第12話 放課後に魔法少女とカラオケ
◇
病院での一件があった翌日。俺と白雪は放課後、ふたりでカラオケに来ていた。もちろん仲良く歌をうたう為に来たわけではない。魔法少女の活動をするようになってからというもの、人に聞かれたくない話をするとき俺達は度々個室を借りる目的でカラオケを利用していた。しかも、同じ学校の奴には見られたくないからとか言って学校の最寄駅から少し離れたところの、だ。
ぶっちゃけそこまでするくらいならどっちかの家とか部屋でいいんじゃないかと思ったが、残念ながら俺の方からそれを言い出す勇気はなかった。
童貞だからな、しょうがねぇ。だって美少女といきなり部屋でふたりきりなんて無理ゲーすぎるだろ? 少なくとも俺にはできないね。
いくら『亀』とはいえ、中身は思春期真っ盛りの男子高校生、万生橋幸一郎ですから。そりゃあ意識しちゃいますよ。今だって、ちょっと……もやもや。
そんな新曲の紹介ばかりが虚しく流れるカラオケルームで、俺達は神妙な面持ちでドリンクバーを啜っている。
「――で。今日はアレだろ? 昨日の件だよな?」
「そう、なんだけど。未だに信じられなくて……」
「あの『死神』、アイリスガーデンっていったっけ? 本当にうちのクラスの菫野なのか?」
「――だと思う。ちょうど一昨日、紫と新しくできるパンケーキ屋の話をしたの。そのとき、何が食べたいかふたりで話をして。紫が見せてくれたクーポン券に丸印をつけたのよ……」
「それが、このクーポン券ってわけか……」
俺はくしゃくしゃになったクーポン券に視線を落とす。見ると、チョコレートブラウニークリームとアーモンドメープルホイップに可愛らしい赤の花丸が書き込んであった。
「ちなみにメニューは……」
「紫が食べたいって言って、花丸つけたのと一緒よ」
「じゃあ……やっぱりアイリスガーデンの正体は菫野だっていうのか……?」
俺の中の菫野のイメージとはあまりにかけ離れすぎていて、実感がわかない。昨日、俺達が出会った『闇の魔法少女・アイリスガーデン』は、高笑いをしながら狂気的にミタマを狩り、超人的な身体能力で白雪に襲い掛かってきた。そして不敵な笑みを浮かべて姿を消した。その立ち振る舞いは普段温厚でおっとり……というかぼんやりしていて、運動音痴な菫野からはおよそかけ離れている。
(それとも俺が知らないだけで、菫野は夜になるとヒャッハーな人格になるのか?)
あらぬ不安が脳裏をよぎる。
向かいに座る白雪に視線をうつすと、俺と同じように眉間にしわを寄せていた。
「菫野と仲良かったんだな? 知らなかった。お前、誰も寄せ付けないイメージあるからさ」
「誰も寄せ付けないなんて。そんなつもり……」
そういって、白雪はばつが悪そうに俯いてしまう。
「紫は……紫だけは、友達になってくれたのよ」
「おいおい、流石の『
ぷいっ。
やはり居心地悪そうに視線を逸らす白雪。
(や、やべぇ。無意識にディスってしまった。病院での一件以来、ちょっと優しくしようと思ってたのに……)
「悪かったわね? どうせ私は席が前後ってだけで話しかけてくれる紫くらいしか友達がいないわよ」
(そっか、『し』と『す』で名前近いもんな……)
「紫は他の子と違って私を怖がったりしないし、遠巻きに嫉妬したりしない。紫が私をどう思ってるかは知らないけど、私にとってはあの子くらいなのよ。気兼ねなく色んな話ができるのは……」
さすが菫野。俺が想いを寄せるだけのことはある。ほんと、誰にでも優しいところがまたイイんだよな。俺も前に消しゴム拾ってもらったっけ。
「菫野は確かにちょっとぼーっとしてるけど、いい奴だもんな?」
「ぼーっとしてるのは認めるけど、優しいのよ、あの子は。だから未だに信じられない」
「アイリスガーデンか……」
「信じたくはないけど、私のことを『ゆとちゃん』ってあだ名で呼ぶのは紫しかいないから、間違いないわ……」
「それに加えて『闇の魔法少女』だもんなぁ……? どうすんだよ?」
「ほんと、それよ。初めて出会った自分以外の魔法少女がよりにもよって『闇の魔法少女』だなんて……そういうのはもっと後半に……」
白雪がメロンソーダを飲みながらブツブツと文句を垂れている。
「――だよなぁ? クライマックス近くに仲間になるもんだろ?『闇の魔法少女』って」
「そうそう。敵同士だと恐ろしいけど、仲間になると頼りになるのよね」
「…………」
「…………」
(あれ……?俺、いつの間に白雪と息ぴったりになったんだ?)
