待ち合わせ場所に早く来すぎた幼馴染百合

「ねぇ⋯⋯咲良さくら、私と付き合ってくれない?」

 そろそろ自分の未来について考え出さなければいけない頃、いつも通り私は幼馴染の雪子ゆきこと下校していたのだけれど、雪子が突然どもったと思ったら、そんなことを脈略なしに言ったきた。

 今の今まで生きていく中で絶対に必要ないような、どうでもいい雑談をしていたはずなのに、どうしたのだ雪子。

 雪子は、肩ほどまで伸ばした黒髪を二つ結びしていて、黒縁の眼鏡もかけている。

 容姿だけだと、言っちゃなんだが、地味めな女の子だ。

 前述した通り雪子とは幼馴染なのだけれど、まぁそれ以上何か言うこともないほどに、ただの幼馴染だ。

 別段フィクションの世界みたいに何か特別な関係性があるとかそういうわけでもなく、ただただごくごく普通の家がたまたま近所だっただけの幼馴染だ。

 なのに雪子は突然どうしたというのだろう、何か怪しい薬でも飲んだのかと疑いたくなるぐらいには、突然の出来事だった。

 今まで常に一緒にいたと言ってもいいほどに過ごしてきたのにも関わらず、私を好きになるなんて兆し、なかった気がするのだけれど、それとも私が物語の主人公のように鈍感属性持ちの人間だったというだけなのだろうか。もしそうだったとしたら若干落ち込んでしまう。

 私鈍感なやつ大嫌いだからさ。

 なので訊いてみることにした。

「あのさ雪子」

 未だに落ち着きを取り戻せずにあたふたしている雪子に、目線をやると雪子は、左手の小指を触り始めた。これは昔からの雪子の癖だ。照れ隠しをする時は決まってその行動をしている。

「なにかな、咲良」

「うんとね、めっちゃどうでもいいのだけれど、雪子っていつから私のこと好きだったの?」

 訊くと雪子は、頭から湯気を出し始めた。今なら雪子の頭上で、お湯が沸きそう。なんて考えながら、現実で頭から湯気を出す人を初めて見て、本当にいるんだなぁっと関心しつつ、雪子の返しを待っていると、少ししてから雪子が喋りだした。

「⋯⋯いつからとかはわかんない⋯⋯気がついたら咲良のことが好きで、気がついたら咲良のことばっかり見てた」

 なんだかそんなことを言われると、こちらも照れくさくなってしまう。

 思わず目線を雪子から外してしまう。

 すると雪子が小さな声で言った。

「それで? ⋯⋯返事は」

 返事。

 付き合ってくれという願いに対する、返し。

 私の思い──。

 私がここでいいよと言ったら、当たり前すぎて考える必要もないけれど、私と雪子は恋人同士になるということ。

 女同士で──考えたこともなかった。

 私は普通に高校に入学して、普通に卒業して、普通にその後も人生を謳歌するのだと思っていた。

 その中で、普通に結婚もするのだろうなと頭の片隅にはあった。

 けれどそれは、普通に男女での話だ、女同士でなんて、付き合うということさえ想像もしていない。

 これがもしクラスの友達の誰かから言われたのなら、私は即座に断ってしまうだろう。変なウワサが立つのは勘弁だ。

 けれど、今回は雪子だ。

 雪子とは側から見たらただの幼馴染だろう、けれど私からしてみたら(家族を除いて)唯一信頼している存在なのだから、そんな雪子から付き合ってと言われたら、考えてしまうのも仕方がない。

 だけれど、私は雪子のことが好きなのだろうか、もちろん好きだ。大好きだ。雪子がいなければ今の私は存在していないし、そもそも生きていないかもしれないけれど、それほどに大切な存在ではあるけれど、それは雪子が言っている好きと同じモノなのだろうか。

 きっと雪子が言っている好きは、キスをしたいとかはたまたその先までを想像した好きであるのだろうけれど、私の好きはその好きなのか? わからない。

 いくら思考しても、私の好きがどういう好きなのかが、私にはわからない。

 なのでというかだからというか、私は雪子に提案することにした。

 ある意味、今、答え出すことから逃げただけとも取れる提案だった。

「今度デートしよう──場所はどこでもいいし、なんなら互いの家でもいい、その中で私は必ず答えを出す。だから私からもお願いする⋯⋯どうか私に雪子を好きにならせてくれ」

 雪子と恋人になれたのならさぞかし楽しいことだろう。

 だから頼む、私の好きが雪子と同じモノになることを祈る。

「わかった、私⋯⋯絶対に咲良が私のことを好きになるようにする。頑張るから──」

 その時の雪子の表情は、夕日をバックにとても煌めいていて、私をドキドキさせるには十分すぎるほどに、可愛らしい笑顔だった。

 

 

 それから数日後、デート当日、私は待ち合わせ場所に指定された私たちが住む場所唯一と言っても過言ではない、学生たちの遊び場──が見える近くのカフェにいた。

 何故待ち合わせ場所ではない所にいるかというと、簡単に言えば雪子に意地悪をするためだ。

 詳しく説明すると、少し恥ずかしいのだけれど、私こと咲良は、この日を若干ではあるけれど楽しみにしていたので、若干早めではあるけれど待ち合わせ時間の一時間ほど前に、待ち合わせ場所へと到着してしまった。

