[再掲]成長する幼馴染百合

 私が、小学生の時に仲良くさせてもらっている隣の家に赤ちゃんが、生まれた。

 名前は、風飈ふうひょう かえで

 私は妹がいないので、記憶に残っている限りでは、楓が初めての赤ちゃんだったので、それはそれは、可愛かった。

 学校から帰ると、まず自分の家へ帰るのではなく、楓がいる風飈家へ行くのが日課になっていた。

「楓〜」

 私が呼びかけると楓は、ハイハイをしながら笑顔で近づいてくる。叔母さんを無視して私の方へ、近づいてきてくれる。

「あーう」

 可愛すぎる。

 私にとっては、なんだか妹ができたような感じだった。

 楓は私によく懐いてくれたみたいで、泣いていても私が近づくだけで、泣きやんでくれたり。

 どこか機嫌が悪そうな時も私が、近づくと機嫌がよくなって笑顔になる。


 そんな楓も私が、中学生になる頃には幼稚園児になった。

 叔母さんと叔父さんが、仕事で忙しい時には、私が幼稚園まで楓を向かいに行ったりもした。

 小さい手を優しく包み込むように、握り、帰り道の紅葉が綺麗な公園を歩いていく。

「楓、今日幼稚園どうだった?」

 無邪気な楓は、考えるそぶりも見せずに笑顔で、言うのだった。

「たのしかったよ! 今日はねーいっぱいしたよ。そとであそんだりー、おままごとしたりした!」

「そっかそっか、楽しいならよかった」

 楓はそれからーと付け加えた。

「すきなひとのおはなしもしたよ、みんなママとかパパっていってたけど、わたしは、しずくおねえちゃんっていったよ!」

 え!? 私なの? 叔母さんとか叔父さんじゃないの? 何この子ー、可愛すぎじゃない?

