第4話 朝から魔法少女とカフェ
◇
そうして白雪から課されたのが、この『恥ずかしい変身の呪文の発声練習』という日課だった。ちなみにこれは『あること』その一。白雪にはここぞとばかりにその他諸々の奉仕を命じられている。
(はー……こんなの毎朝。嫌がらせにも程があるだろ? 小学校の時はまだこんな性悪じゃなかった気がするぞ?)
ぐったりとしながら視線を送ると、白雪はブランコから降りてスカートをはたいていた。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ……」
言われたとおりに後をついていく。朝の発声練習の後は学校までの道のりをミタマ探しをしながら一緒に登校することになっていた。
傍から見れば高校生の男女が一緒に登校するなんて夢みたいなイベント……って思うだろ? 俺も最初は思ったよ! ああ、ぶっちゃけ『ラッキー♪マスコットまじ役得~!』くらいに思ったさ。けどな!
「今日こそ『大物』見つけてもらうわよ? ちゃんとできなかったら、ひっくり返して一生甲羅干しさせてやるんだから。頑張って ?亀さん?」
「ひっ……!」
――これだよ!! もうヤダぁ!
学校の最寄り駅から少し離れたこの公園からまだシャッターの閉まっている商店街を抜けて、駅の反対側の学校へ向かう。始業時間まではかなり時間に余裕があるので、もし途中でミタマを見かけてもすぐに対応できるというわけだ。
そのはずだったのだが。白雪とコンビを組んでからの数か月、学校付近でミタマの姿を見かけることは無かった。
(おかしいな? 日中なら人通りだってそれなりにあるし、大なり小なり居てもおかしくないんだけど……)
「万生橋。あんた、ちゃんと探知してるの?」
「してるって。この辺が静か過ぎんだよ。ほんと何もない。ひょっとして俺達以外の魔法少女がいて、そいつらが退治してくれてるとか?」
「私達以外の、魔法少女……?」
白雪は早朝で人通りの少ない街を訝しげな表情で眺めている。そして、二十四時間営業で早朝から開いているチェーン店のカフェを見つけてそちらに向かった。
「ここで時間を潰していきましょ?」
「またカフェか……」
白雪はそこのカフェオレが好きだとか言って、なにかにつけて入りたがった。毎朝ってわけじゃないが週に二、三回は来ている。俺ももちろん白雪に付き合って朝のカフェに入る。そうして勉強するなり適当にダベるなり二度寝するなり(これをするのは俺だけだが)して学校へ行く。それが俺達の日課だった。
向かいでカフェオレをふーふーする白雪の口元に不覚にも視線を奪われていると、『あつっ』と小さな悲鳴が聞こえた。
(猫舌なんだ? なんかちょっと可愛いかも……)
一瞬こちらをきっ!と見た白雪から、『見なかったことにしなさい』の圧を感じる。俺はその意向に沿ってふいっと顔を明後日の方向に向けた。
「あー、手っ取り早く大物見つからねーかな?」
「あんたの方はさっぱりなんでしょ?」
「まぁな。でも、それはお前もだろ?」
「んー……それが、今まで確証が無かったんだけど一つだけ心当たりがあるのよ」
「マジ?」
「気になって少し調べてたことがあるんだけど、さっき知り合いから連絡があって。結構いい線いってそうなのよね。今日の放課後、下調べに行くわよ」
「へー。すげーじゃねーか。場所は?」
「都立病院よ。『死神』が出るって噂の」
(病院に、『死神』? 縁起でもねーな……)
気になっている俺をよそに、白雪が席を立つ。
「そろそろ時間ね。じゃあ、私は先に行くから」
「――おう。なぁ、俺も一緒に行ったらダメなのか? ぶっちゃけ暇なんだが……」
「頻繁に一緒に登校してたら、付き合っていると勘違いされるでしょ?」
(あー、そういうことね……)
「でも下校はいいのかよ? 魔法少女のことで、話しながら帰ったりもしてるだろ?」
「登下校毎日セットなのがダメ」
「はぁ……」
なんかよくわからんが、白雪なりの基準があるらしい。毎朝顔を合わせている割に一緒に登校するのは週に数回程度だった。しかも校門の手前でまるで何かの追っ手を撒くみたいに二手に分かれる。
(というか、俺と付き合ってると思われるのがイヤっていうのは地味にくるな……)
俺は別に白雪のことをどうこう思っているわけではなかったが、ハッキリそう言われるとちょっと傷ついた。
「じゃあ、俺は少し経ったら行くから」
「ええ。じゃあまた放課後に。ちょっと調べたいことがあるから、少し遅くなるかも。適当に待ってて」
(『適当に』って、またかよ。俺のこと奴隷か何かと勘違いしてんじゃねーか?)
