才能の幼馴染百合
努力で夢が叶ったとか、努力をすれば夢は叶うなんてことをよく耳にするけれど、それって嘘だなって私は考えてしまう。だってこの言い方だと、努力のおかげで、努力の成果で夢が叶った──そんな風に聞こえてしまう。けれどそれって嘘というか、私的に言わせてもらえるなら、努力の成果で夢が叶ったのではなく──努力の成果で、夢を叶えるための才能に気がつけた。
そう考える。
夢を叶えるために必要なのは、努力ではなく才能──才能がない人が夢を叶えるのなんて──。
私の近くには、一人、才能に恵まれた人がいる。
その子との出会いは、小学生の頃、たまたま同じクラスになった私とその子は、席も離れていたのに何故だかクラス替え初日に意気投合、その後一緒に帰ることになり、帰り道を訊いてみると、案外私の家と近所だった。
それからその子とは、親友と呼べるほどには仲良くなったはずだ。
その過程で私とその子は、物語を書くことにハマっていった。
きっかけはなんだっただろうか、学校の図書室で読んだ本の影響だろうか、それともお互いの家で読んだ本だろうか、今となっては理由なんて思い出せないけれど、私とその子はその時確かに物語を書いた。
それは小学生が書いたとても読めたものではなかったかもしれないけれど、私とその子にとっては、とても大切な、とても大事な物語だった。
その物語以降も私とその子は、物語をノートの切れ端やちゃんとした原稿用紙などに暇さえあれば書き、お互いの物語を読み合いもしていた。
「みーちゃん、このお話凄く面白いよ。やっぱりみーちゃんは天才だね」
私をみーちゃんと呼ぶその子は、私を天才──そう呼んだ。
けれど本当に才能があったのは、その子の方だった。
その子は、物語を書いていくなかで、学校の担任に提案をされた。
「──ちゃんこのお話、小さいのだけれど、賞に出してみてもいい?」
私の物語もその担任は読んでいたけれど、担任が賞に出すかと訊いたのは、その子の方だけだった。
「みーちゃんのは?」
小学生だ、今に考えれば、絶対に訊いてはいけないことだけれど、しょうがない。
担任は顔を曇らした。
「今回の賞は一作品しか出せないのよ。だから次は──ちゃんのを出すわ」
担任は私の顔を見ずにそう言った。
だから私はそれを信じて、その子の手を握る。
「さいちゃん、受賞するといいね」
笑顔で、心の底からの言葉だった。
嘘はない。
本心だった。
けれど、その次も賞に出されたのは、その子の物語だった。その次も、その次も、その次も、その次も、私の物語は選ばれなかった。
そして中学生の最後の年、私はその子が本気で受賞を狙って書いた作品を応募した同じ賞に、自ら応募をした。
自分の中では力作で、今までのなかで一番面白いと思える作品だったけれど、結果は一次落ち。
その子の作品は──大賞を受賞した。
私はその時気がついた。私には才能がないのだなと、どれだけ努力したところで、才能がある者には手も足も出ないのだなと──私は、筆を置いた。
物語を書くことを諦めた。
努力をすれば夢が叶うなんて虚言でしかない──私には才能がなかったのだ。
それから数年後──学校から帰った私は足を踊らせながら一目散に自分の部屋に向かう。
部屋の机上に置いてある読みかけの本を楽しみに、今日一日を生きてきたのだ、少しばかり足音がうるさくても今日は、許してほしい。
なんて誰に謝っているのかわからない謝罪を終えると、部屋に到着した。
扉を勢いよく開き、机上の本に飛びついていく。
その本のタイトルは、百合百合百合! というド直球のタイトルで、ジャンルは百合物、著者は、
この作者デビュー作は、ミステリー系を書いていたのに、今は自分の趣味全開の百合物を書いている。
私はデビュー作からのファンなので、正直もう一度ミステリーを書いてほしいという気持ちはあるものの、今の方が作者が生き生きとしているのが見て取れるので、まぁ楽しそうだしいいかという感じだ。
それに面白いのだからしょうがない。
自分の書きたい物を書いて、尚且つそれが面白い物語として世間から認められている。
私がそんな本を自室のベッドで横たわりながら読んでいると、部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
どうせ母親だろうという予想をつけ、投げやりに返事をした。
「なーに?」
「みーちゃん」
