魔法少女と《亀》の俺の呪文詠唱

南川 佐久

第1話 魔法少女と《亀》の俺


 月をバックに鮮やかに翻る白いシルエット。雪のように真っ白な髪に宝石のようなピンクの瞳。頭にぴょこんと生えたウサ耳と丸い尻尾の付いた愛らしいバニー姿とは裏腹に、彼女は凛とした表情を浮かべていた。

 手にした杖をひとたび振るえば、目の前に迫る敵は一瞬にして氷塊と化して粉々に砕け散っていく。それは、紛うことなき魔法少女だった。


 『どうして魔法少女に?』その問いに、彼女は眉ひとつ動かさずに告げる。


 ――『守りたい人がいるから』


 冷徹なまでの強さと、強靭な意思。そして、何もできないままでいた自分の前に颯爽と現れては『大丈夫?』と小さく呟くその優しさ。

 彼女は、俺の魔法少女で、幼い頃に夢に描いたような、俺の理想の魔法少女だった。そんな魔法少女と肩を並べて一緒に戦い、同じ夢を見る。


 小さい頃、俺はそんな、強くて立派な人間になりたかったんだ。


      ◇


 昨夜の出来事は一夜限りの夢だったのか。今俺の横には、昨日敵を屠ったときと同じ、冷徹な表情を浮かべた魔法少女がいた。その横で、俺は――


「まじかる! みらくる! めるくるりん!」


 大きな声で発声練習。彼女に定められた俺の日課だ。


「まじかる! みらくる! めるくるりん!」


ひと気のない公園に、声変わりなんてとっくに終わってる男子高校生の声が響き渡る。


「まじかる! みらくる! めるくるりん!」


 時刻は朝の六時半。いくら早い時間を選んでやっているとはいえ、起きている人はいる。


「まじかる! みらくる! めるくるりん!」


 ジョギングしているサラリーマンっぽい男性に、犬を散歩させる親子。


「まじかる! みらくる! めるくるりん!」


(あ、今こっち見た。ママが『見ちゃだめよ』って言ってる)


「まじかる! みらくる! めるくるりん!」


(考えるな、考えるな、考えるな!)


「まじかる! みらくる! めるくるりん!」


(次で――最後!)


「まじかる! みらくる! めるくるりんっ……!!」


 はーっ……はー……


(や、やりきったぜ……)


 パチパチパチパチ……


 すると、すぐ脇から白々しい拍手が聞こえた。俺は視線の先に拍手の主をとらえる。足を組んでブランコに腰かける、制服姿の女子高生。


「今日も精が出るわね、万生橋まんせいばし?」


 小バカにしたようにくすくす笑いながら、俺の名を呼ぶ。

 何故俺が朝からこんな罰ゲームみたいなことをしているかというと……


 ――殺されるからだ。こいつに。


 こいつは白雪しらゆき優兎ゆうと。都立万智刈まちかる高校二年生。俺のクラスメイトで、校内随一の美少女だ。


 編み込みの入った柔らかい色合いのベージュの髪をハーフアップで小綺麗にまとめ、その凛とした立ち振る舞いはまさに可憐な花のよう。『立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花』なんて小難しい言葉は今まで聞いたことなかったが、高校に入ってからこいつがそう言われているのを聞いて妙に納得した覚えがある。


 触るとほろほろと崩れそうな華奢な体躯に、長い睫毛、つぶらな瞳。滑らかな雪のような白い肌は、まさに『雪兎』と呼ばれるに相応しい。


 内面を除けば、だが。


「――にしても、語尾にはハートか星をつけろって言ったでしょ?」


 ブランコに乗ったまま、俺の脛をローファーのつま先でつつく。


「うっせーな。俺の中ではめちゃめちゃつけてたわ」


「第三者に伝わらないと意味がない。てゆーか、口答えする気?」


 そう言って、上目遣いで睨めつけてくる。


(あーあ。可愛いはずなのに、ほんっと可愛くねーな、こいつ)


 白雪の性格に問題があることは校内でも噂になっていた。

 生粋の負けず嫌いで、『完全無欠の完璧主義』とも言われる程に勉学に秀で、運動神経もよく、教師の前での素行も良い。

 だが、自分が優れ過ぎているが故の欠点なのか、どこか他人に対して冷たく、人と馴れ合うことを嫌っているような雰囲気を漂わせていた。

 そして、付いたあだ名は『孤高ツンドラの雪兎』。

 告白しようとする男子はおろか、同じクラスの女子でさえも、その凍てつくような眼差しに耐えられず尻尾を巻いて逃げていくという。

 ごくごく普通の男子高校生の俺が、何故そんな厄介な奴と一緒にいるのかというと……


 俺はこいつの――『亀』なのだ。


 いや、決してシモ的な意味ではなく。いや、むしろシモ的な意味であってくれたら、どれだけよかったか。それくらいのご褒美があった方が俺の仕事にもまだやりがいがあるというものだ。


 俺は、こいつと一緒に魔法少女の仕事をしている。


 正確には、こいつの魔法少女としての仕事を『亀』のマスコットとして手伝っているのだ。その仕事の相方パートナーである当の白雪は、朝っぱらから俺に罵声を浴びせる。


「私を待たせるの? ほら、早く」


「あーはいはい、やればいいんだろ、やれば」


 大きく息を吸い込み、渾身の呪文を唱える。


「まじかる☆みらくる☆めるくるりんっ♪」


「キモ……」


「おめーがやれって言ったんだろーが!」


(いい加減怒ってもいいよな、これ!? 俺、なんも悪くないよなぁ!?)


キッ!と視線を向けるも白雪は素知らぬ顔でスマホを弄り、思い出したように俺を見た。


「ああ、そうだったわね。はい、じゃあ今日の分」


 白雪はそう言うと、魔法で右手に水の塊を発生させた。水風船みたいなやつだ。俺は持ってきた空のペットボトルをすかさず差し出す。白雪はぶっきらぼうにそれを受け取ると、水の形を変えて注ぎ込んだ。


「――はい。ねぇ、ただの水じゃダメなわけ?」


 これまた乱暴に放り投げられたペットボトルをすかさずキャッチ。


「仕方ねーだろ? 魔法少女の作った『水』でしか、乾きが癒せないんだから」


 ――そう、この『魔法の水』が無いと俺は死ぬ。

 故に、俺の生殺与奪は白雪に握られていた。


 俺は『亀』は『亀』でも『ウミガメ』だった。これが『リクガメ』だったらどんなによかったか。『リクガメ』でさえあったなら、こうして相方であるこいつに『恥ずかしい変身の呪文の発声練習をする代わりに、お情けの水を恵んでもらう』という日課もなくなるのに。 


 恨みがましい目で白雪を見るが、白雪はそんな視線には目もくれず、制服のスカートから覗く細くて白い足を子供みたいにぷらぷらさせている。


「ふーん……じゃあ、もし私が死んだら――あんたも死ぬの?」





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※○○文庫新人賞の一次通過作品の供養、改稿版になります。是非お楽しみいただけると幸いです。一日一話更新の予定。番外編もたまに書いています。↓

『俺は悪の組織の幹部であってお前らのキューピッドでもかませでもない!』

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054891988319

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