図書室での幼馴染百合
窓から差し込む夕日が
燐は放課後の高校の図書室で、本を読んでいる。昔から燐の片手には何かしらの本が、握られていた。
それは時に絵本だった。時に図鑑だった。時に漫画だった。時に小説だった。
燐は字が読めればどんな本だろうと、良いのだろうか。十数年、常に一緒に過ごしていたけれどそういえば聞いたことなかったなと、思い出す。
私は頬杖をつきながら、本のページをそっとめくった燐に声をかけた。
「燐はさ本の好みとかあるの?」
「いいや、別に。字が読めればなんでもいい。本じゃなくてもいい」
本に目を落としたまま燐は、ボソッと言った。
燐は昔からよく喋る方ではなかったけれど、この頃昔よりもボソボソっとした喋り方になった気がする。
私はそんな燐の返答に「ふーん」と相槌を打った。
特に予想外の返答でもなかったので、ここで会話を終わらせた。
昔はこんな何気ない会話だけで過ごしていたものだけれど、最近は燐と会話なんてろくにしていない。
朝家の前で挨拶をする。夕方別れ際に挨拶をする。
私と燐の間で会話と呼べるものは、この二つぐらいだろう。
こんな会話と呼べるのかもわからないことしかしていないけれど、何故だか私と燐は常に一緒にいる。
何故だろう、一緒にいて会話をするわけでも、遊ぶわけでもない。
なのに何故一緒にいるのだろう。
今私は、本を読んでいる燐の姿をただただ見ているだけだ。
時々、燐が本のページをめくる仕草。耳に垂れた髪をかけ直す仕草。そんな小さな仕草を私は、ただただ見ているだけ。
側から見れば無駄な時間を過ごしているようにしか見えないだろうけれど、私にとってこの時間は、有意義な時間だ。
別に楽しいわけではない。
けれど何故だか燐を見ていると、私はドキドキしてしまう。
だからなのかもしれない。燐とあまり会話をしなくなったのは、そのドキドキに気付いてからだった。
ただ見ているだけでドキドキするのに、話しかけて会話が続くわけがない。だって頭が真っ白になって、何も考えられなくなってしまうから。
これがなんという気持ちなのかは、わかってはいる。
その二文字を声に出して燐に伝えれば、もしかしたら幸せになれるのかもしれない。
けれどその訪れるかもしれない幸せは、必ず訪れるわけではない。
幸せとは逆の物が訪れてしまった場合その時私は、生きていけるのだろうか。
無理だと思う。
絶対に無理だと思う。
だから私は、言わずに燐のそばにいようと思う。
だってこの幼馴染という関係が壊れないのなら、それに越したことはないのだから。
それから数十分過ぎた頃、下校の時刻を告げるチャイム鳴った。
私の目前に座っていた燐は、読んでいた本に栞を挟むとその本を鞄に放り込んだ。
私はそんな燐を横目に見ながら、椅子から立ち上がり背伸びをする。
そして同じく椅子から立ち上がった燐に、そっと微笑む。
「帰ろっか」
燐はコクっと頷いた。
いつもならこのまま帰路につくのだけれど、今日は違った。
私が図書室の扉に手をかけた瞬間、後ろにいた燐に制服の裾を掴まれた。
私は燐の方向に振り向き「ん?」と首を横に曲がる。
すると燐がいつもの燐からは、想像もできないほどに緊張した声色で喋り出した。
「あの、ね。その、ね。私⋯⋯」
私よりも少しだけ背が小さい燐は、故意ではないだろうが上目遣いで私のことを見てくる。
そんな燐を見ていると私の心臓は、バクバクと爆音で鳴り響くぐらいには動いていた。
この心臓の音は燐にも聞こえてしまっているのだろうか、もし聞こえていたのなら私は恥ずかしくて死んでしまうかもしれない。
「
燐がぼーっと考えていた私の名前を呼んだ。
いつもの表情に戻っていた燐に私は、慌てて返答する。
「ご、ごめん聞いてなかった。で? どうしたの?」
私が聞き返すと燐は表情を赤らめる。
「だ、だからね。私──」
その時図書室の扉が開いた。
扉の奥にいたのは女性の教師だった。
教師は、一瞬驚きの表情を見せ私たちに目を向けた。
「もう下校時刻ですよ、帰りなさい」
「あ、はい。すみませんもう帰ります。さ、帰ろ。燐」
そう言いながら見た燐の顔は真っ赤だった。今すぐにでもお湯が沸きそうなほどに真っ赤だった。
「燐? 大丈夫?」
私は燐に声をかける。
すると燐は掴んでいた私の裾を離し、勢いよく走り出した。
「ちょ、燐?」
廊下を走っていく燐に声をかけたが、燐には届いていないようで、燐は走りを止めることはなかった。
「彼女どうしたの? 突然走り出したりなんかして」
きょとんとしている教師に私は、一言告げ歩き出した。
「わかんないです。こんなこと今まで一回もなかったんで。まぁ明日になれば落ち着いてるんじゃないんですかね」
それじゃと言って私は図書室を出た。
久しぶりの一人の帰路、なんだか落ち着かない。いつも隣にいた燐がいないというだけで、ここまで落ち着かなくなる。
あー私には本当に燐が必要なんだなと、帰り道私は気付くことができた。
次の日の朝家から出てきた燐は、私に言った。
「今日放課後、図書室来て」
その時の燐の表情は覚悟を決めたように、眉根を寄せていた。
私はそんな燐に応えるように返答する。
「うん、わかった」
その後の登校中、私と燐の間に会話は生まれなかった。
放課後私は、緊張をなるべく出さないように図書室に向かった。
図書室につくと、夕日に照らされた窓に手を当てている燐の姿があった。
いつもなら席についてただ黙々と本を読んでいるはずなのに、今日は違った。
何か考えているようにも見える燐に私は、声をかける。
「燐、来たよ」
すると燐は、昨日の別れ際の私みたいにあわあわし始めた。
「う、うん。とりあえず座って」
私は言われた通りに席につく。
私が席についたのを確認した燐は、一度強く自分の頬を叩き、私の隣の席に腰を下ろした。
いつもなら私の前の席に座るのに。
「今日、来てくれてありがとう」
なんだか変な感じの燐に私は、少し椅子の距離を縮める。
「ううん。いいよ別に、いつも来てるしそんな大差ないからさ」
「そ、そうだよね。あはは」
作り笑いをする燐に私は、何も返答することなくただ見つめた。
少しの間できた燐との沈黙の時間に私は、本題を突きつける。
「それで? 今日はなんで呼んだの?」
もちろん聞くまでもなくわかってはいる。
この状況で違うことを聞かれる方が珍しいのでは、ないのだろうか。
正直嬉しい。
今にでも私も燐のこと──と言いたい。
けれどここは我慢。
燐が言ってくれるまで我慢しよう。
私の気持ちを言うのはそれからでも遅くはないだろう。
燐は一度呼吸を整えた。
「呼んだのは、大事な話があるからなの」
私は何も言わない。
何を言えばいいのかわからない。
この行動を燐が、どう受け取ったのかはわからないけれど、燐はそのまま深呼吸をして真剣な表情で私を見た。
「加菜、私、加菜のことが好き!」
今まで燐からは聞いたことがない、張りがある声だった。
その言葉を聞いて私は、とっさに燐の手を握る。
驚いた表情をしている燐に私は、私の気持ちを伝える。
「私も、燐のこと好き!」
その後の図書室で私と燐は、いつもの数倍会話をした。
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