲しかった。

 着て欲しい服が山のようにあるんだけど?


「って、コスプレじゃなくて。本物。魔法とか使えるようになっちゃうの!」


 ……多分。


 見たこと無いけど、マスコット(笑)な僕にもできるんだから魔法少女にだってできるだろ? もしできたら、魔法少女(笑)って考えを改めて、魔法少女ホンモノとして認めてやるよ。


「ねぇ、紫。僕と契約して、魔法少女になってみる気はない?」


「え?」


「僕、魔法のマスコットの『コウモリ』なんだよ。一緒に戦ってくれるパートナーを探してる。紫に是非頼みたいんだけど、やってくれないかな?」


 自分で言っておいてアレだが、どう考えても胡散臭い。

 そんな僕の提案に首を傾げる紫。


(そりゃそうだよな。これですんなり頷いたら流石の僕も引く――)


「やる! 楽しそう!」


「…………」


 ――引いたわ。


(信じたのかよ、一瞬で? 魔法の類も見せてないのに? てっきり変身でもしないと信じないかと思ってたけど。てゆーか、詳細だってまだなんにも説明してないよね? うわ。紫がここまで能天気だったとは。やっぱ僕がついていないと心配……)


「ちょ。はぁ……まぁいいや。信じてくれるなら話が早い。一応言っておくけど、注意事項があるから聞いてね?」


 こくこく。


 真剣半分わくわく半分な目でこっち見てるけど、ほんとに大丈夫か? ま、僕が付いてればいいか。危なかったら撤退させよう。速攻で。

 僕は紫の隣に腰掛けて再びため息を吐く。


「いい? 一回契約したら紫は『闇の魔法少女』になる。魔法の呪文を唱えると、変身できるようになるんだ」


「変身!? すごい! 衣装可愛いかな?」


「知らないけど、多分可愛いんじゃない?」


 紫が着れば、なんでも。


「で、変身したらミタマっていう悪い奴と戦う。僕はそれをサポートする。イメージのできる限りどんな武器にでも変身するし、紫は僕を好きに使えばいい」


「なんでも? すごいね、式部」


「まぁね。僕天才だし」


「空飛べる?」


「えっと、それはどうだろ……?」


(できるのかな? できたら楽しそう。『コウモリ』だし、イケるか?)


 うきうきと膝を揺らす紫に、僕はとっておきの『いい話』をした。


「で、魔法少女にはノルマっていうのがあるんだけど。ソレが目標に達すると、なんでもひとつ願いが叶うんだ。僕の願いも、紫の願いも」


「お願い……?」


「そう。なんでもいいんだよ?」


(例えば、キミを手に入れる、とかね……?)


 けど、それはあくまで『保険』であって、僕はちゃんと手を尽くして紫を手に入れたい。だって、力ずくじゃあ意味がないことくらいわかってるし。

 ま、それでもどうしようもない時はアレだ。魔法の力にお願いしよう。これはその為の『保険』。

 そんな内心を隠すようににこにこと返事を待っていると、紫はぼんやりと口を開いた。


「うーん。欲しいもの……パッと思いつかない。ケーキ……じゃあ、勿体ないよね?」


「まぁいいよ。報酬が発生するまでは時間がかかる。それまでは楽しく魔法少女してればいいさ。僕と一緒に、悪い奴を退治しよう!」


「わぁ! それっぽい!」


「だから、『ぽい』んじゃなくて本物だってば。あと、契約したら僕に血を飲ませてね? そうじゃないと、僕死んじゃうんだ」


「えっ、大変!! いいよ、あげる!」


「あ、ありがと……」


(即答とか、ほんと頭大丈夫か?)


けど……嬉しい、かも……


こうして紫は、僕の魔法少女になった。

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