第17話 週末に魔法少女とデート
◇
週末、俺と白雪は泉の勧めで新宿に来ていた。残念ながらデートではない。これも魔法少女としての活動の一環だ。だが、女子と休日にわざわざ待ち合わせをして一緒に出かける。それだけで俺にとってはデートと呼ぶには充分だった。
(穴場を教えてくれた上に『週末に行け』だなんて言ってきた泉には感謝だな)
泉曰く新宿は欲望渦巻く地であるらしく、負の感情の塊であるミタマも多い。ノルマを稼ぐにはうってつけとのことだ。泉はお兄さんの経営している病院が新宿にあるせいでそのあたりのことには詳しかった。
しかも、公共の場で魔法少女の会話をしても大丈夫なように特殊な魔法をかけてくれた。泉の持つ『コウモリ』の特殊能力らしい。泉が発生させた黒い霧に包まれると、周囲の人間に意識されることが無くなるのだそうだ。泉と菫野が一緒に下校しても何の噂にもならなかったのは、そのせいだった。
週末に活動すると伝えると、泉は俺達に二日分の霧を纏わせてくれた。ただ、俺達みたいな魔法少女の力を持つ人間には通用しないらしいことは俺達に対する実験でわかった、とか言ってた。
まぁ、一般人相手にこれだけできるんだから何もできない俺にとっては「すげー」以外の言葉が見つからない。勿論、俺達の姿が消えるわけではないから普通に電車に乗って普通に買い物もできる。
「すげー便利だな、これ。ぶらぶら散歩しながらミタマ探しできるなんてよ。確か、記憶を歪ませる……とか言ったか?」
俺は普段の制服姿ではない、私服の白雪に話しかける。白いブラウスにハイウエストのロングスカートが良く似合う。いかにも清楚系お嬢様といった装いだ。いつもは編み込みの入ったハーフアップにしているが、今日はめずらしく花の飾りがついたバレッタでさっぱりとアップにしている。
ただでさえ新鮮な私服姿にため息が出てしまう俺だったが、そこで追い打ちをかけるように露わになった白いうなじについつい視線を奪われてしまい、悟られないようにするのが大変だ。そんな俺の胸中も知らずに淡々と会話を続ける白雪。
「――ええ。この霧のおかげで私達の存在は周囲の人にとって、姿は見えるし会話もできるけど一晩寝れば靄がかかったように思い出せなくなるとか。一般人にはこの霧は見えないし、これならいちいちカラオケルームで会議をする必要もなくなるわね」
「まったく、泉さまさまだな?」
「ただ、誰かに覚えて貰いたい要件を伝える時だけは注意が必要ね。文面に残すか強く念押しをしなければ、靄に遮られて忘れられてしまうわ」
「ああ、だから泉もピンポイントで時間指定して使うって言ってた。扱いがトリッキーだよな。俺だったら霧をかけたのを忘れたまま家族と会話して、なんかやらかしそうだ」
「ほんと、彼は何でもできると校内の噂で聞いていたけど、ここまで器用だったとはね。恐れ入るわ」
「そういうお前も、学校じゃあ『完全無欠の完璧主義』なんて言われてるじゃねーか」
「大袈裟よ。それに、完全無欠も完璧主義も、私が言った覚えはないわ」
「――まぁ、案外おばけ苦手とか、そんな一面もあるみたいだしな?」
にやりとすると、脛をヒールで蹴られた。思わず声にならない声が出る。
「うるさい……さっさと行くわよ。私達は泉君達と違って、ノルマをこなさないといけないんだから」
「いってーな……わかってるよ。それにミタマ退治の中に菫野をなんとかするヒントがあるかもしれないしな」
せっかくの土曜だっていうのに、見た目以外は相変わらず可愛げのない白雪の後に続く。今日の予定は泉の勧めどおり昼のオフィス街と夕方からは歌舞伎町周辺の散策だ。
実際に行ってみてわかったが、新宿は想像以上にミタマの痕跡が多かった。負の感情っていうのが生き物のストレスみたいなもんだっていうなら、確かにここは絶好の狩場だ。休日出勤の明かりが灯るオフィス街に、欲望や嫉妬の渦巻く歓楽街。そこかしこにミタマの残滓を感じる。
「大物の気配はなさそうだけど、そこそこのがいくつかあるな。夜になってひと気が無くなってきたら退治に戻ってくるか?」
「そうね」
「はぁ……にしても、喉渇いたな。何か飲むもの買ってくるから、そこで待ってろよ」
下見をじゅうぶんに済ませた俺達は一旦休憩することにした。白雪を公園のベンチで待たせて買い物へ行こうとコンビニに足を向けると、白雪も同様に立ち上がる。
「私も行くわ。飲み物欲しいし」
「いや、お前の分も買ってきてやるよ。足、痛いんだろ? さっきから引き摺ってるぞ?」
「えっ……気付いてたの?」
少し驚いたようにヒールのかかとを擦る白雪。
「まぁ、ちょっと赤くなってるのが見えたし、お前にしては珍しくさっさと先に進んでいかないから、なんか変だなとは思ったんだよ。もっと早く休めばよかったな」
「…………」
白雪は遠慮がちにベンチに座ると俯いたまま黙ってしまった。さすさすと労わるように足を触っている。
(やっぱ痛かったんだな。涼しい顔して、無茶しやがって)
思えば、白雪はいつもそんなやつだった。そんな風に人に弱みを見せない振る舞いばかりしているせいで『
(まぁ、最近は少し丸くなってきたみたいだけど……)
手持ちのバッグから取り出した絆創膏を貼っている白雪に声を掛ける。
「公園の前にコンビニがあったから、そこ行ってくる。何飲みたい?」
「……あったかいカフェオレ……」
「りょーかい」
要望を聞いて俺はコンビニに向かう。
公園の敷地が広いせいか、コンビニがやけに遠い。
(白雪を歩かせなくて正解だったな)
そんなことを考えながら、コンビニでコーラとあったかいカフェオレを――
(売り切れ……だと!?)
コンビニのあったか~いコーナーは季節の変わり目で縮小していた。
(そりゃあ六月ももう終わろうとしてるんだから、そうだよな……)
今日は季節外れの北風のせいで予想外に冷えたからだろう、あったか~いペットボトルのカフェオレは売り切れていた。仕方なくレジ前のカップのカフェオレを買って帰る。
(あー、結構かかっちまったな。白雪に怒られなければいいけど……)
鮮やかなピンク色のつつじの咲く公園を足早に突っ切ると、ようやく白雪の座るベンチが見えてきた。遠くから声を掛けようとすると、俺の目に飛び込んできたのは見知らぬ長身の男だった。
長い黒髪に魔女のような帽子をかぶった、ピエロのように白い肌をした、見るからに変質者ぎりぎりの男。男は白雪の傍に音もなく佇むと、紳士のような甘い声音で話しかける。
「ふふふっ。こんにちは、魔法少女さん……?」
「「……!?」」
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