まさかの同族フラグを察知した俺は、恐る恐る問いかける。
「その……白雪も、魔法少女モノ……好きなのか?」
「……!」
しまったという風に露骨に顔を逸らされた。
白雪はおずおずと、こちらの様子を伺うように口を開く。
「――だった、のよ。小さい頃、姉と一緒によく見てたから。あんたこそ、なんでそんな女児向けアニメを……」
イマドキ女児向けじゃねーぞ? と言ってやりたかったが、そのあとに向けられるであろう侮蔑の眼差しを予知し、俺は口を噤む。
こういうのを非ヲタのJK相手に言ってはいけないことくらい俺にもわかる。それに、俺には堂々たる理由があった。
「俺は妹とよく見てたんだよ。一緒に映画に連れて行ったりもしたな。母さん達はそういうのに興味なくてさ」
その妹にも内緒でいまだに最新作を録画して見る程ハマっているなんて口が裂けても言えないが。そんな俺の本心は露知らず、白雪はめずらしく感心したような表情だ。
「へぇ……あんた、昔から面倒見よかったのね」
「ま、まぁな……」
この話はこれ以上すると危険だ。ノリノリになってオタク特有の早口で墓穴を掘らないうちに話題を切り替えよう。
「――で、菫野のことこれからどうするんだよ? 放っておくわけにもいかないだろ。お前に襲いかかったり、あんな狂気的なことして。それも、病院で活動してるなんて……」
白雪は考えるように口元に手を当てる。
「そのことなんだけど、今日一日紫を見ていて、思ったことがあるの」
「ん? なんだ?」
「最近の紫、ぼーっとしていることが増えた気がしない?」
(急に言われてもなぁ……?)
普段の菫野の姿を思い起こす。菫野は口数こそ多くないが、飾らない性格な為か女友達は多い印象だ。昼休みも大概誰かと一緒に過ごしている――はず、なのだが。
(あれ……? 最近は昼休みに教室にいない気がするのは気のせいか?)
そのことを伝えると、白雪も首を縦に振った。
「私も最初は、疲れていて何処かでひとりゆっくりしてるのかなと思ったの。ほら、変身して性格が変わっちゃうにしても、アイリスガーデンとして活動するのは大変そうだから」
「まぁ、あのテンションにあの動きだもんなぁ。菫野には耐えがたい、というか筋肉痛とかヤバそうだな」
「筋肉痛ってあんた……で、今日の昼休みに気になって紫の後をつけたら、ひとりで屋上で過ごしてたの。何してたと思う?」
「わからん。全く」
菫野の考えることなんてわかるわけがない。ただでさえ顔には出ない方なんだから。それに、女子が普段どんなこと考えてるかなんてこっちが聞きたいくらいだよ。
(女たらしの泉になら、わかるのかもしれねーけど……)
なんとも不甲斐ない俺の返答にため息を吐く白雪。
「あんたに聞いた私が悪かったわ。――で、紫なんだけど。昼休みにお弁当も食べずに、ずーっと空を眺めてたのよ。空を飛んでる鳥とか、流れる雲とかを眺めてた……」
「えっ……昼休み中、ずっとか?」
「ええ。ずっと」
「おいおい……それはなんかちょっと、イッちゃってねーか?」
ぼーっとしてるとか、そういう範疇を超えている気がする。
「だ、大丈夫なのかよ?」
「私、思い切って声をかけたの。『お腹空かないの?』って。そしたら『お腹空かないからいいの』って……紫、普段は甘いものとか好きで、よく食べる方なのに」
「やばくねーか?」
「ストレスが、溜まっているのかも……」
「――ストレス?」
「私思うの。変身すると、自分が自分じゃないみたいで嬉しくなることがある。でもね、紫の変貌っぷりはちょっと異常。あれは、ストレスが原因なんじゃないかしら?」
そりゃ、普通に生活してればストレスくらい大なり小なり溜まるだろう。でも、食欲が減って変身したら異常なテンションになるほどのストレスを菫野は抱え込んでいるっていうのか? そう思うと、急に胃のあたりがきゅうっとなってきた。
「心配過ぎんだろ……」
「もし紫が日常生活に何らかのストレスを感じていて、それが爆発する形でアイリスガーデンの狂気が形成されているのだとしたら……」
「なんとかしてやらねーと……ってことか」