ここ数年その呼ばれ方はしていない、母親は普通に下の名前で私のことを呼ぶし、今何気なく仲良くしている友達も私をその呼び方では呼んではこない。
その呼び方をしてきたのは、過去にも一人だけだった。
私は扉の前で、返事を待っているであろうその子の名前を呼ぶ。
昔みたいには呼べなかったけれど。
「九吉?」
すると扉の前の少女は、間を開けてから少しどもった。
「あ、う、うん。そう九吉だよ⋯⋯中入ってもいい?」
「⋯⋯うん」
私が頷いてから間もなくして、扉が開く。
扉の奥には、肩ほどまで伸びた綺麗な黒髪、黒縁の眼鏡をかけ、服装は私とは別の高校の制服を着た幼馴染である九吉の姿があった。
数年ぶりに見る九吉は、昔とは違い大人びていた。
まるで業界人みたいだった。
「久しぶり」
九吉が部屋の扉を閉めながら私に言った。
その声は、どこか怯えているようにも感じ取れる声色をしていた。
けれどそんなことを私は気にしない。
「うん、久しぶり。どうしたの突然」
読んでいた本に栞を挟んで、本を閉じる。その際なんとなく九吉には本を見えないように、本棚にしまった。
適当に九吉を座らせて、問いかけた。
すると九吉は、落ち着きがない表情を見せながら喋り出した。
緊張しているのだろうか。
昔は毎日のように来慣れていたこの部屋も、久しぶりに来ると落ち着きが無くなってしまうのだろうか。
「そのね、用事とかは特にないってわけでもないんだけど、ただその用事よりも大切な用事っていうか、したいことっていうか、なんというか、なんと言えばいいのか──」
要領えない九吉の言葉、それにツッコミを入れるのもなんだか面倒くさかったので、本当に言いたい──目標地点に九吉が到着するのを待っていると、数分後到着したようだった。
「だからその⋯⋯久しぶりに私とお話してほしいなって」
「お話って、ただ私と雑談したいってこと?」
訊くと九吉は、うんうんと数回首を縦に振った。
数年ぶりに会ってやることが、雑談──まぁいいかと一度息を吐く。
「で? 話題はあるの?」
「もちろん、まずね最近みーちゃんは何してるのかなって」
「それって話題がない時に訊くやつじゃないの?」
「そ、そんなことないよ。本当に気になってるんだよ⋯⋯だってあの日からのみーちゃん連絡くれなくなったから」
「そ、まぁ何してるとか訊かれても、毎日本を読んでるぐらいしか言えることないけれどね」
すると九吉が今まで曇らせていた表情から、曇を消し去り嬉々とした表情で、私に問いかける。
「本? 本読んでるの? 何々? どんなの読んでるの?」
九吉は私がもう本のことを嫌いになったとか、思っていたのかもしれない。あんなことがあったのだからそう思っても仕方がない気がするけれど、当事者の九吉にはあまり気にしていて欲しくはなかった。
私が悪いだけなだから。
勝手に自信をつけて、勝手に死んでいった私が悪い。
「うーんそうだなぁ」
そう言いながらベッドから立ち上がり、本棚を見回す。普通こういう時は今読んでいる本を見せたりするのだろうけれど、その本をわざと手には取らず、最近読んだ中でお気に入りだったものを代わりに取った。
「これとか面白かったよ」
見せると九吉は、それまた嬉しそうに、表情を見せてくる。
「これね私も好き。オチに向かうまでの文章とか本当に物語の中に引き込まれるような文章でいいよね」
この辺りは昔と変わらない。私が好きな物語は、九吉も好きで、九吉が好きな物語は私も好きだ。
変わったのは、趣味嗜好ではない──変わったのは、私の九吉に対する気持ちだけなのだ。
「みーちゃんはさ⋯⋯今はもう物語書いてないの?」
九吉は私が持ってきた本のページをパラパラ捲りながら、先ほどまでの嬉々とした表情を雲に隠している。
「書いてないね、全く」
隠す必要もない。私はあの日あの場所で、九吉に言っている。私はもう物語は書かないと──書いたってどうにもならないから。
私にない物を使って、さいちゃんは、物語を書き続けてね。
あの時九吉は、どう思ったのだろう、自分よりも私の方が才能があるとか思っていたのだろうか、それとも自分の方が才能があってよかったって安心していたりしたのだろうか。
今となっては、どんな風に思っていたとしてもどうでもいいし、気にしたくもないけれど。
「そうなんだ⋯⋯もう書かないの?」
「うん、書く気はない」
「私は読みたいよみーちゃんの物語」
