第16話 共闘関係
何かがおかしい。泉は俺達に何かを隠している。じゃなきゃアイリスガーデンに加担しておいて、紫のことを気遣って、そのくせに手を上げる矛盾した行動に説明がつかない。
「泉君……あなた、本当は紫のこと大切なんじゃないの? どうして……」
白雪も同じことを思っていたみたいだ。
「「「…………」」」
俺達の間に、しばしの沈黙が流れる。それまで黙っていた泉は俺達を探るようにじっくりと眺めると、観念したように口を開いた。
「――君達は、紫の味方……なんだよな?」
「当たり前でしょ。友達なんだから」
「おう……」
俺の方を見て一瞬表情を曇らせながらも、話を続ける泉。
「――なら、話してもいいか。最近、紫の感情が乏しいことには気づいてるか?」
その問いかけに、俺と白雪の表情が凍る。
(白雪の言ったとおりだったな……)
「ええ。なんとなく様子がおかしいとは思ってた。でも、その原因はあなたなんじゃない?」
「僕が手を上げてること?」
「そうよ」
「まさか。――まぁ、はたから見ればそう思うのも無理ないか」
(えっ。そうじゃない……のか?)
「私達は、アイリスガーデンの狂気的な行動や最近の紫の様子がおかしいのは変身前である紫のストレスが原因なんじゃないかと思った。その原因が、あなたからの暴力だと思って。でも……違うのね?」
「ご名答。さすがは白雪さん。アイリスガーデンになった紫がちょっとイッちゃってるのは、そこの鈍い万生橋の目から見てもわかるだろ?」
「ああ……」
「紫はさぁ、感情がどんどん希薄になってるんだよ。正確には、あっちに持っていかれてる」
あまりに突拍子のない話に、俺も白雪も状況が飲み込めない。
「あっち……?」
「アイリスガーデンのこと」
「持っていかれてるって……なんだよ?」
「変身するたびに、あっちは感情が増していく。テンションとか殺戮衝動とか、そういう形になって。逆に普段僕らが目にしてるこっちの紫からは、そういうのが減っていくんだ」
「おい、それって……」
「なんでそうなるのかはわからない。けど、こっちの紫がこれ以上感情を失うのは困る。このままだと、何をしてもされても何も感じない、廃人みたいになってしまう可能性だってあるんだから」
「廃、人……!?」
「まさか……それで、紫を叩いてたっていうの?」
「――そう。そのまさかだよ。痛いとか怖いとか、なんでもいいから感情を思い出して貰う必要があった。このままじゃ、紫は本当に人としての感情を失うことになるかもしれない」
「泉君……けど、それだとあなたは紫に憎まれるんじゃ……?」
得も言われぬ沈黙が俺達を包む。その静けさを破ったのは、どこか投げやりな泉のため息だった。
「だって、仕方ないだろ? 憎いとかイヤだとか、そういうのも立派な感情だ。それで僕が嫌われたとしても、紫が人形みたいになっていくのを黙って見ているよりはよっぽどマシ」
「泉……ひょっとしてお前、菫野のこと……」
眉間に皺をよせ、顔を逸らしてそっぽをむく泉。耳に掛かった銀髪を指で弄りながら、どこか照れ臭そうにしている。いつも余裕ぶってていけ好かないこいつのこんな表情を見れる日が来るとは。
「……ひょっとしなくてもそうだよ。うるさいなぁ。これだから朴念仁ズは……」
(ズ――って、誰だ? 俺と菫野か?)
「だから邪魔しないでくれよ? パートナーを守るのは、守護者の役目なんだから」
泉の本心に驚いていると、不意に白雪が頭をぺこりと下げた。
「――ごめんなさい、泉君。私達はあなたのことを誤解してた。邪魔なんてしないわ。むしろ協力させて」
「協力ってお前……まさか菫野を叩けって言うのか?」
「「…………」」
ダブルで返ってくる、侮蔑の眼差し。
「――なわけないでしょ? 私達は何か別の方法を探すわ。同じ魔法少女にしかできないこともあるかもしれないし。それに……」
白雪は不意に、意味ありげな視線を泉に送る。
「泉君なら、自分が
「あーあー、白雪さんまでそういうこと言う? その余裕ぶった上から目線、なーんかムカつくなぁ?いつか絶対、後悔させてやる」
「応援するって言ってんだから、別にいいだろ?」
「応援って。はぁ……万生橋も棚上げ星人だしさぁ? このメンツでほんとに大丈夫か心配になってきたんだけど?」
そういってジト目で俺達を見る。
「三人寄れば三途の川って言うだろ? もっと頼れよ?」
「文殊の知恵だろ、それ。僕を勝手に殺すなよ」
「はぁ……あんたをその三人に含めないでちょうだい……」
再びダブルで侮蔑の眼差しを向けられた。
(国語は苦手なんだよ……!)
兎にも角にも、俺達三人は協力し、菫野の感情を『なんとかする』ことになった。『なんとか』の中身については、感情がこれ以上減るのを防ぐとか、そのためにまず変身させないとか、感情を取り戻すのが一番いいとか色んな方法がある。
俺にとっては難しくて何が何やらさっぱりなところもあるが、学内でも秀才と名高い白雪と泉が協力して作戦立案をしてくれるのだ。頭を使うのはふたりに任せ、俺は俺で出来ることをやればいい。『亀』の俺に何ができるかはわからないが、友達の為にできることがあるのなら、何でもするつもりだ。
俺達三人はその流れで連絡先を交換し、一旦は各々で解決策を模索していく方向で話が纏まったところで、その日はお開きとなったのだった。
そのとき既に忍び寄っていた『絶望』の香りになんて、微塵も気が付かないままに。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます