第5話 今日も今日とてパシリかよ
◇
いつもと同じように授業を受け、クラスの友人と弁当を食って放課後を迎える。
これ自体はマスコットになる前もなった後も変わらない俺の大切な日常。だが、ここ数か月で俺の放課後は一変した。魔法少女の活動の為に費やさざるを得なくなったのだ。
本来の俺であれば喜んでそうしただろうが、白雪にこき使われている今はまったく喜べない。荷物持ちをはじめ、行きたいとこに付いていかされるわ、ミタマ退治に行っても上手く探知できないと罵倒されるし、戦闘になれば『引っ込んでいろ』と完全に足手まとい扱い。正直に言えば悔しかった。この数か月間、ずっと。
不本意だがこき使われることには慣れた。が、足手まとい扱いされるのにはどうにも慣れることができなかった。俺だってできることなら魔法少女の助けになりたい。だって、それが俺の夢だから。
戦闘において白雪は、俺の手助けなんて要らないくらい魔法少女として完成していた。もとから要領がいいのもあるんだろうが、『水の魔法少女』らしく水流と氷を自在に操る魔法をちゃんと使いこなしている。
ただ、いくら白雪が秀才で運動神経が良くて魔法少女としてうまく立ち回れているとしても、変身を解けば普通の女の子だ。そんな白雪の後ろでいつも『亀』の姿でぷかぷかと浮いているだけの自分が何とも情けなくてイヤだった。
(俺だって男だ。いつまでもあいつの後ろに隠れてるなんて……)
「よくない、よなぁ……?」
(っつーか、イヤだ)
歯痒い思いを抱いたまま、鞄を背負って教室を出る。
「はぁ……」
(遅れて行ったら、またどやされるからな……)
俺はダルい身体に鞭を撃ち、重い足取りで校門に向かった。
「待たせたわね」
校門で待つこと二十分。謝罪なんて口ばかりで、涼しい顔をした白雪が姿を見せる。
「白雪、遅いぞ。当番とか委員会ならせめて一報くれても……」
「それはお化粧を直して……ごほんっ! 特に何もなかったけど?」
(え~? 化粧がなんだって? あいも変わらずしれっと言いやがる)
だが、ここで反論しても無意味どころか神経を逆撫ですることはここ数か月で学習済みだ。
「はぁ……まあいいや。行こうぜ。今日は都立病院だったな?」
ため息のみで軽く抗議するに留め、この後の予定を確認する。今日は白雪の提案で、大物を探す為に都立病院に下調べに行くことになっていた。白雪曰く、ここ数か月の間都立病院に妙な噂が広がっているとのことだ。なんでも夜になると霊安室付近に『死神』が出るらしい。
「――にしても、夜の病院に『死神』なんて、割とよく聞く都市伝説っぽいけど、そいつが大物だっていう根拠とかあんのか?」
「噂の『死神』がミタマだっていう根拠はないわ。ただ、都立病院に『死神』が出るという噂は本当よ。しかも、ここ数か月という短期間に目撃情報が複数あるらしいの」
「へー……詳しいんだな」
「――姉が。あの病院には私の姉が入院してるの。それで……」
(白雪にお姉さんがいるなんて、初耳だな)
「お姉さん、どこか悪いのか?」
「ええ……まぁね」
心なしか白雪の表情が曇る。
(白雪の『守りたい人』って、ひょっとして……? 詮索すんのも野暮か)
この手の話題はデリケートだし、ちょっと気になるからといって突っ込んで聞くのも失礼な話だ。話題を変えた方がいいだろう。
「じゃあ、今日は病院で聞き込みだな?」
「そのことなんだけど、聞き込みは私がするわ。看護師さんに知り合いが多いから。万生橋には病院の地理を把握してきて欲しいの。姉の見舞いでよく行くとはいえ、霊安室付近なんて行く機会ないもの」
「なるほど。りょーかい」
確かに夜の病院ともなると、明かりが消えて目印になる案内板も見づらくなるだろう。昼間のうちに下見しておくのは賢いやり方だ。
幸い俺は方向音痴ではない。マッピングとまではいかないが、実際に足で歩いてみれば概ね把握することができるだろう。
