第11話 死神の正体
「だれ……? だれが、まだ……」
「…………」
「――生きてるの?」
「――っ!!」
カラカラカラカラカラッ!!
金属音が迫ってくる! 凄まじいスピードで!!
俺は金縛りにあったみたいに動けなかった身体に鞭を撃ち、死に物狂いで声を発した。
「白雪っ! 逃げろっ! こいつとやりあったらダメだっ!!」
「――万生橋ッ!? いったい何が――」
白雪が堪らず階段の陰から飛びだす。
その顔色が、一瞬で変わった。白雪の血の気が引いていくのが俺にもわかる。
「バカッ……! 来んな!」
「だあれ?」
『死神』の視線が白雪を捕らえる。
ターゲットが一瞬にして俺から白雪に切り替わった。
――きゃはははははははははは!
「楽しそう……あーそーぼぉー?」
「――っ!」
『死神』が白雪の首を刎ねる直前、その大鎌を青い杖が受け止めた。ぎりぎりと金属で氷を引っ掻くような音が廊下にこだまする。
「……? ミタマじゃ、ないねぇ? 生きてるひとの、匂いがするもん。ん~? あなた、ひょっとして……」
「あんたこそ……ミタマの存在を知ってるなんて、何者なのよ。『死神』……」
『死神』はふっと口元に笑みを浮かべると杖を薙ぎ払い、跳躍して白雪と距離を取った。廊下が狭いことを利用して、壁を足場にまるで踊るような身のこなしで空間を移動する。不意に廊下の奥からキィキィと音がしたかと思うと、『死神』はしなやかに身を翻し、俺達を無視して人とは思えない速さで音の方に駆け出した。
「まぁーだ、生きてるのがいたのぉ?」
目を爛々と輝かせ、まるでネズミを追いかける猫のようだ。仕留め損ねたミタマを追って、大鎌を引き摺りながら楽しそうに駆けまわる『死神』。
向かう先には――
「おい! よせ! そっちは……本館への連絡通路だ!!」
(五階には、お姉さんが……!)
「――――っ!!」
その言葉に、白雪の血相が変わった。『死神』に薙ぎ払われた反動で倒れていた身体を起こし、すぐさま『死神』を追いかける。俺も必死に後を追った。俺が『亀』だからなのか白雪が魔法少女だからなのかはわからないが、まったく追いつける気がしない。目を凝らしてなんとか白雪の姿をとらえる。
「行かせないっ……!」
白雪が杖を大きく振りかぶると、複数現れた水の塊がロープのように『死神』の身体に纏わりつく。そのまま『死神』を廊下に押し倒し網目状に縛り付けたかと思うと、水は瞬く間に凍りついて『死神』の身体を拘束した。――形勢逆転だ。
「あんた……何者なのよ!? 答えなさい!」
仰向けに拘束されている『死神』の喉元に杖をかざす白雪。その眼差しは氷のように冷たい。しかし、その視線にまったく動じていないのか。『死神』は黙ったままだ。
「答える気は、無いようね」
白雪は短くため息を吐くと、杖の先でゆっくりと『死神』が被っている黒いフードをめくる――
「……?」
そこにあったのは――女の子の顔だった。
ゆるく巻かれた薄紫色の髪を肩まで伸ばし、そのふさふさとした長い睫毛の奥からは、夜の闇を思わせる濃紺の瞳が覗く。まるで人形みたいな人外の美しさを讃えたその容姿には見覚えがあった。
(おいおい、あれは……あの人間離れした容姿はまるで、白雪と同じ……)
「あなた……やっぱり……魔法少女、なの?」
白雪の問いに、口元をにやりと歪ませる『死神』。
「ふふ。うふふふ……お揃い、だねぇ?」
思い返せば、目の前にいる『死神』はミタマを狩っていた。もし『死神』が大型のミタマなら、同族をこんなひどい目にあわせる道理もない。縄張り争いをしてるっていうなら追い払うだけで十分なはず。俺達は、もっと早くそのことに気付くべきだった。
だが、目の前にいるこいつはどうだ? 白雪はフードなんて被っていないバニー姿。こいつが魔法少女だっていうなら、人外な装いをした白雪を一目見て、同胞だと気が付いてもいいだろう。なのに、何故こいつは白雪に刃を向けたんだ?
「白雪気をつけろ。そいつ多分、まともじゃない……」
「わかってる……」
白雪は杖にぐっと力を込め、さらに尋問しようとする。
ギィィ……バタンッ――
不意に、すぐ近くの扉が開いた。駐車場に繋がる扉だ。俺と白雪はそちらに視線を奪われる。『死神』は、その一瞬を逃さなかった。
パキンッ――!
