未来が見えるカフェでの幼馴染百合
高校が休みの日曜日、私は幼馴染の
カフェは高校からは徒歩数分、私の家からなら徒歩数十分の商店街の中にポツンと営業しているのかどうか、一眼ではわからない感じで、店を構えていた。
何故こんな怪しげなカフェを沙月が待ち合わせ場所に指定したのかは、わからなかったけれど、私はとりあえず何も考えずに息を飲み込み扉を開けた。
沙月のことだ。特に何も考えてはいないと思う。
店内は、カウンター席が四席、テーブル席が二席ほどの小さなお店だった。内装は綺麗だが、それ以外別段褒める箇所は見つからない、そんな普通のカフェだった。
カフェなんて入るのは今日が初めてだけれど、そんな評価をしてみる。
「お一人様ですか?」
私が店内を見回していると、レジ前から声が聞こえてきた。綺麗な透き通った声だった。
私は声がした方に目をやる。
そこには、綺麗な長い黒髪の一言で表すなら美人な女性がいた。
茶色のエプロンをしているその女性に私は、返事を返す。
あまりの美人さに私は、多少緊張してしまった。
「あ、そうです。一人です。あ、違います。待ち合わせでここを使いたくて、その沙月って人から何か聞いてませんか?」
多少ではなかった。
すると女性はパンと小さく両手を叩いて、微笑んだ。
「あーじゃああなたが、沙月の幼馴染の
突然自分の名前を呼ばれ、私は戸惑いを隠せずに返事を返す。
「そ、そうです、葉月です。沙月の幼馴染です」
言い終わった私は、誰だかもよくわかっていない女性に、ペコっと勢いで頭を下げると、女性はレジから足を踏み出して私に近づいてくる。
「そっかそっかー、こんな可愛い子がねー沙月の幼馴染かー、そっかそっかー」
女性は私を舐め回すように、ジロジロとまじまじと視線を送ってくる。
私が何も言えずに、ただただ困惑の表情を浮かべ固まっていると、女性はそれに気づいたようで慌てて、私から離れていく。
「ごめんごめん。可愛い女の子が店に来るなんて久しぶりすぎて、それに沙月の幼馴染ってなると、ついね。ごめん」
本当に申し訳なさそうにしている女性に私は、大丈夫だという意を伝える。
「大丈夫です、大丈夫です。こういうの慣れているので、主に沙月のせいですけど」
「その点もホントごめん。多分沙月私に似ちゃっただけだと思う」
私はそういえばというように、首を傾げる。
「沙月とはどういう関係なんですか?」
すると女性は、おかしいなというように首を傾げた。
「あれ? 沙月から聞いてない? こんな怪しげな店待ち合わせ場所にするなら店員のことぐらい言っとけって、伝えたはずなんだけど」
なら怪しくなくせばいいのでは? そんなことを思いながら私は、首を横に振る。
「沙月、何も言ってなかったですよ。ただ日曜日ここに来てって言われて」
「あいつ、ちゃんと言えよって言ったのに。ごめんね」
「いえいえ、いつものことなので。それで、沙月との関係は?」
「あー、沙月とは普通に従姉妹だよ。複雑な関係なんて何にもない。ただの従姉妹、だから心配しなくて大丈夫だよ」
最後のには首を傾げるが、それ以外のことに関しては、少し悔しさみたいなものが見え隠れした。
その後テーブル席に案内された私は、よく種類もわからなかったけれど、メニューに大きくオススメと書かれていたので、そのコーヒーを頼んだ。
コーヒーが運ばれきたタイミングで私は、沙月の従姉妹さんに名前を聞いた。
すると従姉妹さんは、考える素振りも見せずに答えた。
「
文月さんはそう言い終わると、カウンター奥へと戻っていった。
特に名前を聞く必要もないと思ったけれど、この後沙月と遊んでいる際に文月さんの話題が出た時ずっと、沙月の従姉妹さんと呼ぶのがめんどくさい気がしたので、一応聞いておいた。
文月さん、沙月の従姉妹。私の知らない沙月を知っている人。
私と沙月は幼馴染で、長い時間を一緒に過ごしてきてはいるものの、言っても私が沙月と出会ったのは、小学校に入ってからだ。それ以前の沙月を私は知らない。知り得ない。
そのことが何故だか、私の胸の中に残り続けた。
すると鞄にしまっているスマートフォンが、鳴った。この音はメッセージアプリの通知音なので、きっと沙月からだろうとスマホを開くと予想的中だった。
『ごめん少し遅れる』
『いいよ別に、待ってるから』
沙月が待ち合わせに遅れるのはいつものことなので、もう慣れてしまった。最初の方は注意していたけれど、いつのまにか注意なんていう言葉すら忘れるほどに、私は気にしなくなっていた。
続けて沙月からメッセージが届いた。
『ありがとう、愛してる』
そして最後の文字で私が一人で勝手にドキっとするまでが、テンプレート。いつもの流れ。
もちろん沙月がふざけて言っているなんてことは、わかってはいるけれど、送られてくる度に何故だか感情が動く。
幼馴染に愛してるって言われただけ、ふざけて言われただけ、ただそれだけなのに、嬉しくもあり、悲しくもある。
そんな気持ちを沙月には見せない。
『そうですか、早く来てね!』
するとまるでスマホに張り付いていたのかというほどの速さで、沙月から了解というスタンプが送られてきた。
そのスタンプを見て私はそっと呟く。
「早く用意しなよ」
沙月を待っている間ふとテーブルを見てみると、不思議な生き物の置物が置いてあった。
猫の耳に、体は猫とウサギを合わせたような感じで、尻尾はウサギの尻尾だった。
これが合成獣というやつなのだろうか。
正直気持ち悪いけれど、なんとなく手に持ってみた。
すると一枚の紙が、スーッと置物から落ちた。
