第6話 お見舞い

『また、会いたいよぉ……おねえちゃん……』


 それが、私の願いだ。

 たとえ誰を敵に回しても、どんなことをしても叶えたい願い。


 姉がこうなってから、私はそれだけを胸に抱いて生きてきた。

 生命維持装置を付け続ける為に両親が共働きになって、幼い私はひとりの時間が多くなって。それでも両親に迷惑をかけないように勉強も頑張って、家事もして。それでもまだ足りなくて、今は魔法少女をしている。私が魔法少女としてノルマを達成できれば、また家族みんなで笑顔になれる日が来るはずだから。


 そんな願いに万生橋を付き合わせていること、本当は悪いと思ってる。私達のノルマは『魔法少女とマスコットの願いの総量』で決まるものらしいから。彼が何を願ってマスコットになったかは知らないけど、絶対、私の方が多いに決まってるもの。

 だから姉のこともいつかは万生橋に打ち明けないと、と思ってる。でも、会うたびになんだか素直になれなくて、『頼らせて』って言えなくて。思えば私は昔から、そういう可愛げのない子どもだった。


(だから、『孤高ツンドラの雪兎』なんて呼ばれるのかしら……)


 本当は、私だって友達が欲しい。朝は一緒に登校したり、放課後はお茶したり。できることなら彼氏だって欲しいけど……そんなのにかまけている余裕は無かった。

 姉の状態はずっとこのままだけど、生きているだけで奇跡みたいなものなんだから、甘えてなんていられない。これはチャンス。おそらく二度と訪れない――


(万生橋……ごめんね……)


 私は、何があっても。この願いを叶えてみせる――


      ◇


(――聞いちゃ、いけなかった)


 わき目もふらずに足早に休憩室に向かう。

 今まで聞いたことのない、白雪の声が頭から離れない。


(――いつからだ?)


 頭をフル回転させ、自分の記憶を呼び起こす。


(いつから、白雪は男っぽい格好をするようになったんだっけ? 小学……三年あたりからだったか? いきなり髪をばっさり切ってきて……)


 ある日を境に白雪は『男女』と呼ばれ、からかわれるようになった。以前に比べ、周囲に対する振る舞いもどこか素っ気なくなって、昼休みに誰かと過ごす姿を見かけなくなって。


(いつから、あんな性格になった……?)


 友達が減っていって、それに反比例するみたいに勉強の成績が良くなって、運動もできるようになった。それはまるで自分を高めること以外に興味なんてないみたいで。周りを見下すような冷たいオーラを出し始めて、それでますます友達が減っていって、クラスで孤立するようになった。そのまま小学校を卒業して、俺が高校に入って白雪と再会したとき、あいつは『孤高ツンドラの雪兎』なんてあだ名で呼ばれるようになっていた。


(あいつ、ひょっとしてずっとこのために?)


 病室での会話を思いだす。――いや、会話になっていなかった。だって、お姉さんからの返事は、ただの一度も返ってこなかったんだから。


(お姉さんを守るためにあんなになったっていうのかよ? じゃあ、白雪の『願い』はやっぱり、『お姉さんを目覚めさせること』なのか……?)


 言いようのない怒りが喉の奥から込み上げる。俺自身に対する怒りだ。何も知らなかったとはいえ、クラスの奴と一緒になって白雪をからかってしまった。何も知らないくせに、だ。それに、白雪のマスコットになってからもことあるごとに性格の悪さに文句を言っていた気がする。


(俺は、今までなんてことを……)


「――万生橋?」


「――っ!」


不意に隣から声を掛けられる。


「しっ、白雪……いつの間に……」


「なんて顔してるのよ? 待ち合わせしたんだから、そんなに驚くことないでしょう?」


(なんて顔してるんだ、って……それはこっちの台詞だよ……)


 白雪の瞳は、兎のそれみたいに赤みを帯びていた。

 白雪は元々化粧が薄い方だし俺は女子のそういうのには疎い。でも、それでもわかるくらいに目尻と頬の化粧が落ちている。


「…………」 


 返す言葉が、見つからない。


「霊安室付近で、何かあったの?」


(そ、そうだ。別館の下見……)


