第18話 喧嘩別れ
「ふふふっ。こんにちは、魔法少女さん……?」
「「……!?」」
俺は即座に飲み物を放り出して白雪の傍に駆け寄った。
「なんだお前!?どうしてッ――!?」
その問いかけに、にこりと目を細める男。
「おや? そんなに慌てふためいては、存在を肯定しているようなものですよ? 魔法少女の存在を……おっと、自己紹介が遅れました。
「ミタマ……管理組織……!?」
「ハーメルン……!?」
わけがわからない。
俺達魔法少女をおっさん達が管理しているように、ミタマも管理されているっていうのか? だとしたら、ミタマが危険な存在だと知りながら放置、発生させているこいつらは――
「人々から絶望を吸い出し、誘うようにミタマへと変貌させる。そして人々の絶望を解放へと導くことが、我々の使命です」
あまりに意味の分からない男の存在。それに、さっきから感じるうすら寒い違和感。俺は直感的にハーメルンを『敵だ』と認識していた。庇うように白雪を背後にし、ハーメルンとの間に割って入る。
「絶望からの解放だって? だったら、目的は俺達と同じなのか……?」
「そうです。ですから、今日はあなた方に『お願い』があって来たのですよ?」
「お願い……?」
「ええ。単刀直入に申しあげます。ミタマを倒すのをやめなさい。アレは解放の象徴だ。これ以上、我々の邪魔をしないでいただきたい」
「……!? 俺達は邪魔なんて! そもそも、俺達だって絶望の塊であるミタマを倒して人々を助けてるっていうのに、そんな……!」
(あれ……? 何か、おかしくないか?)
ふとした違和感を悟らせないためか、男は俺の言葉を待たずに続ける。
「ミタマとなることで、人は己の内にある鬱憤を発散している。これは生き物としての防衛機能の一環であり、退治することはその活動を阻害することと同義では?」
「……!?!?」
(ダメだ!頭がこんがらがってきた! こいつがなんか“良くない奴”なのは本能的にわかる。けど、ミタマを体外に放出させて絶望を発散させているなら、それは悪くないんじゃあ?)
亀のくせに頭をぴよぴよさせていると、背後から白雪が声を荒げた。
「そんなものは詭弁よ! ミタマを発生させた時点で、その人の鬱憤や絶望は一旦外に放出されている。それを私達が倒すことで絶望を消滅させているっていうのに。『倒すのをやめろ?』そんなことしたら、徘徊を続けて膨れ上がったミタマが善良な人に危害を加え、発生させた本人にも『病み』が生じる! あなたの言うことは矛盾しているわ!」
「…………」
黙るハーメルンを、白雪は鋭く睨めつける。
「ミタマ管理組織、ハーメルン。あなたは、俺達魔法少女にとっては宿敵とも言える存在……敵ね?」
「おやおや、騙されませんでしたか。議論をメリーゴーラウンドのようにくるくると回せば、思考も混乱させられると思ったのですが。流石は成績優秀で聡明な白雪優兎さんだ」
「……ッ!? あんた、私のこと知って――!?」
白雪が変身しようと鍵を構えた瞬間、ハーメルンはポケットから棒のようなものを取り出し、鍵を弾いた。次いで、その棒を大きく振りかぶる!
「危ないっ……!」
俺は咄嗟にポケットからサイリウムを取り出して応戦した。
――キィン……!
(な――銀の……笛? フルートか?)
「それは、魔法の――!」
大きく目を見開いたハーメルンは、くすりと笑みを浮かべると、一瞬にして俺達から間合いを取る。
「おやおや。これは、少々――」
「なんだよ? やるってんなら、相手になるぞ?」
虚勢上等。変身してない白雪はただの女子高校だ。だったら、変質者とのケンカは俺の仕事。
ハーメルンはにやりと目を細めると、口元に手を当ててくつくつと肩を震わせる。
「なんとも頼もしい亀さんですね? その勇気に免じて、今日はこの辺にしておきましょうか……」
「待て!」
「最後に、聞いておきましょう。どうしてあなたは、魔法少女として戦うのですか?」
「え?」
「ノルマを達成し、願いを叶える。その為に魔法少女は戦う。それはこちらでも把握しています。しかし、貴方の抱えるその《願い》は、命を懸けて為すべきものなのですか? 我々のような、危険な存在を敵に回してまでも――」
その問いに、白雪はまっすぐに向き直った。
「どうしても、叶えたい。あんた達に邪魔はさせない」
その目は、俺が初めて白雪と会ったときから変わらない、強くて、凛とした眼差しだった。
「ふふ……凍てつくような、固い意思。魔法少女はそうでなくては。またお会いしましょう? 魔法少女スノードロップ……」
どこかで聞いたような台詞を吐きながら、ハーメルンは揺らめく蜃気楼のようにその場から姿を消した。
「はーーーーーーーーっ…………」
今更バクバクと鳴り始めた心臓をおさえて俺はその場にへたり込む。
なにせ変質者と生身でやりあうなんて、初めての経験だったから。