自身を拘束している氷を鷲掴みにすると、力を込めて一気に粉砕した。パラパラと氷の粒が散ってゆく。
「しまっ――!」
白雪が再び拘束をかけようとするが、遅かった。『死神』はその身をするりと起こすと、一瞬にして扉の前へ移動していた。
「『闇の魔法少女』の私を捕まえようなんて、大胆だねぇ……?」
「『闇』の……魔法少女?」
「ふふ。そうだよぉ? 私は『闇の魔法少女』アイリスガーデン。よろしくねぇ?」
呆然と立ち尽くす俺達をよそに、アイリスガーデンと名乗る少女は扉に手を掛ける。
「今日は楽しかった。また遊ぼうねぇ? ゆとちゃん――」
そして一言そう呟くと、闇に溶けるようにして、その姿を消した。
俺達は急いで後を追ったがそこにはライトの消えた車が並ぶばかりで、どの方向へ逃げたのか見当もつかなかった。その消えた足取りを追うことは全く不可能と思われたが、俺はそこであるものを見つける。
「……? なんだこれ?」
落とし物、だろうか。駐車場に落ちていたのは一枚の紙きれだった。
「パンケーキ屋の、クーポン券……?」
それは、俺達の学校の隣駅に新しくできると(主に女子の間で)噂のパンケーキ屋のものだった。新装開店という見出しの下に様々な種類のパンケーキの写真が載っている。そして、そのうちのいくつかのパンケーキに丸印がついていた。
「……! 万生橋、ちょっとそれ見せて!」
「あ、ああ……」
白雪はそれを強引にひったくると、穴が開きそうな勢いでそれを見つめている。
(そ、そんなにパンケーキ好きだったのか……? いや、そりゃ白雪はスイーツ好きだけど、こんなときまでがっつくほどに?)
意外に思いながら見ていると、白雪は思わぬことを口にした。
「アイリスガーデン……まさか、『あの子』がそうだっていうの……?」
「なんだよ? 思い当たる節でもあるのか?」
白雪はいまだ信じられないといったように躊躇しつつも、まるで何かを確かめるようにゆっくりと震える唇を開く。
「このチラシ……それに、一瞬だけどさっき私のことを『ゆとちゃん』って呼んだ。間違いない。あの子、『死神』――いえ、アイリスガーデンは、菫野紫。私の友達よ」
(……マジかよ……)
◇
その夜、アイリスガーデンは月明りの下でいつまでも光の消えない街を見下ろしながら恍惚とした笑みを浮かべていた。
「はぁ……ゆとちゃん、可愛かったなぁ。白い髪に、ピンクの瞳。まるでお姫様みたい。氷の魔法がピカッてして、キラキラ零れて、お星さまみたいだった。また遊びたいなぁ……」
『今日はまた随分とご機嫌だねぇ? アイリスガーデン』
パタパタと周囲で羽ばたいていた一匹コウモリは、血にまみれたままうっとりとする魔法少女に呆れたようにため息を吐くと、その華奢な肩にとまって羽休めをする。
『キミの願いは、見つかりそうなのかい?』
「ん? 私の『願い』?」
『そうだよ、キミの願い。僕と契約したときはまだ、思い浮かばないって言ってたじゃないか?』
「ああ、それね……」
ふいっと興味なさげに視線を逸らすアイリスガーデン。だが、コウモリの興味は依然としてその『願い』に注がれているようだ。
『トモダチが、欲しくなったとか?』
「ゆとちゃんはもう、私のトモダチだよ?」
『嘘だね。だって、キミはいつもひとりきりだ。僕を除いては、“本当の意味で”キミの傍に居られるモノなんていない』
「そうかなぁ?」
『そうだよ。きっとこれから、どんどんそうなっていく』
ちょこんと肩に乗ったコウモリは、アイリスガーデンの頬についた血をチロチロと舐めながら問いかける。
『ねぇ、最近ちょっとヤり過ぎじゃない? 虐殺の果てにキミは何を望むの? 教えてよ。その願いが叶ったら……いや、叶っても。僕はキミの傍に居られる?』
「私が魔法少女じゃなくなったら、あなたもマスコットじゃいられなくなるもんね?」
『でも、このままミタマを殺し続けていたら、いずれにせよキミはキミのままでいられなくなる。闇の魔法少女は、そういう存在なのかもしれない』
ペロリと頬を舐め終えたコウモリは、月明りの下、そっと問いかけた。
『ねぇ、もう辞めにしない? 魔法少女』
「え?」
『こんなの、割に合わないよ。キミはずっとこのままでいい。いや、このままでいなければ。たとえ闇の代償に大切な何かを失ったとしても。僕だけは、ずっと傍にいるから……』
その問いに、魔法少女は――
「私はやめないよ。魔法少女」
――笑った。
「だって、もう……やめられないんだもん♪」
その傍らには、『病み』へと誘う『絶望』が、確かに潜んでいたのだった。
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