第9話 放課後も魔法少女とカフェ

「で? 今日はどうすんだ?」


「いいからついてきて」


「へいへい……」


 スマホを見ながらさっさと歩いていく白雪に黙ってついていく。駅前の商店街とは反対側、最近開発が進んで小綺麗になったエリアの一角、細い路地の裏にあるいかにも穴場っぽい喫茶店の前で白雪は足を止めた。


「今日の作戦会議は、ここで」


「ここ?」


 不思議に思って視線を向けるとサッと後ろ手にスマホを隠す白雪。


(ははぁ……さてはスイーツ目当てだな?)


 白雪は自分では決して言わないが、結構スイーツ好きだ。これまでも作戦会議と言い張って名物スイーツを食べに行くのによく付き合わされた。


(素直に甘いもの好きって言えばいいのに。見た目からしてもスイーツ似合ってるし。やっぱいかにも女の子!って感じの行動はイヤなのか?)


 変なところで見栄張りやがって。俺はため息を吐きながら喫茶店の扉を開く。


「うわっ、ガラガラ。さすが穴場ってか……?」


「よかった。口コミからしてもっと人がいるかと思ったけど、平日だものね? これなら気兼ねなく作戦会議できるわ」


(やっぱスイーツ目当てか……)


 俺は一番奥の席に腰をかけるとメニュー表を手渡した。


「ケーキセット。俺は看板メニューのやつ。飲み物はコーヒーな」


だって、フォンダンショコラとかガトーショコラとか言われても違いがよくわからないし……そういうときは、オススメ一択。


「えっと、私はどれにしよう……? ここ、元ショコラティエさんのお店なのよね……」


 おずおずとメニューを受け取って、心なしか目を輝かせる白雪。

 不覚。不覚にも可愛い。


(いつもそういう顔してりゃあ『孤高ツンドラの雪兎』なんて呼ばれないのに……)


 白雪の注文が決まり、オーダーを済ませて俺達は向き直る。向かいで脚をすらりと組む様子がテーブルに隠れて見えないのがなんとも残念だ。


「で? 今日は何の会議だ?」


「単刀直入に言うわ。『死神』のことよ」


(やっぱり……)


「なんとなくそんな気はしてた。アレ、どう考えてもフツーの人間じゃないよな?ミタマが見えるどころか、あんな一撃で……」


「私は目の前に『死神』がいてよく見えなかったけど、相当な実力なのはわかったわ。アレ、やっぱり魔法少女なのかしら?」


「ノルマ回収用の鍵も持ってたしな。そうだとは思う。一応お前を助けてくれたみたいだし。けど、もし『死神』が『大型で人型の高度なミタマ』なら、縄張りを荒らす同族を蹴散らしたって可能性も……」


「そうね。けど、いずれにしても――」


「アブナ過ぎる……だろ? あんな残酷な倒し方を、顔色一つ変えずに……」


 それどころか、笑ってたんだぞ? 仮にも白雪のお姉さんの――『人型』をしたミタマの首を、一瞬で……ほんと、白雪が直視してたらどうにかなってたかもしれないレベルだ。

 けど、それを見越して目隠しするみたいに白雪の前に出てきたのだとしたら……


「あ~も~! 結局敵なのか!? 味方なのか!? どっちなんだ! いずれにしてもヤベー奴だろ!」


「私もそう思う。助けてくれたのはマグレだったのか、その真意はわからない。けど、最近病院に入り浸っている『死神』はアレに間違いないわ」


「入り浸ってるっつーことは……」


「「『死神』はまた現れる……!」」


 同時に顔を見合わせると、白雪はゆっくりと口を開いた。


「あんな危険な存在をお姉ちゃんの近くで野放しにしておくなんてできない。それに昨日の今日だもの。お姉ちゃんが心配で……万生橋、協力してもらえる?」


「ああ。正体を暴いて、病院から離れてもらうようにしよう。どうにかして説得を――」


「――できる相手だといいけど……」


「「…………」」


 その不安と沈黙をかき消すように、白雪は颯爽と立ち上がる。


「とにかく! 今夜また病院に乗り込むわよ!」


「それはわかったけどよ……まだスイーツ来てないぞ?」


 指摘すると、白雪は顔を赤くしてしおしお……と席に着いた。


「楽しみにしてたんだろ? ホンダンショコラ」


「フォンダンショコラ……」


「なんでもいいけどさ」


「良くない……」


「スイーツ好きなら好きって言えばいいのに。素直じゃねーなぁ?」


「う……」


 ますます顔を赤くする白雪。どうしてスイーツが好きでそんなに恥ずかしいのか俺にはわからないが、お姉さんのことでこいつが気張りすぎているのはいくら鈍い俺でもわかる。


(あんま無茶し過ぎなきゃいいけど……)


 こんなとき、なんにもできない『亀』の自分が不甲斐ない。

 せめて、俺にもう少しの力があれば。


(白雪の隣に立って、戦えるのに……)


 俺は悔しさ半分、せめて白雪が好きなスイーツ巡りに行くのくらいイヤな顔をせずに存分に付き合ってやろうと、考えを改めるのだった。だって、それくらいにフォンダンショコラを食べる白雪の顔が満足そうで、可愛かったから。


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