第14話 助けたクラスメイトとは話題がない

(菫野は相変わらずぼーっとしてるし、どうしたもんかな……)


 沈黙に耐えきれず先に口を開いたのは俺の方だった。


「あの……さ。大丈夫か? ほっぺ」


 言われてようやく思い出した、というように頬をさする菫野。


「うん……」


「とりあえず、冷やした方がいいよな」


 俺は自販機でペットボトルの水を購入し、ハンカチを濡らす。程よく湿ったハンカチを頬につけてやると、菫野は気持ちよさそうに目を細めた。


「それ貸すから、しばらく当てておけって」


 菫野はハンカチを受け取ると、言われるままに頬をおさえている――と思いきや、次の瞬間、ぽつりと口を開いた。


「ん……ありがと」


(……? もしかして今、お礼言われたか? 幻聴?)


 はっとして菫野の方を振り返るが、さっきと変わらないきょとんとした表情のままだ。


(あああ……! もしさっきのが幻聴でなかったら、録音したかった……!)


 菫野は可愛い。大人しくて素直で。庇護欲をくすぐるというか、人形みたいで世話を焼きたくなるというか、白雪の可愛さとはまた違ったものがある。一方で白雪はというと可憐というか造形が整い過ぎていて、ちょっと近寄りがたいところがあった。

 しかし最近では案外性悪なところがあったり、健気で頑張りやなところがあったり、おばけが怖いなんていう意外な一面があったりと、俺の中でのその印象はころころと変わっているのだが。


 ――ハッ……


 白雪の顔が頭に浮かび、俺は本来の目的を思い出す。

 菫野におかしなところがないか調べていたんだった。


(おかしなところだらけじゃねーか……!)


 まだ少し赤い菫野の頬に視線を向け、恐る恐る質問してみる。


「その……さっきみたいなのさ、よくあるのか?」


「……たまに」


(あるのかよ……あいつ……!)


 泉に対し、再び怒りが込み上げる。


「嫌じゃないのか? 泉と別れようとか……思ったりしないのか?」


「……? 式部は、彼氏とかじゃない。幼馴染だよ」


「へ? そう、なのか?」


(てっきり彼氏なのかとばかり……)


「式部とは、小さい頃から一緒なの。色々、面倒見てもらってる」


(色々って、なんだろう……)


 逐一そんなことが気になってしまう、自分の男子高校生脳が憎らしい。


「でも菫野。さっきのは、面倒見てもらってるとは言えないんじゃ……?」


「うーん……」


 問いかけると、菫野はうつむいて黙ってしまった。


(まさかとは思うが菫野は泉を庇ってる? それとも俺が思う以上に、菫野が会話下手なコミュ障ってだけ?)


 その様子に、俺はテレビのワイドショーを思い出す。


(ひょっとして、これが共依存ってやつか? 泉には菫野がいないとダメだと思ってるとか? もしくは、菫野は泉がいないとダメってくらい、何もかも世話を焼かれてるっていうのか!?)


 男子高校生な俺は、それだけでどことなくただれた関係を想起してしまう。


「菫野……困ってることがあったらさ、遠慮なく言えよ?」


 うまいことは言えないが、せめてと思い、精一杯の笑顔を菫野に向けた。


「ほら、その……いつも校門で会うわけだし?」


 そこまで言って思い出す。そもそも菫野が怒られていたのは俺のせいだった。


「って……さっき怒られてたの、そのせいだよな? なんか、ごめんな?」


「…………」


 菫野は何も言わず、いつもと同じ、人形のように澄ました顔でこちらを見ている。ここまでぼんやりされると正直、沈黙に息が詰まりそうだ。


(泉のやつ、このテンポについていけるとこだけは褒めてやるぜ……)


「あー……菫野さん? 聞いてる?」


「うん……大丈夫。万生橋君のせいじゃないし、式部も多分……ほんとは悪くないの」


(えっ――そんなわけ、なくね?)


 思わず驚きと疑念の眼差しを向けるが、俺の目に映る菫野は冗談を言っているようには見えなかった。菫野がそう言っている以上、泉のことをとやかく責めたところで菫野はよく思わないだろう。だが、菫野が狂気的な変身をすることに全く関係が無いとは思えないのも事実。


(とにかく、白雪に相談してみるか……)


 今の俺では手に負えないと判断し、一旦帰ることにする。

 俺は白雪に一報を入れ、菫野と共に足早に歓楽街を去った。


「――ここでいいよ」


 新宿駅に着くと、菫野は俺に手を振った。


「ほんとにいいのか? 家まで送――」


 言いかけて、言葉をぐっと飲み込む。

 菫野が俺と一緒にいたせいで泉に怒られたことを思い出したから。


「……気をつけろよ? 何かあったら、いつでも連絡していいからな?」


 せめてと思い、さっき連絡先を交換したスマホを振ってみせる。


「うん……」


 同じように、菫野もスマホを振り返す。その表情は相変わらずぼんやりとしたものだったが、手の振り方は心なしか嬉しそうに見えた。

 しばし手を振っていた菫野はスマホをポケットにしまうと再び俺に掌を振る。そして、ゆったりと目を細めて呟いた。


「万生橋君……ありがとね?」


「――っ!」


 その表情は穏やかながらも、俺への感謝に満ちている。

 小さく首を傾げた拍子に落ちてきた前髪を慣れた手つきで直し、ゆるく巻かれた黒髪を揺らしながら駅へと足を向ける……


「…………」


 ――やっぱり、菫野は可愛いかった。


(なんだかんだいっても、目で追っちまうもんだなぁ……)


 俺は菫野の姿が人混みに紛れて見えなくなったのを確認し、帰りを急ぐ。


「――っと、その前に……」


 駅前で人だかりができている店に視線を向けると、それは焼きたてのアップルパイのようだった。さっきから腹が減って仕方がなかった俺は、その甘い匂いと『SNSで話題沸騰!』という看板につられて列に並んだ。


(日持ちは常温で明日までか。よし……)


 俺は自分の分と、それとは別にアップルパイを購入する。


「白雪のやつ、これで許してくれるといいんだが……」


 事情が事情とはいえ、新宿まで来させたのに何もせずに帰らせてしまったことへの、せめてもの詫びだ。お菓子一つで『孤高ツンドラの雪兎』のご機嫌が直るとは思わなかったが、何も無いよりはましだろう。

 『女子にはSNSで話題沸騰中のスイーツが効果抜群』。菫野のこと以外で得た、俺の今日の戦果だ。そんな戦利品の片方を頬張りながら、会社帰りのサラリーマンを横目に駅のホームへ向かう。電車に乗り込んでスマホを確認すると、白雪からメッセージが届いていた。


『紫の件は了解。また明日の放課後に――――――――――――おつかれさま』


 ものすっごく下までスクロールしないと見えない場所に、労いの言葉があった。


(明日はこれで、大丈夫そうだな)


 俺は手にぶら下げたアップルパイの袋に視線を落とすと、先程より軽い足取りで家路についた。

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