「あ、ああ。一通り見て来たが、わかったのは戦闘には不向きってことくらいだな。あそこは狭いし、逃げ道がない」


「そう……どうしようかしら……」


 白雪は口元に手を当てて思考する。『死神』相手にどう立ち回るか考えているんだろう。明らかに”異質”と思われる相手に、たったひとりで立ち向かう方法を。


「なぁ、白雪。『死神』は本当にいるのか?もし根拠のないデマなら、無理して戦わなくても……」


「『死神』はいるわ。間違いない」


(えっ……)


「ナースステーションで仲のいい看護師さんに監視カメラを見せて貰ったの。黒い影が廊下を一瞬横切ったのが見えた。看護師さんには見えてなかったみたいだけど、ミタマの姿もね」


「じゃあ……」


「今夜『死神』を狩りに行くわ。それでとっととノルマを達成させましょ? あんたと一刻も早く別れるためにね」


 違う。そんなこと言って、本当は早くお姉さんを目覚めさせたいんだろう?


「相手の戦力もわからないのに行くのかよ? 病院は戦いづらいってのに……」


「戦力なんて会ってみないとわからないじゃない。何? やけに反対するけど、他に気になることでもあるの?」


「…………」


 気になるというか、心配だった。

 白雪が無理してまで強くなろうとする理由を知ってしまったから。


 小学校の頃から他のことには見向きもせずにひたすらに強くなろうとしてきたのだとしたら、白雪が『死神』相手に無理して戦うだろうことは想像がついた。

 プライドの高い白雪のことだ、自分より強い相手がいるなんて許せないだろう。でも、そのことを口にすればさっき盗み聞きしていたのがバレてしまう。


(あああ……どうすりゃいいんだ……!)


 俺は元々隠しごとは苦手だし、白雪は聡い。それに、こう胃の中のがもやもやしてどうにもおさまらない。


「白雪、その……すまん……」


 俺は、正直に白状した。絶対に怒られて殴られた後に、一週間『水』抜きにされるキツイお仕置きが待っているだろうと覚悟した。しかし、白雪の反応は意外なものだった。


「――そう。扉を閉め切っていなかった私にも落ち度はあるわ。それに、万生橋には話しておこうと思ってたから」


「えっ……?」


「聞いていたんでしょ? 姉は昔事故に遭って、それ以来眠ったまま目を覚まさないの。生きてはいるわ。けど、いつ目を覚ますか誰にもわからない」


「そのことを、どうして俺に……?」


 俺を見つめ返す白雪のその目は、今まで俺に向けられたことのない真剣な眼差しだった。


「――お願いがあるの。私は『死神』をこの病院から遠ざけたい。たとえその正体がミタマでも、そうでなくても。相手がどれだけ強かったとしても。姉の為に……」


「白雪……」


 ――断るわけがなかった。


 俺は『亀』だ。正直そんなんで何ができるかはわからない。ただ、もし『死神』がミタマでなく只の不審者だった場合、白雪の盾になってやることくらいはできる筈だ。

 白雪にはいつも尻に敷かれていて苦手なのは変わっていなかったが、この数か月の間一緒に過ごしてきてそう思うくらいには俺は白雪に対して情が湧いていた。

 同情とも違う。昔からかったことへの贖罪とも違う。ただ、守ってやりたいと思った。白雪の、対等な協力者へ向けられるような視線に応えたいと思った。我ながら単純だとは思うが、初めて向けられたその眼差しが嬉しかったのだ。

 俺は何だかんだいって、自分のそういうところはキライじゃなかった。


「――わかった。やろう」


「決行は今夜。見回りと夜勤の人が少ない、別館前で待ち合わせしましょう?」


「了解。変身は別館に入った後でいいよな?」


「そうね。あと、もう一つお願いが――」


 白雪が口を開きかけた瞬間。俺の中を、背筋がぞくぞくするような感覚が駆け回る。


「――っ!」


(この感覚は……!)


「どうしたの? 万生橋?」


 首を傾げて覗き込む白雪に、俺は静かに告げた。


「ミタマが出た! 今回は、今までの比じゃない……!」


 それは、今まで相手してきたような猫やその他の『大したことない悩み』から発生する類のミタマとはわけが違っていた。こう、胃の中がもやもやして、ほの暗い森の奥からそっと手を伸ばされているような。その手に捕まると二度と帰ってこられないような、凍りつくような気配だ。


「こんな冷たくて寂しい気配……! 早くなんとかしないと!」





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