[再掲]本の記憶を売る幼馴染百合

「あんたはこの記憶を売ってしまっても構わないんだな?」

 年不相応に髪を総白髪に染めた女性は、少し強めの口調で私に語りかけてきた。

「はい。大丈夫です、この記憶で、お金が手に入るのなら私は、喜んでこの記憶を売り飛ばします」

 あの子のために私は、お金が必要なのだ。

「そうか、じゃあ遠慮なく買い取らせて貰うよ」

 膝を叩き椅子から立ち上がった女性は、私の頭に手を置いた。その様子はまるで、大人が子供の頭を撫でる様子にとても似ていた。

 その瞬間、私の中にあった一つの記憶──一冊の本の記憶が確かに抜き取られた。

 私はこの時、読んだ本を忘れてしまった。

 

 

 私にとって本は、生きる全て。そう言い切れるほどに私は、本が好きなのだけれど、時々思うことがある。

 本の内容が大事なのは重々承知の上で、本ってその時の環境や、自分の感情、はたまた他人、知人、友人、家族どれでもいいけれど、自分以外の人の影響で本の面白さは決まってしまうものだと。

 例えば、部活物の漫画を読んだ時、読んだ人が部活やっているか否かで、感じ方が違うように、例えば泣ける絵本を読んだ時、読んだ人が泣けるような気分か否かで、感動が違うように、例えば少しエッチな小説を読んだ時、それが家族の前か否かで、なんとも言えない気持ちになるように、本の内容はその時の環境によって面白さが左右されてしまう物だと私は時々思ってしまう。

 当たり前のことかもしれない。

 そりゃそうだろと突っ込まれるかもしれない。

 けれど私は思う。

 本というものは、内容そしてその時の環境や感情、人の動きそれら全てを含めて一冊の本なのではないのかと。

 本棚から一冊本を取り出すと、内容と一緒に本を読んだその時の思い出も一緒に蘇ってくるのは私だけなのだろうか。

 この本、少し遠くの本屋まで行ってやっと買えたやつだーとか、この本読んでいる間に何度も幼馴染と会話したやつだーとか。

 買ってから読み終えるまでの記憶をその本は、記憶していてくれてるのではないだろうか。本気でそんなことを考えてみたりもしたけれど、そんなわけがない。

 けれどそんなロマンチックなことがあったらいいなとも思う。

 長々と考えを巡らせたけれど、結論私が言いたいのは、本の思い出って尊い物だよねってことかもしれない。

 

 

 幼馴染が目の前で私を庇って事故にあったあの日から、数ヶ月が経ったある日私は、いつも通り幼馴染が入院している病院へと足を向かわせている。

 道中本屋で数冊漫画を買い病院に到着。

 もしかしたら寝ているかもと思い、私はゆっくりと音があまり立たないように扉を開けた。

 案の定幼馴染は、寝息を立てていたので私は、幼馴染を起こさないようにゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 その数秒後私が何も考えずボケーっと幼馴染を見ていると、幼馴染の目が歪んだ。

 次の瞬間その歪んだ目が開くと、幼馴染は私の存在に気づいたようだった。

 幼馴染の目は、全てを見透かせるほどに、透明で湖のように透き通った目。

 そんな幼馴染は、私に微笑んだ。

「おはよう、紅葉もみじ

 その微笑みに、私も微笑み返す。

「おはよう、凪沙なぎさ

 微笑み返した私の顔は、笑っていたのだろうか、私にはわからない。わかりたくない。凪沙にもわかってほしくはない。けれど凪沙には丸見えだ。だからだろうか、凪沙はいつも微笑んだ後に必ず私のことを心配そうに見つめてくる。

 そんな目を凪沙には、してほしくない。

 凪沙にはずっと笑っていてほしい。

「凪沙、これ前言ってた漫画買ってきたよ」

 話をすり替える。

 毎日のように病院に訪れては、その度に話をすり替える。

 あの日から私は、凪沙とまともに話し合ってはいない。病院で話すことは毎回とりとめのないような雑談ばかりで私は数ヶ月経った今も、凪沙にごめんなさいの一言も言えていない。