「そう⋯⋯書かないよ。私はもう自分の才能の無さにがっかりして落ち込みたくないよ。近くに才能がある奴がいるなら尚更」
「でも、でも、でも私は──」
「うるさい」
出てしまった。出すつもりはなかった。このまま適当にやり過ごして、また関係を今度こそ断ち切るつもりだった。なのに言ってしまった。
「うるさいよ。昔言ったよね、私には才能がない、同じだけ努力をしたのに、ううん、むしろ私の方が努力したのに、結局花を開いたのは九吉だった。私には蕾がつくかもわからない。そんな状況で書けって? ふざけんなよ、才能がある者はいつもそうやって、才能がない者に努力しろ、努力は報われるとか戯言を吐き出すけれど、そんなの努力してもしても才能のある奴に届かない側の人間にしてみたら溜まったもんじゃない。結局世の中才能のある奴の言葉だけが表に出るのだから、才能のない奴の気持ちがわかるような奴の言葉はないも同然なんだよ。」
だからもう──
「私の前に現れないで」
今私は泣いているのか、笑っているのか、怒っているのか、どんな表情をしているのだろうか。
才能があれば、今の私の気持ちも上手く文字に起こすことができるのだろう。
私には無理だけれど。
「無理じゃない! みーちゃんは才能あるよ」
うるさい
「私が、嫉妬するぐらいには才能あるよ」
うるさい──うるさい
「少なくとも、私はみーちゃんの物語、今も昔も大好きだよ」
うるさい──うるさい──うるさい
「私は、みーちゃんの才能に嫉妬して、みーちゃんの物語をもっと読みたいって思って、みーちゃんには頑張ってほしいって思ったよ。だからお願い⋯⋯もう一度みーちゃんの物語を──読ませて」
言って九吉は、私の手をぎゅっと力強く握って、涙を垂らした。
「みーちゃん?」
九吉が私の名前を呼ぶ。
うるさい。気に触る。私の耳を引きちぎりそうな程に耳障りなのに何故か、嫌な気がしない。
「私の物語つまらないよ?」
「ううん、そんなことない。私はとっても面白いと思うよ」
「私の文章読みづらいよ?」
「ううん、私はみーちゃんの文章大好きだよ」
「私の──」
私の言葉を待たずに九吉が、握っていた手を引き寄せ、抱きしめてくる。
「いいの⋯⋯私はみーちゃんの全部が好きだから」
この状況、客観視すると告白されているみたいだけれど、まぁそんな本の中みたいなことが私の身に起きるわけがない。
なのになんだか顔が熱くなる。
そのことを九吉に隠すように、私は言った。
「ありがとう。九吉」
「え? じゃあもう一回書いてくれる?」
「うん⋯⋯もう一回だけ。今度は大多数向けじゃなくて、自分と大切な人だけに向けて書いてみるよ」
「やった! 楽しみ!」
九吉は私から体を離し嬉々とした表情で、私に笑顔を向けてくる。
「みーちゃん」
「なに?」
「私のこと呼んでくれる?」
「え? 九吉?」
九吉は何故か、ぷくーっと頬を膨らませた。
「昔みたいに呼んで?」
昔みたいに──思い出すと頬が熱くなる。先ほどの熱がまだ残っているのに、これ以上不意打ちをしないでほしい。
「昔みたいにって⋯⋯ちょっと厳しいかなぁって」
「お願い」
眼鏡からはみ出した目で、私を上目遣いで覗いてくる。
「はぁ──わかったよ⋯⋯⋯⋯さいちゃん」
満面の笑みが、私の視線を奪い続ける。
「みーちゃん」
「なに?」
「私ね──」
夢は努力では叶わないかもしれない。
夢は才能がなければ叶わないかもしれない。
けれど、別に夢を叶える必要なんてないんじゃないかな。
夢に変わる何かが見つかればそれでいいんじゃないかな。
もし、この人のために何かをしたい──そう思えるような人に出会えたなら、その人のためだけに頑張れればそれで──私は幸せになれるのだろう。
才能がなくたって幸せになることはできる。
幸せはそれだけ、簡単に手に入るモノだということを私は、幼馴染に教わった。
私は人が本当に追い求めるべきは、夢ではなく──幸せだということに気づけた。
「みーちゃん」
私を呼ぶ声がする。
「なに?」
「今回の話も凄く面白かったよ。やっぱりみーちゃんは天才だね」
私はその声に、返事をする。
「ありがとう」
私の隣には、今私の物語を読んでくれる人がいる。
私の物語を好きといってくれる人がいる。
それが私の幸せだ。
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