(怖かったー。マジで怖かった)
「白雪、だいじょう――」
「 ば か っ !!」
振り向きざまに――罵声。
「あのまま反撃されてたらどうするつもりだったのよ! あんたがマスコットだってわかれば、ひとりでいるところを狙われるかもしれないのよ!?」
(えー。めっちゃ怒鳴られた……)
「咄嗟に手が出ちまったんだからしょうがねーだろ? 結果オーライってやつだ。おかげで白雪は無傷だし、俺も――」
「ふざけないでっ! 私は、私はっ! あんたに守られないといけない程弱くないっ!!」
「ちょ、何をそんなに怒ってんだよ!?」
「あんたこそ!弱くて何にもできないくせに! なにやってんのよ! こんな無茶して!!」
「はっ!? お前、助けて貰っておいてその態度とか……ほんっと可愛くねーな!!」
「――っ!」
「ほっとけよ! どうせ俺は弱くてなんにもできねーよ! 俺のことがそんなに不満なら、泉と組めばいいだろ!?」
得体の知れない敵を追い返した興奮が冷めやらず、勢いに任せて思わず声を荒げる。白雪の表情が、一変した。驚いたような顔をしたかと思えば、不意に目を逸らして走り出す。
「あんたなんか……どうなっても知らないっ!!」
「おいっ! 待て! 白雪!!」
俺の呼びかけも虚しく、白雪はヒールを響かせて帰ってしまった。ひとり虚しく取り残された俺は収まらないもやもやを抱えたまま、あてもなく公園を彷徨う。
「ったく、白雪のやつ、あそこまでキレることねーだろ。人のことを弱い弱いって、バカにしやがって……」
ちょっと庇ったくらいで、なんであんなに怒られなきゃならねーんだ? 俺、悪いこと何もしてないよな? むしろ今回は『よくやった』って褒められてもいい気がする。
白雪は今まで、ことあるごとに俺に対して『弱い』と言ってくるところがあった。ミタマと戦う時も、『あんたは何もできないんだから下がってて』とか『弱いくせにでしゃばるな』とか。
(……ん?)
そこまで考えて、ふとある可能性に気が付く。
「ひょっとしてあいつ……俺のこと、心配してたのか?」
例の病院の時以外、基本的に白雪はいつも俺の前を行っていた。俺はその背の後ろからぷかぷかとくっついていくばかり。まるで『うさぎとかめ』状態。追いつける気なんて全くしない。
白雪はどんなに恥ずかしい格好をしてても、中身は気高くて、頭も良くて、俺の先を行く。安全な道をカッコよく切り開いていくんだ。そんな白雪の姿は俺の好きな強くて可愛い魔法少女像そのものだった。
正直、自分の無力さが歯痒いときも多い。でも、そこはマスコットだから仕方ないとか思って甘えてた自分がいたのも事実。思い返せば返すほど、自分のしたことが恥ずかしくなってくる。
(あ~~~~やっちまった……)
言い過ぎた。多分。
仮にも女の子相手にガチでキレちまった……
(これじゃあ、弱い自分がイヤなことをやつあたりしたみてーじゃねーか)
いくら白雪の態度が気に食わなかったからって、あそこまでキレる必要はなかった。白雪があんなに強気なのは、多分お姉さんの為にそうなったのに。
一緒になって声を荒げるんじゃなくて、『落ち着けよ?』って、『どんな敵が来ても、一緒に願いを叶えよう』って、背をさすってあげればよかったはずなのに。
――と、冷静になった今は思う。
(あ~~~~どうすんだよ、俺……)
女子との初休日デートでこのエンディング。最悪だ。
うなだれながら駅前に着くと、このあいだ買って帰ったアップルパイの匂いが鼻腔をくすぐった。今回ばかりは確実にアレじゃあ許してもらえそうにない。
それに、今回はモノじゃなくてちゃんと謝って許してもらわないといけない気がする。そうじゃないと俺のこのもやもやは無くならないだろう。だが、女子と喧嘩なんて初めてだからどう謝ればいいのか俺には見当もつかない。
「メール……じゃあ、誠意がないか?」
無論、握ったスマホに白雪からのメッセージが届く気配はない。
(明後日、放課後に謝りに行くか……)
俺は腹をくくった。ここで逃げたら男が廃るし、きっと後悔する。
「よしっ」
気合を入れなおすように声を出し、結局アップルパイの列に並ぶ。今日は自分の分と、妹の分を買って帰ることにした。
(明日はもやもやして落ち着かないだろうからな……)
これを賄賂に日曜は妹と買い物にでも行こう。そして、さりげなく友達と喧嘩したことがあるか聞く。困ったら兄に相談しろよ的なノリで。俺は喧嘩したときの女子の気持ちについての情報と妹からの信頼を得る。
(我ながら完璧なプランだ……)
腹をくくった割に我ながらチキン丸出しな作戦に呆れるが、全く予習しないよりマシだ。俺は「ふふふ……」と正義の味方らしからぬ薄気味の悪い笑い声を漏らしながら、家路についたのだった。
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