第19話 闇の魔法少女

第四章 闇の魔法少女


 日曜、朝。普段であればデートの約束のひとつでも取り付けたいような心地のいい天気。しかし、僕の気分は正反対の曇天だった。それもそのはず。ここ最近、紫の異常性に拍車がかかり、目が離せないからだ。


「紫? 入るよー?」


 いつものように幼馴染の様子を確認に来た僕は、コウモリの姿のまま窓から紫の部屋に入った。紫は外出しようとしていたのかすでに着替えを済ませ、床に座って朝食代わりの菓子パンをもそもそとかじっている。

 初夏らしいパフスリーブのワンピースから膝下を投げ出し、中身が見えるとか見えないとか気にしないで体育座りの状態でこちらを見あげる。


「あ、式部。おはよ……」


「おはよう」


(僕の存在に気づいているなら、挨拶する前に少しはパンツを隠してくれないか? 一応僕も男なんだけど?)


 ベッドの脇にあるローテーブルに視線を向けると、空になったスナック菓子の袋とプリンの容器が転がっていた。


(うわ……まーた夕飯お菓子かよ……)


 あらゆる意味で、ため息が止まらない。


「ごはんはちゃんとリビングで食べなよって、言ったじゃん」


 変身を解いて、もごもごしている紫から菓子パンを取り上げる。

 紫の両親は夫婦そろって外資系の会社で共働きをしている為、家を空けることが多い。というかほぼ日本にいることがない。紫は幼い頃から殆どひとり暮らしみたいな生活をしていたせいか、その私生活は自由気まま……というか、ずぼらで目も当てられないものだった。平日であればこうして僕が迎えに来ないとちゃんと学校に行くかどうかも怪しい。


(ひとりで暮らしてるくせに、ほんっと生活力ないよなぁ……)


 ローテーブルと床に散らばったごみを適当に片づけ、紫の隣に腰を下ろす。


「いくら僕がおじさんとおばさんに頼まれてるからって、頼りすぎなんじゃない?」


「んー……そうかな?」


「そうだよ」


 相変わらずのぼーっとした返事に、またため息が出る。


「はぁ……まぁいいや。今日の分の血もらうから、動かないで。終わったら気分転換にどこか出かけよう?」


「はーい」


(相変わらず恥じらいも糞も無いし……)


 僕は顔色一つ変えずに差し出された白い首筋に牙を立て、マスコットとして生存に必要なエネルギーを摂取する。『吸血』は、僕らにとってはそういった意味で欠かせないことだった。まぁ、僕、吸血コウモリだし。

 女の子の首に口をつけるなんて行為、普通の男子高校生からしたら赤面もので、どうやったって肌の感触や痛がる素振りが艶めかしく思えてしまう。魔法少女になってから一年以上経った今では流石に慣れたけど、それでもどきどきとしてしまうのは、やっぱり僕が紫のことを『特別』だと思っているからなんだろう。一方で紫はなんとも思っていなさそうなのが悲しくてもどかしい。


(いくら幼馴染だからって。もう少し意識してくれても……)


 はぁ。今更か。


「てゆーか、僕が来る前に着替えてるなんて珍しいね? どこ行くつもりだったの?」


「お外……」


 口元を拭い、指についた血を舐めながら問いかけると、紫はぼんやりとした表情で呟く。月を見て変身する前の、狼男みたいな虚ろな目。僕は恐る恐る口を開いた。


「外って……どこ?」


「どこでも」


「何の目的で?」


「それは………」


(ああ、黙るなよ。後ろめたいところに行こうとしてたんだな?)


 出不精の紫が休日にわざわざ外出……間違いない。ミタマを狩りに行こうとしてたんだ。僕はうずうずとしたその細い手首を捕まえる。


「ダメだ」


「でも――」


「ダメだってば! 何回言えばわかるんだ!? これ以上変身したら、これ以上殺すのが楽しくなったら、心が壊れちゃ――」


「でもっ――!」


 華奢な体躯からは想像もできないような強い力で、腕を振りほどかれる。


(こいつッ……! また勝手にりに行くつもりだな!?)


「行くな紫! くそっ……!」


 僕は立ち上がり、窓から出ようと身を乗り出す紫を強引に部屋に引き込んだ。


「離して式部!」


「離すかバカ!」


「行かなきゃ! 行かなきゃ……!」


「……ッ!」


 ――パシーンッ……!


「うっ……」


 僕は、殺意に動転する紫を我に返そうと手をあげた。

 虚ろな紫の瞳に、一瞬光が戻る。

 悲しそうな、泣きそうな――


「どうして……? 式部……」


「はぁ……はぁ……」


 右手がじんじんと痛い。でもそれ以上に、息が詰まりそうなくらいに苦しい。


(『どうして?』そんなん、こっちが聞きたいよ……)


 なんで。なんで僕がこんなことしなくちゃいけないんだ? どうして紫はあの頃みたいに笑ってくれない? どうしてそこまで殺戮を求める? 

 幼馴染の僕の手を、振り払ってまで。


「どうして、こんな……」


 絶望に満たされていく僕の脳裏には、『あの日』の出来事が走馬灯のように鮮やかに浮かび上がってくる。背後に感じる『絶望ハーメルン』の気配。



 ああ。魔法少女になんて――させるんじゃなかった。

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