第13話 DV彼氏
第三章 バッドエンディングデート
翌放課後、俺は白雪と共に菫野の後をつけるため、校門で待ち合わせをしていた。
(こうやって放課後に女子と一緒に帰るなんて、数か月までは考えられなかったな……)
そんな浮かれたことをぼんやりと考えていると、ポケットの中のスマホが揺れる。
(白雪からか。『委員会忘れてた。先いって』……)
相変わらず絵文字もスタンプも無い、業務連絡。
(『先いって』って言われてもなぁ……?)
この時間にしては珍しく生徒の少ない校門に目を向ける。柵越しの門の反対側に菫野はいた。
(誰かを待ってるっぽいな……)
俺は探りを入れていると勘付かれないようにそれとなく声を掛ける。
「ひょっとして、また泉か?」
「うん……」
ここ数か月、俺が白雪と待ち合わせをするこの時間、校門で菫野の姿をよく見かけた。その度に話しかけると、菫野はいつも泉を待っていた。
(やっぱ、付き合ってるんだろうな……)
実際に本人に聞いたことは無いが、放課後にいつも同じ場所で待ち合わせているんだからそうなんだろう。女たらしの泉と大人しい菫野という珍しい組み合わせのふたりが付き合っているなんて噂は聞いたことがなかったが、泉の恋人が変わるのなんて日常茶飯事だ。もう噂にもならないんだろう。
(菫野、泉なんかのどこがいいんだろう? やっぱ顔か? 金か? 頭の良さか?)
「じゃあね……」
声を掛けられ菫野に視線を向けると、遅れてやってきた泉の後についていくところだった。
「あ――」
(やっべ……このままじゃ見失っちまうぞ!)
急いでスマホを確認するも、白雪からの連絡はない。
(『先行って』ってことは、『見失うなよ』ってことだよな……?)
ここで躊躇して白雪を待っていたら役立たずもいいところだ。そんなの後でどんなおしおきをされるかわからない。俺は菫野達から一定の距離を保って尾行することにした。
◇
学校の最寄り駅から電車で首都圏に向かう。ふたりが降りたのは新宿駅だった。
(放課後にわざわざ新宿でデートか?)
学校から電車で一本とはいえそんなに近い駅ではない。確かに遊ぶところは多いが、そういうところへ行くのは土日でいいんじゃないか? などという俺の考えはふたりを尾行していくうちに徐々に薄れていった。リア充がリア充たる由縁が、そこにはあったのだ。
ふたりはまず『SNSで話題沸騰!』という看板が出ているカフェに並んで入り、俺が飲んだことも無いようなシャレオツでインスタ映えしそうなドリンクを注文。
ケーキセットをまるでハムスターみたいに無心でもぐもぐと頬張る菫野を横目に、泉はスマホを弄る。おおかたSNSに写真でもアップしているんだろう。
カフェから出たらその辺の店をふらつき、帰宅ラッシュ前の静かなオフィス街を散歩する。その間俺は慣れた様子の泉に不覚にも感心しながら、百円のシェイクを片手に白雪からの連絡を待った。
(おいおい、日が落ちて来たぞ。白雪のやつ、まだかよ……?)
俺の心配をよそに今度は駅の東口へ移動するふたり。見失わないよう、増えてきた人混みに紛れながら後をつける。歌舞伎町の入り口に差し掛かるころ、危惧していた事態が遂に起きた。
(ああ。やっぱこうなったか……)
――ふたりを、見失った。
一定距離を保っていたせいもあるし、この人混みに俺一名という人手不足の問題もあると俺は訴えたい。
(白雪にどやされる……!)
俺の心臓がバクバクと警鐘を鳴らしはじめた。ふたりを見つけて汚名を雪ごうと、足早に歓楽街を移動する。色鮮やかで俺みたいな高校生は入れない店の看板に囲まれ、どうにも居心地が悪い。
(くそっ! ふたりとも何処いったんだよ!? この方角……まさかラブホ!?)
いやいやいや。待て待て待て。いくらたらしなお隣の泉さんでも、まだ未成年でございますでしょ? 流石にちょ~っとソレは……脳裏をよぎる、女子の会話。
『泉君ってさぁ、なんか大人っぽいよね?』
『うんうん。女慣れしてるのもあると思うけど、どこまで慣れてるんだろう?』
『この間、背の高い女の人と歩いてるところを見たって……』
『あ、それ聞いた! お母さんっていうにはやたら若い……お姉さん?』
『あれ? 泉君にお姉さんなんていた? お兄さんがいるってことしか知らないけど……』
『じゃあ、もしかして……!年上の
『『『きゃ~!』』』
ってことは……!
(白雪ぃ! 早く来てぇ! 俺をたすけてぇ! そして菫野の貞操を守ってぇ!!)
あと少しで着くって言ってから随分経つんですけど!? 俺にばっか下見させて、あいつやっぱ方向音痴なんじゃ――
「あ~も~! どうすりゃいいんだ!?」
歓楽街は高校の制服を着たままほっつき歩くにはだいぶ辛かった。
妙なところで警察に会えば補導されちまうし、黒服のにーちゃん達はなんか怖いし、綺麗なドレスのお姉さん達のギラギラした視線も、ただの看板のくせに未経験の俺には恐怖でしかない。
そんな中をいくらふらついたところでふたりを見つけられない俺は途方に暮れ、近くにあった病院の地下駐車場に逃げ込んだ。
(こんな地下にしか俺の居場所が無いなんてな? なんてオトナな街だよ、新宿……)
自虐的になりつつ自販機のボタンを押す。今の気分はコーラ一択。
「はーーーーっ……」
疲れた時の炭酸が、心と体に染みわたった。
(もう、帰るか……)
俺はぶっきらぼうに空き缶をゴミ箱へ投げ捨てる。すべてを諦め、白雪にどやされるのを覚悟で帰ろうと立ち上がると――
パシーンッ!