「うわー! 紅葉、ありがとう」

 そうやって笑う凪沙の笑顔は、やはり嘘で塗り固められた笑顔であり、笑いだった。

 凪沙が本当に笑うのは、あの日──事故に遭う前に見たあの笑顔が最後だった。

 けれどそんな嘘の笑顔でも、私は良いと思ってしまう。

 気づかないフリをしていれば、それは本当の笑顔なのだから。

「凪沙この前言ってたでしょ? この漫画気になってるって、本屋寄る予定あったからそのついでだけどさ」

 私はそう言うと早く漫画を読みたそうにソワソワしている凪沙を横目に見ながら、立ち上がった。

「それじゃあ私、行くね」

「あれ? もう行っちゃうの、もう少し話しようようー」

 凪沙は少し体を起き上がらせて私を引き留めようとしたのだろうけれど、手は素直だったようで、漫画のページをめくり始めていた。

「手は、素直だね」

 私が凪沙の手元を指差すと、凪沙は少し頬を赤らめた。

「う、ごめん。でも紅葉と話したいって気持ち自体は本当だよ、今は少し漫画を読みたい気持ちの方が先行してるだけで、だからその──」

「わかってるよ、大丈夫。漫画⋯⋯楽しんでね」

 口籠ってしまった凪沙に助け舟を出すように私は、そう言い残すと病院を後にした。

 

 凪沙に家族はいない。

 私にも家族はいない。

 私たち二人に、家族と呼べる人はいない。

 凪沙を助けてくれる人はいない。

 私が助けるしかない。

 私のせいで事故に遭ってしまった凪沙を私が、助けるしかない。

 そのためには、お金が必要だった。

 今はなんとかなってる入院費や、治療費その他諸々に必要なお金が私には必要だった。

 私一人が、働いたとしてもとても足りない金額が必要だった。

 そんな時、私の元にご都合主義な噂話が飛び込んできた。

 都合が良すぎて疑いもしたけれど、私はそんな噂話でも信用しないとやっていけないほどに、疲弊していた。

 そんな都合の良い私は、病院を後にしたその足で、待ち合わせ場所に向かった。

 階段状になっていて一番下の段まで降りると、水が流れている。所々に雑草が生えているその階段、そこの三段目ほどに腰を下ろしている年不相応な総白髪の女性に私は、唾を一度飲み込み気合を入れ直し声をかけた。

「あの、あなたが噂に出てくる記憶の売人ですか?」

 正直訊かなくとも一目で分かるほどに目立つ髪色をしているのだけれど、訊かないわけにもいかない。

「うん? 私は噂なんてもんは知らんけれど、記憶の売人ではあるよ」

 本の記憶専門だけれど──と続けた白髪の売人の目は、凪沙と同じ目をしていた。

 白髪の売人は透き通った目で、私のことを鋭い目付きで睨みつけてくる。

 その目つきに思わず一歩後ずさってしまった。

 すると私の行動を見た白髪の売人は、頬を緩めた。

「なんだい? あんたびびっとるのかい、私が怖いかい。私の目つきが怖いかい。私の睨みが怖いかい。あ? 怖いものから逃げる、それがあんたの人生かい。そうやってあんたは、幼馴染との関係からも逃げている。逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げる。──ごめん──その一言さえ言えずに逃げ続ける。それがあんたの人生かい」

 今あったばかりの白髪の売人は、あたかも私の心内を全てわかっているように私に顔を近づいてくる。

「わかっているようにじゃない、わかってるんだ。あんたの──客の心内は全てわかっている。そうじゃなきゃ、もしも大して値打ちがない記憶を掴まされでもしたらたまったもんじゃない」