私は置物から目線を外し紙を手に取り、書いてあることに目線をやる。
紙にはにわかには信じがたいことが、書かれていた。
〈この置物の上に空いている穴に百円を入れれば、この席から見える風景の、未来の風景が見えます〉
文章を読んで私は、目線を紙から外の風景に移した。
見える風景は特に何も言うことがないほどに、普通だった。
このカフェの向かいに店を構えるカラオケ屋が見えるだけで、それ以外のものは全くと言っていいほどに見えなかった。
こんな普通な風景の未来を見る意味なんてあるのだろうか? なんて思ったけれど、私は暇つぶしも兼ねて置物に百円を入れた。
もし詐欺だったとしても文月さんに言えば返してくれるだろうという、安心感もあった。
そもそも文月さんは、なんでこんな物を置いているのだろう。こんな怪しげな物を店内に置いているから客がこない可能性は、あると思う。
外に目をやると、そこには私と沙月が歩いていた。このカフェから出てきたタイミングのように見える。私の服は今着ている服と同じなので、多分今日、この後の出来事なのかもしれない。
私と沙月は、表情を赤らめなんだか少し照れているようにも見える。
そんな多分未来の私と沙月は、店の前で数秒雑談をし終わると沙月が走り出した。それを追うように私もどこかに行ってしまった。
そしてそれと同時に、私が見ている風景も現在のものに戻った。
たった数十分後の未来でも、なんとなく未来か現在かの区別はついた。
今まで見ていたものが本当に未来のものなのかわからないけれど、私は面白半分でもう百円入れて見ることにした。
次に私が見た風景では、向かいのカラオケ屋が潰れ本屋になっていた。
まぁ現在でも人が入ってなさそうなあのカラオケ屋は、潰れてしまっても仕方がない気がする。
この町自体活気があるわけじゃないし。
そんなことを考えていると、少し成長はしているけれど、はっきりと私と沙月だということはわかる二人組が、このカフェから出てきた。
大学生だろうか? 二人とも私服だった。
大学でも二人一緒なんて私と沙月はいつまで、一緒にいるのだろうか。
私がそんな考えを頭の中に巡らせた瞬間、外の──未来の私は、沙月の頬にキスをした。
それはこちらでは突然の出来事ではあっても、未来の私と沙月にとっては当たり前の出来事のようで、二人して微笑みあっている。
思わず叫びそうになるが、なんとか抑え込む。
どういうこと? なんであんなカップルみたいなことしてるの? 私と沙月はただの幼馴染でそれ以上でもそれ以下でもなくてむしろそれでしかなくて──。
だんだんと体から力が抜けていく。
私と沙月はただの幼馴染。
私は気づけばもう百円を置物に入れていた。
そして私が見た風景では、向かいの本屋も潰れ、マンションになっていた。
まさかねと、風景を見ていると大学生よりも大人な雰囲気の私と沙月がカフェから出てきた。
二人は手を繋ぎながら、向かいのマンションへと入っていった。
個人的な主観で見れば二人は、とても仲が良さそうだった。それもラブラブな雰囲気を醸し出していた。
まるで、結婚してまもない夫婦のような感じに見える。
ただの幼馴染のはずなのに──。
私は目を瞑った。
もうこれ以上辱めを受けたくない。
ただただそれだけだった。
そして数十分後沙月がカフェに来るまでの間に、私は考えた。
さっき見たものはただの幻想で、紛い物で、ファンタジーだと思おうと、あれは作り物、誰かが私を辱めようとしているだけだと。
私と沙月はただの幼馴染だと。
そう思うことにした。
そう思わないと、今にでも魂が抜けそうになる。
「ごめん遅れた」
そう言って息を切らしながら店内に入ってきた沙月は、文月さんに目配せして私のいる席を聞き、私の方に目をやった。
ツインテールを下に結んでいる沙月は、私の下に駆け寄ると手を合わせてくる。
「ホントごめん。次こそはちゃんと時間通りくるから」
嘘だ。毎回沙月はこう言う。言うだけ言って守った試しがない。
私は立ち上がりながら、そんな沙月に声をかける。
「いいよ別に、それよりも早く行こ。時間なくなっちゃうよ」
「うん!」
満面の笑みだった。
私がいつも注意しないのは、この笑顔を見るためなのかもしれない。
そう考えつつ店を出ようとした瞬間、声をかけれた。
声をかけてきたのは文月さんだった。
「二人とも待って」
そう言うと文月さんは、まず沙月の耳元で何かを囁いた。
すると沙月は、表情を赤らめた。
何を言われたのだろうか、そして次に文月さんが私の耳元で囁いた。
「葉月ちゃんが使ったあの置物、幻想を見せるものじゃなくて、葉月ちゃんの想い人との未来を見せてくれる物だから」
その瞬間私は、沙月と同じように顔を赤らめた。
私と沙月は目配せをして、同時に店を飛び出した。
「沙月は、文月さんになんて言われたの?」
飛び出した店先で、私は沙月に聞く。
「言わない。絶対言わない」
「教えてよー」
なんとか照れているのを隠すように、私は沙月を問い詰める。
「葉月が言われたことを、教えてくれたら私も教えるよ」
「無理、絶対無理」
「じゃあ私も教えないー」
そう言うと沙月は、走り出した。
私は、そんな沙月を追うように走り出した。
この光景はカフェで見た風景と同じだった。
店内に一人残った文月は、置物の位置をカウンターに変えて、百円を入れた。
文月が見た風景には文月が映ってはおらず、代わりに沙月と葉月が映っていた。
風景を見て文月はそっと涙を一粒垂らした。
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