どこからか、大きな音が聞こえてきた。
(なんだ……? こんなところに人が?)
不思議に思って覗いてみると、そこには菫野と泉の姿があった。
ふたりを見つけられたこととふたりがラブホへ消えたわけではなかったことがわかり、二重の意味で安堵する。
だが、さっきまでの仲の良さそうな雰囲気はどこへいったのか。ふたりの様子はどこかおかしかった。よく見ると泉は右手を構えていて、菫野は左頬をおさえている。真っ白い菫野の頬が心なしか赤みを帯びているように見える。
(おいおい……今の音、まさか――)
俺は思わず柱の影から飛び出しそうになるのをなんとか堪えた。
(DⅤ彼氏ってやつか……!?)
だとしたら、今俺が何も考えずに出ていくのはよくない。そのせいで後で菫野がもっとひどい目に遭う可能性があるからだ。こないだ見たテレビのワイドショーでそう言っていた。
(菫野……!)
歯痒い気持ちを抑えたままふたりの様子を伺う。見ると菫野は壁に寄りかかり、その逃げ場を塞ぐように正面に泉が立ちはだかっている。
「なんか言いなよ、紫」
「別に、なんでもないよ……」
「はああ? 毎回同じ時間に校門の前でお喋りしてて、なんでもないわけないよねぇ?」
「待ってる間、お話してるだけだよ……」
(待て待て待て! 校門の前でお喋りって……まさか、俺のことか?)
「もう一回聞くよ。万生橋とは、ほんとに何もないんだね?」
「だから、ないってば……」
パシーンッ!
「い、いたい……! 式部……」
「知ってるよ。痛くしてるんだから」
「んッ……はぁ……」
可哀そうに、菫野は大きな目に涙をためていた。瞳を潤ませ、痛みに耐えるように呼吸を荒げるその姿はどこか煽情的にすら思えてきてしまう。
「へぇ……? そんな顔もできるんじゃん……?」
泉はそう言うと、おもむろに菫野の頭を掴んで壁に押し付けた。
「紫、覚えておきなよ? それが、『痛くて、悲しい』ってことだ」
「ううッ……」
菫野は何も言わず、苦しそうに目を細めて泉を見つめ返す。
(なんだよ、アレ! なんなんだよ! まさか泉の奴は『病み』に侵されて暴力的に………『ミタマ化』しようとしているのか? 魔法少女である菫野は、それをどうにかしようとしてる? でも、それでも……! あんな無抵抗に!)
「僕のこと、怖い? 憎い? 今の僕に対して、何か思うことはある?」
「……わからない」
「……そう。じゃあ、もう一発くらいしてみるか――!」
泉が、再び構えた。
(もう、見てられん――!)
堪らず飛び出し、泉の右手をつかまえる。
「お前っ! 何してんだよ!?」
「――っ!?」
驚き振り返る泉。菫野は、さっきの泣きそうな表情のままだ。
「……万生橋。なんでここにいるの? まさかとは思うけど、紫のストーカーでもしてた?」
泉はそう言って、心底嫌そうに俺の手を払いのける。
(こいつ、なんでそのことを……!)
「べっ、別にそういうわけじゃねえよ。たまたま近くにいて、大きな音がしたから……」
「でも、僕を止めるってことは……盗み聞きはしてたんだよねぇ?」
ぎくっ
(鋭いご指摘で。やっぱこいつ、噂通りただモンじゃねーな……)
図星をつかれ不覚にも感心してしまう。
すると、泉は呆れたようにため息を吐き、菫野の手を握った。
「あーあ、なんか萎えちゃった。帰ろう、紫」
「待てよっ! お前、仮にも彼氏なんだろ!? なんで! なんでこんなことするんだよ!?」
「……万生橋には関係ないでしょ」
「ねーよっ! 関係ねーけど……!」
(好きな子があんなことされて、黙ってられるわけねーだろ……!)
喉まで出かかった言葉を飲み込む。
今ここでそんなことを言えば、明日菫野は学校に来られないかもしれない。
「じゃあ――別にいいよね?」
鼻で笑い、さっさと帰ろうとする泉。
だめだ。ここで帰してしまったら、菫野はまた同じことをされるだろう。
俺はない脳みそを絞って、必死に言葉を探す。
「女の子は、大事にしろよ……」
「……それ。万生橋が言う?」
(――は?)
しばらく考えるようにして黙っていた泉の口から出た言葉が、それだった。
――意味がわからない。
俺は女の子を大事にしていないつもりはないし、そもそも大事にすることを許される女の子、つまり彼女がいない。むしろいたことがない。
「泉、お前何言って……」
「はぁ~あ、もういい。万生橋ってほんと、なんにもわかってないや。これじゃあ、相方の子が可哀想だねぇ、紫?」
「……?」
急に話を振られた菫野はきょとん顔だ。だがそんな顔も可愛い。
泉はそんな菫野を見て一際大きなため息を吐いたかと思うと、『どいつもこいつも』と愚痴をこぼして去っていった。
その場には、泉の言葉の意味がわからない俺と菫野がぽつんと残される。急に
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