「ああ」
釈然としないままぶっきらぼうに返事をする。そんな俺の態度を気にすることなく白雪はしゃんと背筋を伸ばして去って行ってしまった。
「はー……ダルい……」
客のいない店内に空虚なぼやきがこだまする。
なにがダルいって、ここ数か月ずっとこんな調子なのがダルい。朝起きて、恥ずかしい呪文の発声練習して、白雪に付き合わされてカフェ入って、挙句『付き合っていると勘違いされたくないから』とか言われて、俺は時間を持て余す。
下校するのに待ち合わせしても白雪は大体遅れて来るくせに、俺が遅れると文句言って『水あげない』とか脅される。ほんと、振り回されっぱなしだ。白雪の女王様っぷりに、亀さん流石に堪忍袋の緒が切れそう。
「はー……なんかいいことないかな……」
テーブルに顔を突っ伏して、おっさんと契約してマスコットになったときのことを思い出す。
おっさんは、俺に『青の守護者』の素質があるとか言って魔法少女と共にミタマを退治してくれと言ってきた。報酬はノルマ達成後に願いを叶えるとかなんとか。その『願いを叶える』の一言に釣られたのも勿論あるが、俺にとっては、『魔法少女と共に』ってところが大きかった。
――好きなんだ。魔法少女モノ。
あの、可愛い
女に生まれ変わって魔法少女になりたい、とかじゃない。俺は魔法少女を傍で見たかった。応援してみたかった。男子高校生が何言ってんだって思うかもしれないが、小さい頃テレビで見て衝撃が走っちまったんだからしょうがない。
その願いならノルマ達成前に叶えることができるっていうんだから、気がついたら俺はおっさんの契約書に血判を押してた。だが……
「はー……こんなはずじゃなかった……」
大きなため息を吐くと、ため息からほんのりコーヒーの香りが漂ってくる。
(なんでパートナーがよりにもよってあんな女王様気質の厄介ちゃんなんだ……)
しかも、俺が『亀』なせいで『水』に適性のある魔法少女以外はダメだっつーんだから、他に選択の余地も無い。
(パートナーは、もっと優しい子がよかった……)
切実にそう思う。サヨナラ、俺のハッピーマスコットライフ。
「この生活始めてから、楽しいことなんてこれぐらいだ……」
俺はスマホを取り出し、ぐだぐだと写真の整理を始める。『亀』にされてからというもの、俺の楽しみはキワドイ魔法少女姿の白雪の写真を撮ることくらいだった。
性格はあんなでも顔とスタイルは一級品だ。ほんと、マジで超ド級の美少女。ダルすぎて語彙がヤバイが、魔法少女姿の白雪はそれはもう人外的な綺麗さと可愛さを兼ね備えた美少女っぷりだった。
何が人外的かって、変身すると容姿が一変するんだ。髪はサラサラで雪みたいに真っ白になるし、瞳は宝石みたいなピンク色になる。
魔法少女の名前は『スノードロップ』。
愛らしさと凛々しさを兼ね備えた姿はその名の通り、可憐な花のようだった。おまけに衣装も『ザ・魔法少女』って感じの非現実感たっぷりな見た目になる。武器もイマドキ古風な杖。もちろん魔法だって使える。白雪は、見た目とスペックだけなら俺の憧れる魔法少女そのものだった。
(まぁ、衣装はちょっとやりすぎじゃねーかってくらい、割とキワドイけど……)
スマホの画面に視線を落とすと、そこには白雪の制裁から逃れた隠し撮り写真があった。白雪は魔法少女に変身することを恥ずかしがって、絶対に写真なんて撮らせてくれない。撮ったことがバレた日は写真を消されるのは勿論、罰が与えられ、酷いときは一週間『水』を貰えないこともあった。
これはかなり辛かった。例えるなら、風邪をひいてるのにマラソンの授業に無理矢理参加させられて、完走後に飲み物が飲めないという状況を一週間味わうといった感じだろうか。
それでも俺はめげずに撮った。この数か月、白雪が変身する度に『亀』の姿でスマホを器用に操作して。そのうちに白雪は呆れ果て、最近ではお仕置きするのも面倒なのかそそくさと変身を解かれるだけになっていた。
「あー、俺もやればできるなぁ」
ふと思う。
(やれば、できるのか? マスコットの仕事も?)
残念ながら俺は、マスコットとして魔法少女のサポートができているかと言われると、いまだにミタマの探知くらいしかできず、肝心の『魔法少女を応援する』という俺の夢が叶えられていない。そのこともあり、最近はダルさに拍車がかかっていた。
(なんとか、できるようになればいいけど……)
そんなことを考えていると、スマホのアラームが鳴った。学校へ行く時間だ。
「やべっ……」
鞄を拾い上げ、白雪が残していった空のカップと自分のカップを捨てる。不意に揺れたスマホを見ると、白雪からのメッセージが届いていた。
「んー? 『今日も放課後は校門前』……へい、へい」
白雪はこういうとこでも可愛げがない。
ほんと、業務連絡。最短字数。絵文字も糞も無い。
(まぁ、絵文字がないのは俺もだから、別にいいけど……)
俺は今日何度目かわからないため息を吐きながら、学校へ向かった。
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