 流石に早すぎたと反省しつつ、待ち合わせ場所に目をやるとそこには、雪子の姿があった。それも主観的ではあるけれど、今さっきつまりは、私よりも少し前に到着したという風に私には思えなかったのである。

 その瞬間、私は考えた。

 ここで雪子に声をかけるのではなく、あくまで私は時間通りに来ましたよ〜という体でカマをかければ、面白い姿(可愛い姿)が見れるのではないかというわけで、今私はカフェの中にいるのである。

 時刻は待ち合わせ時間の数分前、もうそろそろいいかな、と席を立つ。

 どういう反応をするのか想像しながら、雪子に声をかけた。

「おはよう、待った?」

 訊くと雪子は、動揺を隠せずにあたふた手を動かしている。当たり前ではあるけれど、小指も触りながら、私に目線をやる。

「お、お、お、おはよう。待ってないよ全然、全く、待つってなんだろうってぐらい待ってない」

 初手この反応なら、もし私が時間通りに来たとしても、気づけてたよ。

 本当に可愛い。

「ふーん待ってないんだそうなんだ。けれどさ、私──一時間ぐらい前からあそこのカフェで見てたけど、その時から雪子、ここいたよね?」

「い、い、いないよ、そんなわけないじゃん⋯⋯あはは⋯⋯」

「そうなんだ、じゃあこの写真見てもらってもいい?」

 ポケットからスマホを取り出し、写真フォルダを開く。

 その中で最新の写真を開いて雪子に見せる。

 その写真が撮られたのは、ちょうど一時間ほど前、雪子が手鏡で髪を整えながら、待ち人を待っている写真だった。

 写真を見て雪子の頬が赤く染まる。

「な、なにこれ!」

「雪子が可愛らしく乙女らしく、意中の相手を待っている写真」

「そういうことじゃなくて──というか、今私のこと可愛いって言った?」

「言ったよ? この写真の雪子めちゃくちゃ可愛いよね」

「可愛い⋯⋯可愛い⋯⋯じゃなくて、私その、だから──」

「楽しみすぎて早く来すぎちゃった?」

 雪子の言葉を遮り私は、雪子の表情を覗き込む。

 すると雪子の目はトロンと何かに落ちるような目になり、コクっと頷いた。

「そうです、私は咲良とのデートが楽しみで、二時間前にはここにいました」

 目をこちらに向けて物欲しそうにしている雪子の頭をポンと叩きながら、顔を離し、言った。

「よくできました。そうか二時間も前から──」

 雪子がもう一度コクっと小さく頷いた。

「本当に私のことが好きなんだね」

 言うと雪子は、頬を膨らませてちょっと拗ねた表情を見せてきた。

「イジワル」

 その表情は、言語化できるモノなら世界中の人に伝えたいほどに可愛いモノだった。

 私はこの表情を見るために、何もすることがないカフェで一時間も時間を潰したのかも、しれない。

 けれどその時間が全く無駄だったという感じがしない。

 このまま時が止まればいいのになんてこと瞬間考えてしまう。

「咲良?」

 して思考を元に戻すと、目線の先には眼鏡からはみ出しかけてい目で私を上目遣いで覗いている雪子の姿が見えてさらに、ドキドキしてしまうけれど、それをなんとか隠しながら、平静を装う。

「どうしたの?」

「私気になったんだけど、この写真を咲良が撮ったってことは、少なくとも咲良は一時間前にはここに来てたってことだよね?」

 そうだよ──言おうとした瞬間私は、立ち止まった。

 もしここで認めてしまうと、私の方も一時間前には待ち合わせ場所に来るほどに今回のデートを楽しみにしていた、そうなってしまうのでは? それはまずい、絶対嫌だ。

 なので私は濁して誤魔化すことにした。

「うーん、そうだったようなそうじゃなかったようなというか、友達から送ってもらったんだよ、そうそれ」

「咲良私以外友達いないじゃん」

 そうだった。

 私──雪子以外友達いないんだった。

 なんて寂しいやつなんだ私は。

「えーとですね、そのですね、だからで──」

 瞬間先ほどとは真逆に、私の言葉を遮りながら雪子が顔を近づけて、覗き込んでくる。

「咲良、これは脈ありって判断を私はしていいのかな?」

 顔が近い近い、私が雪子に近づけた時よりも数倍は近い。

 心臓の音が聴こえてくる。

 ドクドクドク。

「⋯⋯うーんどうだろうね⋯⋯あはは」

 幼馴染やはり誤魔化し方まで似てしまうのかもしれないななんて考えながら、雪子から距離を取ろうとすると、案外と言えばいいのかすぐに雪子の顔が離れていく。

 それに少し寂しさを覚えながらも、同時に安心が押し寄せてもくる。

「はぁ」

 思わず溜息を吐き、目線を上に戻して雪子を見やると同時に雪子の声がする。

「絶対に好きにさせるから覚悟しておいてよ!」

 言って私の手を握り、雪子はゆっくりと歩き始めた。

 私の足も雪子を追うように、歩き始める。

 ここからが今日の本番なのだ。へばってなんかいられない。

 何より私これから、雪子に落とされるのだから、正直目的の為ならなんでもする雪子なので、何をやらされるのか想像もしたくないけれど、まぁなんだかんだ言って楽しいのだろうからそれでいいやという気持ちでいっぱいだ。

 今日帰る時、私と雪子どちらがリードをしているのか──私はとっても楽しみだった。

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