 私は楓と目線が合うようにしゃがみ込んで、楓の頬を手のひらでそっと触る。

「ありがとうー! 私も好きだよー楓ー!」

「わたしも、しずくおねえちゃんのことだーいすき」

 可愛すぎだ、幼稚園児。


 それから数年経って、私は高校生、楓は小学生になった。

 この頃は、私の部屋で楓の宿題を手伝ったりもした。本当は一人で頑張りなさいと言うべきなのだろうけれど、私──楓にはとことん甘いのだ。

 帰り道で偶然一緒になって、楓の方から手を繋いできた。

「今日宿題多いんだよ〜、しず姉手伝ってー」

 手をにぎにぎされて頼まれるのだけれど、そんな可愛いことをされて嫌だなんて言えるわけがない。

「いいよ、少しだけだよ」

 本当は全部でもやってあげたいけれど、さすがにそこは私の良心が止めてくれた。

「ありがとう、しず姉」

 眩しすぎるその笑顔に、私は若干立ちくらみをした。

 手を繋いで帰った私たちは、部屋に入るやいなや宿題に手をつけた。

 数分後、楓から借りた鉛筆を机にトントン音をたてながら頭を抱える。

「今の小学生の宿題ってこんな難しいの? 私こんなのやった覚えないんだけど」

 私が文句をたらたら垂らしていると、楓が呆れた様子を示してきた。

「しず姉何言ってんの? これが難しいって本当に現役女子高生?」

 うっ、それを言われると精神的にキツい、それに帰り道であれだけイキっといて分かりませんはダサすぎる。

「な、なに言ってんのわかんないわけないでしょ? お姉ちゃんだよ? あのお姉ちゃんだよ? なんでも解けちゃうもんね」

「どのお姉ちゃんかは知らないけど、そんなに言うならこの問題もやってみてよ」

 すると楓は、プリント群の下に埋まっていた一枚のプリントを私の手元に置いた。

「ええ、なんでもかかってきなさいな」

 私は、楓にカッコ悪いところを見せないために胸をトンと叩きながら自信があるように言う。

 しかし手元にあるプリントに目を向けると、そこに書かれていた問題は明らかに小学生レベルのものではなかった。

「これって、小学生のじゃないよね?」

「しーらない、それよりもしその問題解けなかったらなにしてもらおうかなー?」

 楓は、机に乗せた手に顔を乗せながら、何かを企んでいるような表情をしていた。

「え、罰ゲームあるの」

「もちろんだよ、なんにしようかな。あーしず姉はやってていいよ、罰ゲーム考えとくからさ」

 楓は絶対に私が解けないだろうという、自信を前面に言うのだった。

 けど楓は知らないのかも、私が負けず嫌いということを──。

「ここがこうでしょ──」

 結果、三十分かけてなんとか解けた。

 しょせん小学生が出してくる問題よ。解けないわけがないじゃない。

「どう? お姉ちゃん凄いでしょ?」

 小学生相手にマウントをとっている女子高生、とても虚しい図が広がっていた。

「ふん、なんも凄くないもん、当たり前だもん」

 なんか拗ねている。

「おーい。怒ってる?」

「別に、怒ってないですが?」

 明らかに怒っていた。

 私と目線を合わせようともしない。

「なんで、怒ってるのー?」

「だから、怒ってないから!」

 そう言いながら、楓は宿題から目を離そうとしない。

 まぁなんとなくは、怒ってる理由わかってるんだけどね。

 生まれた時から、楓を見てきた私を舐めないでもらいたい。

「わかったよ。罰ゲーム受けるから言ってみ?」

 多分楓は、罰ゲームを受けさせられなかったのが悔しいのだと思う。楓も楓で負けず嫌いだからなー。

 すると先ほどまで、宿題から全く目を離さなかった楓は、満面の笑みで聞いてくる。

「ホントに?」

「ホントホント。だから言ってみな」

「えー、言うの恥ずかしいよー」

 楓は両頬片方ずつ両手を当て、体をくねくねさせながら、照れて様子を見せた。

 なんだこの可愛い生き物、今すぐに抱きつきたい。

 心の中では、そんな風に思いながら私は、冷静に答える。

「はやく、いいなよ」

「う、うん。あのね、しず姉──私と結婚して!」

 照れ臭そうに言う楓の姿は、私の心を撃ち抜いた。心臓の鼓動を早くなる。

 私は反対側にちょこんと座っている楓に、サッと近づくと、楓を抱きしめる。

「うん。いいよ、もちろんいいよ。逆にこっちからお願いするよ〜、もう可愛いなホントに」

 抱きしめながら、楓の頭を撫で撫でする。

「約束ね」

「うん、約束」

 私もわかってるよ、楓が成長した時これが、ただの良い思い出になることを──。


 そんなことがあって数年後、私は大学生、楓は中学生になった。

 この頃楓の機嫌が毎日のように悪い。

 朝、大学に向かう時ちょうど楓も出る時間のようで、一緒に行こうと誘いにいくのだけれど、楓は目を鋭くして私を睨みつけてくる。

「いい、私一人で行くから」

 怖い、楓が怖い。

 それでも私は、諦めずに後ろ姿の楓に抱きつく。

 あすなろ抱きというやつだ。

「行こうよ、かーえーでー」

 すると楓は、先ほどよりも鋭い目つきで私を睨みつけてくる。

「離して」

 離したくない手を私は、怖さに負けて離してしまう。

 体が固められたように動かない私は、ふん、と歩いていく楓を見続けることしかできなかった。

「うわぁぁぁぁぁーん、楓に、楓に嫌われたー!」

 悲しさに耐えられず大学を休むことにした私は、台所で作業をしていたお母さんに泣きついていた。

 まるでドラえもんに抱きつく、のび太のように。

「どうせあんたが、楓ちゃんになんかしたんだろ」

「なんもしてないよ、一緒に行こうって誘っただけだよ」

 するとお母さんは、はぁーとため息を吐くといいかい? と説明を始めた。

「中学生っていうのはそういう年頃なんだよ、反抗期ってやつ」

 言われて気づいた。そういえば私も中学生の時は、楓以外には強く当たってた気がする。

 楓もそんな感じなのかもしれない。

 はっ、その時わたしは思いついた。反抗期って言い換えれば──ツンデレなのでは? ツンデレの楓とか最高かよ!