 舌を打つ白髪の売人に、私はさらに強い恐怖を覚える。

 白髪の売人が言うことはその通りだと言うしかない。私は逃げているしごめんの一言も言えていない。

 何故ならもしも私が、凪沙に頭を下げたとして、その後の私たちの関係が変わることは目に見えている。

 変わる関係がいい方向に進むのか、悪い方向に進むのか、私にはわからない。ならば変わらない方に傾けることが一番の策だと私は、思ってしまった。

 怖いのだ。

 もしも、悪い方に関係が変わってしまった場合のことを考えるとごめんの一言も言えなくなってしまった。

 この気持ちを私は、誰にも言ったことはない。

 そもそも、相談できる相手なんて私にはいない──いてほしいとも思わない。私は、凪沙が笑っていてくれればそれだけで嬉しいのだ。

 そのことをどうして、どうやって知ったのか私は、声を震わせながら白髪の売人に訊く。

「どうやって、私のことを調べんですか? 私誰にも話したことないですよ」

 すると、白髪の売人は、緩めていた頬をさらに緩め、唇に指を当てた。

「そんなの、企業秘密に決まってるだろう?」

 その可愛らしい仕草に思わずドキっとしてしまった私は、自分自身のドキっとした感情を殺したくなった。

 悔しい、こんな得体も知れない総白髪の女性に、気持ちが揺らぐなんて。

「そうですか、企業秘密ですか。じゃあそれでいいです、いいですけれど、その代わりに名前ぐらい教えてください」

 正直どうでもいい、どうせ一度しか会わない相手の名前なんて。

 けれど、このまま私が白髪の売人にドキっとさせられたなんてことを、この売人に知られるのは、なんだか嫌な予感がする。だから私は話を逸らした。

「名前? んなもんねぇーよ。私に名前はないし名前なんていらない」

 そう言った名前のない白髪の売人は、緩めていた頬を少し締め直した。

「ご、ごめんなさい。そのふれちゃダメな部分触れちゃいましたかね」

 私は、すぐさま頭を下げる。

 けれど頭を下げた直後、私は思った。これ私が謝ってるの結構へんじゃない?だって最初に踏み込んできたのあっちだし、むしろ謝るのはあっちの方だ。そう言ってやろうと、頭をあげようとしたその瞬間、白髪の売人はプッと吹き出した。

「はははーあんたあの幼馴染以外には、すぐに頭下げんだね、私はてっきり幼馴染以外にも謝れないただ逃げるだけの弱虫なやつだと思ってからな、けどあんたは違うみたいだね。私の嫌いなタイプじゃあなさそうだ」

 この人からは、全人類を嫌ってそうな雰囲気が漂っているけれど。

「あんたの認識は間違ってない。私は全人類嫌いだし、私が嫌いな奴から記憶を買取たいとは思わないけどな、師匠が言うんだよ、こいつの記憶は高く売れるから必ず買い取ってこいって、スッゲー怖い目でにらめつけてくんだよ、私はそんな目に毎回戦々恐々しながら取引してるわけよ」

