お嬢様と使用人の幼馴染百合

「お嬢様、髪梳かしますからここ、座ってください」

 私と同い年で私の使用人の紅葉もみじが、椅子をトントンと叩いた。

 私は小さい頃、紅葉に髪を梳かしてもらっている時間が、一番好きだった。

 そんな私はコクっとうなずくと、小走りで紅葉が叩いた椅子に向かう。

「私、紅葉に髪梳かしてもらってる時間が一番好き」

「ふふ、そうですか。それはとても嬉しいです」

 紅葉はそう微笑むとブラシを手に取り、私の長く伸ばした髪を梳かし始めてくれた。

 この時の私は、とても気持ちよさそうにしていたのだと思う。


 それから時は流れて、高校二年の春が終わる頃。私は送迎の車の中で黒髪ボブのメガネをかけた使用人に口うるさく注意をされていた。

「お嬢様、今日こそはちゃんと時間を守って帰ってきてくださいね。クラスの人たちと遊ぶのは結構ですけれど、毎日のように夜遅くに帰ってくるようでは困ります」

 そう私に注意をしてくる使用人の武陽ぶよう 紅葉は、私の使用人、小さい頃からの使用人。私の家系に代々仕える武陽家の人間。たまたま私と同じ年に生まれたという理由で私の使用人になった。

「はいはい、わかってるわよ。武陽に毎日毎日帰るたびにおんなじこと言われてさ、もう耳が腐るぐらい聞いたからこれ以上言わなくていいわよ」

 私は武陽の説教を適当にあしらう、めんどくさいからね。

 けれどそんな私の態度は昔から私を見ていた武陽には、お見通しのようだった。

「お嬢様、今の適当に返事しただけですよね?」

「そうですけど、何か?」

 私は反骨精神を剥き出しにする。

 毎日毎日帰れば説教、朝起きても説教、車の中でも説教、学校でも説教、そんな武陽に私はイライラしていた。

 昔はもっと優しくて、「紅葉ー」なんて下の名前で呼んでいたのに今では苗字で呼んでしまっている。

 ここ数年はあんなに大好きだった、武陽に髪を梳かしてもらう時間なんてものは、無くなっている。

「そうですけどって、あーもういいです。決めました、もし今日お嬢様が時間通りに帰ってこなかった場合、私お嬢様に罰、与えますから」

「は? 罰? 武陽が私に? できるわけないわよ。今までずっと私に言うことを聞かせられたこともないのに、罰なんて」

 私は少し武陽を小馬鹿にする。

 すると武陽は、私に顔を近づけてきた。

「罰、しますからね」

 圧をかけてくる武陽を私は、もう一度小馬鹿にした。

「武陽の罰なんて怖くないわよ!」

 フン、と武陽と目を外す。

 武陽なんて、嫌いだ!


 それから放課後、もちろん時間を守って家に帰らなかった私は、どうどうと自分の部屋に入っていった。

 部屋に入ると武陽が椅子に座っていた。

 私の帰宅に気づいた武陽は、笑顔を見せてくる。

「お嬢様? 今何時ですか?」

「八時」

「お嬢様? 今日の送迎中言いましたよね、時間を守らなかったら罰、与えますって」

 ずっと笑顔の武陽に私は、多少怖気づきながら返事を返す。

「そんなの怖くないわよ! 武陽の罰なんてね!」

 すると武陽はサッと椅子から立ち上がると、早足で私との距離を詰めてくる。

 そして私の腕を掴むと、顔を近づけキスをしてきた。

「ん!?」

 私は驚きを隠せずに、声を出してしまった。

「ちょ、ちょっと」

 私は今にもその先までしてきそうな武陽を引き剥がす。

「何すんのよ! 突然キスなんて」

 私が声を荒げても武陽は、笑顔を変えることなくもう一歩近づいてくる。

「何って、私言いましたよね。罰、与えますよって、だからしたんです。キスをね」

 もう一歩、もう一歩と近づいてくる武陽から私は逃げるように後退る。

 そして数歩下がると、トンと壁にぶつかってしまった。

「武陽、ちょっと待って、待とう?」

 私の言葉が聞こえてて無視しているのか、それともそもそも聞こえていないのかそれはわからないけど、武陽は足を止めることなく近づいてくる。

「お嬢様、逃げないでください。って、もう逃げられないですね、ふふ、でもお嬢様が悪いんですよ。私にお嬢様を襲う理由を作り出してしまったお嬢様が」

 そう言いながら私との距離を詰めきった武陽は、私の腕を壁に押さえつけた。

「ふふ、本当可愛いですね」

「ちょ、武陽、本当に待って、何が罰なのかわからないわよ、それを教え──ッ!」

 武陽は私の首元にキスをした。

「お嬢様、お嬢様、お嬢様。お嬢様は私のこと嫌いですよね? だからです。嫌いな人からこういうことされるのは、嫌ですよね。私も嫌です。だからこれが罰なんです」

 言い終わると武陽は、私の腕を引っ張り無理矢理ベッドに押し倒した。

「お嬢様、私はお嬢様のこと大好きですよ」

 そんな武陽の言葉に私は、大声で返す。

 こんなの罰じゃない。

 だってだって。

「私も大好き!」

 なのだから。

 嫌いになれるわけがない。

 嫌いになるわけがない。

 だって武陽は、優しいもの。

 こんな生活を送っている私を見捨てることなく、ずっとそばにいてくれているのは武陽だけだもの。

 そんな武陽を嫌いになれるわけがない。

 けどやっぱり武陽が私より上立っているのはなんだか感に触る。

 だから少しだけいじわるしてみたくなる。

「好きな人からこんなことされたら、それは罰になるものなの? ねぇ武陽、教えて?」

 戸惑いを隠せずにあたふたしている武陽に私は、追い討ちをかける。

「ねぇ武陽、どうなの? これは罰なの? 罰じゃないの? どっち?」

「それは、その」

 何か弁明でもしようとしているのか私にはわからないけれど、そんなことはどうでもいい。

 私は流れに任せて武陽の耳元で囁いた。

「紅葉、大好き」

 するといつもは表情を変えない紅葉が、頬を赤らめ、照れ隠しなのか視線を外した。

 私はその隙をついて紅葉の腕を引っ張り、私と紅葉の体勢を逆にした。

「紅葉、いつもありがとう。ご褒美あげる」

「はい、お嬢様」

 いつの間にか上下関係がいつもどおりになった私と紅葉は、そのままキスをした。


 そしてその後、ベッドの中でこんな会話をした。

「紅葉、私明日からはちゃんと時間通りに帰ってくるわ」

 私がそう言うと紅葉は、驚きの表情を見せた。

「どうしたんですか突然、そりゃ私的には嬉しいですけど」

「なんとなくそうしたいなって、思いましてね」

「そうですか」

「けれど、一つだけ条件つけてもいいかしら」

 紅葉は「条件、ですか?」と首を傾げた。

「条件、毎日この時間私の部屋に来てください、そして毎日私の髪を梳かしてください。それが条件です」

 そう私が微笑みかけると、紅葉は満面の笑みで言うのだった。

「はい、もちろんいいですよ」

 あーやっぱり紅葉は優しいな。


 その次の日から私の帰りは早くなった。

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