 相談をした日から数ヶ月後のある日、ピンポーンと家の呼び鈴がなった。家に誰もいなかったので、しょうがなく出ると楓が立っていた。

 表情をわざと隠しているように見える楓に私は、声をかける。

「どうしたの楓?」

「う、うん。今日しず姉誕生日だよね?」

 なんか久しぶりにしず姉って呼ばれた気がする。

 私自身も忘れかけていた誕生日を覚えていてくれることに、何故だかドキっとしながらもそんな嬉しさを隠して返事を返す。

「そうだよー」

 楓は、一度ふぅーと深い深呼吸をすると、鞄から何かを取り出した。

「誕生日おめでとう」

 デレだ、数ヶ月我慢した結果とうとうデレが見れた。可愛いすぎるよー。

 私は食い気味に反応する。

「わ、私に?」

「他に誰がいるの?」

「それもそうだね、じゃあ貰うね」

 プレゼントを受け取る時一瞬見えた楓の表情は、赤く染まっていたような気がする。

「それと、最近なんか冷たくしちゃってごめん」

 照れ臭そうにしている楓には平静にいいよ気にしなくて、と言うのが正解なのだろうけれど、そんなの今の私には無理だった。

 私は、そっと楓を抱きしめる。

「もう、そんなの気にしなくていいのにー、可愛いなホントに!」

 撫で撫でする。

「もう暑苦しいよ。しず姉ー」


 そんな反抗期の頃から数年後、私は社会人、楓は高校生になったある日、私は楓の部屋にお呼ばれした。

 案外久しぶりの楓の部屋だった。

 前入った時とは印象が変わり、とても女子高生らしい部屋になっていた。

 そんな部屋で、数分楓を待っていると、部屋の扉が開いた。

「お待たせ」

 そう言って入ってきた楓は、飲み物が二つほど乗せられたおぼんを持っていた。

 楓が、座るのを見てから何気なく質問をする。

「今日はなんで呼んでくれたの?」

 すると楓は何故か頬をぷくーっと膨らませて、可愛い怒り方をしてくる。

「もうなんでわかってないの! 言わないでもわかってよ」

「ごめん、私忘れっぽくて、で? なんで呼んでくれたの?」

「私、今日誕生日⋯⋯」

 ハッとさせられる、妹のように可愛がってきた楓の誕生日を忘れるなんて、私クソやろうじゃん!

 私は勢いよく立ち上がって言った。

「忘れててごめん。ちょっと今からプレゼント買ってくるよ──なんでも買ってあげるから欲しいものメールで送っといて」

 そう言い残し部屋を出ようとしたその瞬間、真剣な表情をした楓が私を止めた。

「待って、プレゼントは買いに行かなくていいよ。もうここにあるから」

「それってどういう」

 最後の言葉で私の頭の中には、? がいっぱい浮かんでくる。もうここにあるって何? 

 すると楓は、またもや少し拗ねた様子を見せる。

「私今日でもう⋯⋯結婚できるんだよ」

 そして楓は、制服のリボンをほどき私の手を強く握りしめて、私をベッドに押し倒した。

 私は何がなんだかわからずに、押し倒された。

 当の本人は、怒りと恥ずかしさが混ざったような表情で、私を押し倒している。

 楓が制服のリボンをほどいたことで、胸元が露出気味になっている状況で、私は唾を飲み込み聞く。

「楓、どうしたの?」

「しず姉⋯⋯私と結婚してくれるんだよね?」

 唐突な疑問文に私は、思わず一言

「え?」

 と。返してしまった。

「え? じゃないよしず姉、昔約束したじゃん結婚してくれるって」

 そんな約束した覚えが──あった私確かにした。でも小学生の時の約束を覚えてるなんて。

「したよ、確かにしたけどさ、あの時は楓、小学生だったじゃん? だからあんまり本気で信じてなかったというか、適当に言ってたというか」

 私がそんな言い訳じみたことを言い出すと、楓も目には涙が浮かんできていた。

「小学生の時でも私本気だったんだよ! あれだけ近くで可愛い可愛い言われ続けて好きになんないわけないじゃん!」

 私は妹として可愛いと言っていたつもりだったけれど、楓にとって私はお姉ちゃんでもあり、本気で恋人にしたいとかそういう好きな相手だったのかもしれない。

 約束しちゃったもんね。

「わかった。結婚しよっか」

 すると今の今まで涙を流していた楓の表情は、真逆の笑顔になった。

「ホント?」

 私は昔からと同じように答える。

「ホントホント。だけど一つだけ条件があるよ」

 楓は表情を真剣な表情に変えて、首を二回ほど縦に振った。

「わかった、なんでもする」

「私のことをしず姉じゃなくて、しずくって呼ぶのが条件」

 楓は聞いた直後は、拍子抜けしたような感じだったけれど、だんだん考えるにつれて意外と恥ずかしいということに気づいたようで、表情を赤らめた。

「し──雫」

 私の中では、楓が呼んだその一瞬がエコーのように流れた。

 とてつもなく語りたいけれど、あえて一言で言うなら──可愛いだった。

 今すぐに悶え死にそうな私は、なんとか自分を押さえつけて楓に感謝を言うのだった。

「ありがとう」

 すると楓は、押し倒したままだった私の耳元に囁きかけた。

「雫──キス、してもいい?」

 私は首を縦に振ることしかできなかった。

「いいよ」

 そしてこれが私のファーストキスとなった。

 この時私は思った。私はとことん楓に甘くて、とことん楓が可愛かったのだと。

 だって今まで生きてきて、誰かを好きになるなんて楓だけだったのだから。

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