 私はそんな今までのイメージとはかけ離れた、師匠とやらにビビり散らかしている白髪の売人をを見て、思わず吹き出してしまった。

「はははは」

 案の定白髪の売人は、私を睨みつけてくる。

「あ?」

 つい今ほどまでの私なら、恐々としてしまっていたかもしれないけれど、今はもうそんな感情は空の彼方に飛び立ってしまった。

「売人さん、意外と怖がりなんですね」

「私が怖がるのは、師匠相手だけだ勘違いすんなよ」

 余程師匠とやらが怖いのか、白髪の売人はブルブルと体を震わせていた。

 つい先ほど白髪の売人が言った、記憶の値打ちの話は、単純に嫌いな奴に会いたくない売人が、師匠にする体のいい言い訳だったのかもしれない。

 何故なら話を聞く限り、記憶の買取をするかしないかの決定権は、この白髪の売人ではなくその師匠とやらが持ってるのだろう。

 唇に指を当てた時とは別の意味で、可愛らしい白髪の売人のことをボーッと眺めていると、白髪の売人は、話を逸らすように髪を掻きむしる。

「あー、もう。めんどくさいな、私がどういうやつかなんてどうでもいいんだよ、それより早く記憶、買い取るぞ」

 少し強引に話の筋を本筋に戻した白髪の売人は、話を続けた。

「本当は、色々と説明しないといけないけど、もう今すぐにでも私、帰りたいからパパッと済ますぞ」

 それから白髪の売人は、この記憶の売買についてのルールや注意点を事細かに教えてくれた。

 そして最後にと、白髪の売人は私に問いかけたきた。

「あんたはこの記憶を売ってしまっても構わないんだな?」

 少し強めな口調の白髪の売人に、私は芯の通った声色で返事を返す。

「はい。大丈夫です。この記憶で、お金が手に入るのなら私は、喜んでこの記憶を売り飛ばします」

 あの子のために私は、お金が必要なのだ。

「そうか、じゃあ遠慮なく買い取らせて貰うよ」

 膝を叩き階段から立ち上がった女性は、私の頭に手を置いた。その様子はまるで、大人が子供の頭を撫でる様子にとても似ていた。

 その瞬間、私の中にあった一つの記憶──一冊の本の記憶が確かに抜き取られた。

 私はこの時、大事な一冊の本との思い出を忘れてしまった。


 

 私は本が好きだった。

 私が生きていけるのは本があるから、そう言い切れるほどに私は、本が好きだった。

 けれど、私が今まで生きてきた中で読んだことがある本は、たった一冊だけだった。

 その本のタイトルは──。

『私と紅葉』

 

 

 今まで誰かと会話をしていたような気がする。

 そんな違和感を感じながらも私は、家へと帰路についた。

 帰宅した私は、特に何か特別なことをすることはなく眠りにつく。

 家に誰もいないのは、私に家族がいないから。

 誰もいないはず。

 私以外誰も住んでいないはずなのに、人が二人住んでいたような気がするのは、何故だろうか、気のせいなのだろうか、私は毎日なんのために生きていたのだろうか。

 そんなちょっとした違和感を抱えながら私は、瞼を閉じた。

 