白雪は大きく頷く。菫野のことが心配なのは俺も一緒だ。それに、菫野を説得して病院に行かせないようにする必要もある。
俺と白雪はこれまでしぶしぶ集まっていた『魔法少女活動会議』を率先して行い、紫の心の問題を解決して説得を試みることに決めた。いままではノルマ達成に必要なパートナーということで半強制的に行動を共にしていた俺達だったが、今日からは友人を救うという共通の目的の為に協力することを誓う。
「俺達で、菫野をなんとかしよう」
「『なんとか』って……全く具体的じゃなくて頼りないんだけど……」
白雪は一瞬ジト目で俺を見たかと思うと表情を一変させ、ふっと笑った。
「でも……頼りにしてる」
「……!」
その笑顔は白雪が俺に向ける初めての表情で。その蕾がそっと開くような笑みに、俺は不覚にもときめいてしまうのだった。
俺達はその後カラオケの時間を延長し、今後の作戦を練った。菫野を『なんとかする』ための作戦だ。作戦といっても俺達にできることは少なかったが。
その内容は、とにもかくにも菫野から目を離さないことと、少しでもおかしな様子やストレスの原因となりそうなものを見つけたらお互いに報告するというものだった。白雪が魔法少女であることを変身していない状態の菫野に伝えるという線も考えたが、前に襲い掛かってきたことを考えると菫野から何か言ってくるまでは内緒にしておくべきだという結論に至った。
日が落ちてカラオケが夜料金に切り替わる頃、俺達は家路についた。
駅に向かい、同じ方向の電車に乗る。白雪の家は、俺の家と同じ沿線のふたつ隣の駅だ。帰宅ラッシュが少しだけ落ち着いた電車内で、ドアの横に寄りかかる白雪に話しかける。
「お前ん家、駅から遠いのか?」
「歩いて十五分くらいだけど、どうして?」
「もう暗いだろ。その……送っていった方がいいのかなって……」
「~~っ!?」
白雪の瞳が一瞬、瞳孔の開いた猫みたいにくわっと大きくなる。
(よ、余計なお世話だったか……?)
「……別に、大丈夫。通い慣れているし。それに……」
「……?」
「あんたより、私の方が、強いから」
「あーはい。そーでしたー」
どうせ俺は『亀』ですよ。ひっくり返されると何もできない亀さんですよ。
ああなっちまうとな、甲羅が重くてぷかぷか浮かべないんだ。怒った白雪に一回やられたことがあるが、あの『このまま餓死して死ぬのか?』みたいな絶望感はヤバかった。まぁ、ちゃんとそのあと『こっそりローアングルから衣装の写真を撮ろうとした罪』を許されて助けて貰ったから今こうして生きているわけだが。
俺がふてくされていると、白雪の最寄り駅に着いた。
姿勢を伸ばし、肩の鞄をかけ直したかと思うと、ふわりと髪を靡かせて降りていく。電車のドアが閉まる瞬間、白雪は俺の方を振り返った。
「そうね。でも……気持ちだけ、受け取っておくわ」
ちょっと照れ臭そうな、それでいて嬉しそうなその顔が俺の頭にいつまでも残り、気がついたら夕飯もそこそこに俺は布団に入っていた。
(今日は、俺の好きなハンバーグだったのに……)
食欲湧かないとか、食べ盛りの男子高校生にはあるまじき事態だ。
「これ、ストレスじゃね……?」
そう呟いてはみたものの、そんなわけがないことくらい俺にもわかっていた。
(まさか、これが噂の恋・わず・ら――)
(あああああ!)
「そんな! わけが! ないだろう! だって、俺が好きなのは……!」
布団の中で明日からの作戦を反芻する。菫野を困らせている原因を突き止め、無茶な戦いをやめさせる。それはわかっている。
ただ、心の中でもやもやとわからないことがあった。
(菫野を助けることで俺が助けたいのは……菫野か?それとも……)
なんとなくそれ以上は考えたくなかったので、俺は目をつぶってヘッドホンから音楽を流した。『ストレスフリーな生活を貴方に』なんていうサブタイがついた、とびきりよく眠れそうなヒーリングなやつを。
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