それに、俺は病院に知り合いなんていないし、初対面の看護師さんに都市伝説っぽい噂についての聞き込みができるコミュ力も持ち合わせていない。こういうのは適材適所だ。
俺達は電車とバスを乗り継いで都立病院に向かった。その間悲しいかな、白雪との会話はゼロだった。別に白雪と話をしたいわけじゃないんだが、魔法少女関連の話ができない公共の場だとこうも話題に困るとは思わなかった。仮にも同学年の女子と共通の話題がゼロな自分が不甲斐ない。
「着いた。どうしたの? 渋い顔して。やっぱあんた今日は普段の二割増し変よ?」
「な、なんでもねぇよ……」
しどろもどろになる俺をよそに、慣れた様子で病院内を歩く白雪。受付で見舞いの手続きをして、打ち合わせどおり一旦別行動をすることにした。
「じゃあ、俺は霊安室の方を見てくる。白雪はナースステーションで聞き込みか?」
「ええ。聞き込みした後、姉の病室に行くわ」
「先にお姉さんのとこ行かなくていいのかよ?」
「ええ、後で大丈夫。下見が終わったら、姉の病室がある本館五階の休憩所で待ってて」
「おう」
俺は白雪と別れ、霊安室に向かう。受付やロビーがある本館とは離れの別館、地下二階。まだ夕方だっていうのに、なんだか薄暗くてひんやりとしている。
(冷えてるのは部屋の中のはずだろ?なんで廊下までこんな寒く感じるかな……)
昼に来ておいて正解だった。こんなの、もし夜にぶっつけ本番で来ていたら、肝試し状態で『死神』を探すどころではない。
(えっと、霊安室の隣が解剖室で、廊下の先は……本館への連絡通路と、駐車場?)
慣れない病院、慣れない間取りに苦戦しつつも、地下二階の構造を把握していく。
こうして実際に歩いてみるとわかるが、病院は、戦闘するにはあまりに不向きだった。いくら魔法少女の能力に弱いミタマが相手とはいえ、そこかしこに色んな医療道具がある上に廊下も広くない。こんなところで杖を振り回して魔法でも放った日には棚にある薬剤やら手術道具やらが飛んでくる大惨事だ。更にここは地下。窓から脱出して広いところにおびき出すことも不可能だった。
(『死神』か。もし本当にいるなら随分厄介なところに現れてくれるじゃねーか……)
とにかく、下見が完了した俺は言われたとおり本館五階の休憩所に向かう。
(休憩所は――つきあたりか)
足を運んでいると、ふとある病室に目が留まった。
(白雪……
思わず足が止まる。
よく見ると、部屋の扉が少し開いていて、中の声が漏れ聞こえていた。
(白雪、お姉さんとどんな話するんだろ……? まさか実の姉に対してもあんなつんけんした態度なわけないよな? よくお見舞いに来てるみたいだし、やっぱ仲いいのかな?)
あまりよくないとは思いつつも、つい気になって聞き耳をたててしまう。中からは微かに白雪の声が聞こえてきた。
◇
『お姉ちゃん、お花、いつもみたいにここに飾るね? 今日はスノードロップだよ』
『――――』
『今日の夜、また来るから。今度は私がスノードロップになるの。不思議でしょ? 魔法少女っていうんだって。変な呪文を唱えるとね、すっごく強くなれるんだよ。魔法だって使えちゃうの。この力があれば、お姉ちゃんを守ってあげられる……』
『――――』
『この花は、お姉ちゃんの好きそうないい香りがするから。この香りに気が付いたら、私が傍にいると思って……香り、届いてるかな?』
『――――』
『ねぇ、応援してくれる……?』
『――――』
『…………から』
『――――』
『絶対に、私がお姉ちゃんを守るから。『死神』なんかに負けないから。お姉ちゃんが安心して眠れるように、私がんばるから。安心して寝て……』
『――――』
『ううん……ほんとは、起きて――』
『――――』
『また、会いたいよぉ……おねえちゃん……』
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