 翌朝私は、何か特別なことはせずに普通にいつも通り、病院へと向かった。

 病院? 何故だろう。私はどこも悪くないはずなのに、けれど私は毎日この時間、病院へと向かっていた。

 何かあるのだろうか。

 病院へと向かう道中、私は本屋に寄った。本なんて全くと言っていいほど読まないのだけれど、何故寄ってしまったのか疑問に思いつつ、私は、本屋を後にした。

 その後病院へと到着した私は、これもいつもやっている行為だと言わんばかりに、病室へと足を向かわせる。

 他の人は、受付で面会の許可をもらっているのだけれど、何故だか私は、顔パスで通されてしまった。

 不思議だ。

 私そんなにこの病院に通っているのだろうか。

 そうこうしている内に、私は一つの病室の前で、自然と足を止めた。

 その病室の扉をゆっくりと開け、音を立てないように病室内に入っていく。

 こんな風に毎日出入りをしているのか、とても初めてとは思わないほどに、慣れた手つきであり、足つきだった。

 病室内には一つの大きなベッド、そしてその上には一人の女性が窓を眺めていた。

 女性は私の存在に気づくと、微笑んだ。

「いつもありがとう、紅葉」

 私の名前を呼ぶ女性に私は、こう答えることしかできなかった。

「あなた⋯⋯誰?」

 私は目前の女性を知らない。

 けれど微笑んでいた女性を見ると、私は嘘の微笑みを返す。

 嘘で塗り固められた私の微笑み、女性とは対照的な嘘の微笑み。

 本当に微笑んでいるのかさえ、自分ではわからない。

「紅葉、とりあえず座って。話をしよ、この前できなかった話の続きを」

 全てを見透かしたような女性の目。

 私がしなければいけないことを、私以上にわかっていて、理解しているその目。

 私は、そんな目に見つめらながら、椅子に腰を下ろした。

 まるで、誰か人が来るのが当たり前かのように準備されていた椅子に腰を下ろした。

「この前買ってきてくれたこの漫画、面白かったよ。ありがとう」

 私が座ると、女性が私に一冊の漫画を見せながら、そう言った。

 漫画? 私が? 買うわけがない。

 今まで一冊の本も読んだことがないのに、自分のためにではなく、人のために漫画を買う? そんなことあるわけがない。

「何かの間違いだよきっと、私はあなたに何かを買ったっことなんて一度もない」

 そもそも、この女性のことを私は知らない。知らない人に何かを買ったことがあるのだったら、私の記憶力はどうかしている。

 知人だろうが他人だろうが、何かを買ってプレゼントしたという記憶は、消えにくいはずだ。

 ましてや知らない人に何かをあげた、そんな特別なことを忘れるわけがない。

「ううん。紅葉はこの漫画を買ってくれたよ、それに私たちが知り合う前、まだ私たちがとっても小さかった時。紅葉は私にくれたよ」

 ──をね。

 あげた物の名前を聞いても私には、そんな記憶が戻ってくることはなかった。

「やっぱり、私あなたに何かをあげたことなんて──」

 すると女性は、私の言葉を遮るように口を開いた。

「そのお礼に、私一冊の本あげたんだけど覚えてない?」

 本? だから、私は本なんて読んだことがない。

「そうだね紅葉は本なんて読んでなかった。私があげたその一冊を除いてね」

 タイトルは──と女性は私が口を挟む隙なく、言葉を繋げる。

「『私と紅葉』今考えると少し恥ずかしいな」

 フフっと笑う女性を横目に見ながら考えを巡らせるけれど、やはりというか当然というか、そんなタイトルの本を私は知らなかった。

「私、その本知らない」

 膝を握る手は力強く、けれど私の頭は力弱く上がることはない。

 そんな私にとうとう呆れたのか、ベッドの上の女性は一度ため息を吐いた。

「そっか、知らないの」

「知らない、私はあなたのことなんかこれぽっちも知らない」

「じゃあ、知って、今すぐ家に戻って自分がやってしまったことを思い出してきて」

 今まで優しかった語気が、少し強めに変わる。

「もし、思い出せたらまたここに来て。それで一言頂戴」

 その瞬間だろうか、はたまたその数分後だろうか、そんなのはどちらでもいいけれど私は、走り出していた。

 自分の家に向かって走っていた。

 思い出したい。

 あの女性との思い出を思い出したい。

 あの女性──彼女との思い出を私は、思い出さなければいけない。

 だから走った。

 走って走って走って走って走った。

 そして家に着いた私は、闇雲に家を漁った。

 漁った結果、案外すぐにその本は見つかった。

 本棚の一番目立つところに置いてあったのだ、別に漁らなくともすぐに見つけることはできただろう。

『私と紅葉』そうタイトルが書かれている本には、血がついていた。

 乾いた血。

 その血は全てのページに付いている。

 私は一ページずつめくっていく。

 内容は、私と彼女が仲良く過ごしている日常を絵本にした物だった。

 けれどそんな日常を壊すように、どのページにいる彼女にも血がついていた。

 私に血は一滴もついていない。

 本を読み終えた私は、涙を流しながら誰も聞いていないこの場所で、口を開いた。

「ごめんなさい

「ごめんなさい

「ごめんなさい

「ごめんなさい」

 何度謝ったとしても本人には、届かない。

 

 

 私は、この記憶を消したかったのかもしれない。

 消して楽になりたかったのかもしれない。

 

 

 私は病院へと向かった。

 病院に入りいつもの病室に入室する。

 そこで私は言った。

 

「ごめんなさい」

 

 その瞬間私の目前にあったベッドは、お墓に変わった。

 私はそのお墓の前で、何度も何度も謝った。

 本人には届かない。

 けれど私は、そうすることしかできなかった。

 

 

 あの総白髪の幼馴染は、どんな風に微笑んでいただろうか。

 今ではあの嘘の微笑みのみが私の記憶には残っている。

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