第2話 私が死んだらあんたも死ぬの?

「ふーん……じゃあ、もし私が死んだら――あんたも死ぬの?」


 否定はできん。このままでは、そうなるだろう。

 白雪の他に『水』を扱える魔法少女がいるなら死を免れるかもしれないが、今のところそんな情報はない。それに、もし他にそんな魔法少女がいるのなら、自分の憂さ晴らしの為にこんなマジ鬼畜な羞恥プレイ的日課を課すような性悪白雪とはとっととコンビを解消して、そっちの魔法少女のお世話になりたいのが正直なところだ。


(ほんっと、面倒だよな。パートナーっつうのは……)


「だーかーら、そうなる前に魔法少女のノルマを達成して、魔法の契約を解除しようって話だろ?」


 そうすれば、こいつとも、魔法少女の使命とやらとも正式におさらば。晴れて普通の男子高校生に戻れるってわけだ。


「はぁ、ノルマね……私達まだ十六歳なのに。まさかこの歳でそんなのに追われる羽目になるなんて……」


「世間のサラリーマンの人達はすげぇよな。電車で見かけたら席譲るようになったわ」


「あんたとは気が合わないと思ってたけど、それだけは同感」


「「はぁ……」」


 ふたり揃ってため息をつく。


 ――ノルマ。俺達には、魔法少女としてのノルマがあった。


 魔法少女の使命は、負の感情が具現化して生まれるという『ミタマ』を退治すること。俺達のノルマは、そのミタマを一定量退治することだ。数ではない、量。これが結構重要だ。


 ミタマは人だけじゃなく、生き物なら何からでも生み出されるものだった。なんかこう、もやもやとした黒い塊みたいなやつで、人間からならぼんやりした人型、猫からならぼんやりした猫型のもやもやが生まれる。

 こないだミタマの気配を察知して向かったときは、発情期の猫同士の抗争に巻き込まれた。ほんと、鳴き方が人間みたいで紛らわしいから勘弁してくれ。

 俺達がミタマを退治して猫の喧嘩は収まったが、そこから回収できたミタマの量はマジで少なかった。人間の五分の一にも満たない。費用対効果に見合ってないとはまさにこのこと。コスパ厨な白雪はご機嫌ナナメもいいところだった。


 そんなこんなで俺達は相談した結果、大物に的を絞ろうという話になっていた。

 白雪は必要以上に戦うのを避けたいし、あのキワド恥ずかしい衣装コスチュームに変身する回数は一回でも一秒でも少ない方がいいんだろう。俺としても、白雪と共に行動しないといけない機会が減って、利害は一致している。


「そういえば、大物の心当たりあったか?」


 ブランコ付近の柵に腰掛けながら問いかけると、白雪はうんざりといった表情を返した。


「あんまり。そっちこそどうなの? ミタマの探知はマスコットであるあんたの役目でしょ?」


「それはそうなんだけどよ……」


(大物探せなんて、いきなり言われてもな……)


 魔法少女とマスコットがコンビである主な理由は、それだった。

 言ってしまえば役割分担だ。魔法少女は戦闘専門。相方のマスコットはサポートを行う。俺の主な仕事は、ミタマの気配を探知して白雪に知らせること。あとは戦闘の手助けが行えるって、おっさんは言ってたっけ?


「白雪、あれからおっさんには会えたか?」


「魔法少女になれって言ってきた、あのおじさんのこと?」


「ああ。あのちいさなおっさん」


「会えたらこんなに苦労してないわ。せめてミタマ退治の効率的な場所とかコツとか教われればいいのに。あの人、たまにフラッっと成果の回収に来る以外いくら呼んでも来てくれないんだもの」


「だよなぁ? 『ノルマノルマ』ってうるさいくせにヒントもなんにもありゃしない。回収したらしたでさっさと帰っちまうし。俺も次会ったら、文句のひとつでも言ってやりたいぜ」


「「はぁ……」」


 俺は、白雪と揃ってため息を吐きながらおっさんと出会ってマスコットになった日のことを思い出していた。


      ◇


 月日は遡るが、俺はある日自販機の下に挟まっているちいさなおっさんを発見した。最初は小銭でも漁っているのかと思ったが、よく見たらおっさんのサイズは明らかに人間のソレじゃなかった。すげー怪しいとは思ったが、挟まりっぱなしってものあまりに不憫だから助けてやったんだが、それが悪夢のはじまりだった。


 おっさんは、自販機の下に滑り込んでしまったモノを取りたいと言ったので、俺は持っていた折り畳み傘を伸ばしてなんとか取ってやった。おっさん曰くすごく大事なものってことだったが、取り出してみると、それは子どものおもちゃみたいにキラキラした棒だった。そう。あれだ、アレに似てる。コンサートとかで皆して揃えて振るやつ。サイリウムとか、ペンライトっていうんだったか? 

 俺がそのピカピカ光る青いサイリウムをおっさんに手渡すと、おっさんは血相を変えてこう言ってきたんだ。


『やっと見つけましたぞ! 青の守護者さま!』ってな。


(あのときは、マジで意味わかんなかった……)


 それから俺は魔法少女の使命だとかミタマ退治とノルマだとかそんなのを説明されて、とにかく相方となる『水の魔法少女』を探せと命じられた。


 正直最初はわくっとしたが、それから数日というもの、日常生活には何の変化も無いし、冷静になって考えると『魔法少女』についての話はおっさんの妄言だった気がしてならなかった。『水の魔法少女』の居場所も皆目見当つかないしおっさんの言うことは適当にシカトしてたんだが、ある日を境にそうも言ってられなくなる。


 風呂に入ってのんびりしてたら、俺の身体は――『亀』になったんだ。

 しかも『ウミガメ』だ。


 あまりの出来事にのぼせて夢でも見てるんじゃないかと思ったが、何分経っても俺の姿は男子高校生に戻らなかった。慌てふためいてたら、風呂場の窓におっさんが張り付いていた。つるつるおでこをぴかぴか光らせたハンドボールサイズのおっさんに、覗かれてたんだよ。


『急いでパートナーに契約して貰わないと、貴方の身体は干からびて死んでしまいます』


(そんなこと言われて信じられるか!? ふざけんな!)


 ――と言ってやりたかったが、おっさんに緊急措置として一時的に元の姿に戻してもらって事態の深刻さを理解した。

 姿は男子高校生に戻れたが、それにしても喉が渇いて渇いて仕方がない。ついでに全身色々と乾いている気がして、どうしようもなかった。水を二リットル一気飲みしても収まらないし、全身にボディクリームやらハンドクリームやらをすりこんでも一切解決しない。体中がカサカサになって、息をするのも苦しくなる。


(身体が乾くって、こんな死に瀕するようなものだったか――!?)


 観念して、認めた。

 俺は――魔法少女のマスコットである『亀』になってしまったのだと。


 翌日から、俺は死ぬ気で『水の魔法少女』を探した。

 おっさん曰く俺の通う高校にひとり『水』の素質のある魔法少女がいるって話だったから、マスコットの持つ探知能力をフル稼働させて、校内をくまなく探す。おっさんは相方が学校にいることは教えてくれたが、『それ以上は自分で探さないといけない』と言って去ってしまったから、アテに出来なかった。


 そして俺は遂に見つけたんだ。――白雪優兎を。


 そして、俺はそいつに告らなければならなかった。


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