彼女はメイド(コスプレ)の幼馴染百合

天音あまね、私あなたのことが好き!」

 高校の卒業式の日、学校の校舎裏で、私は幼馴染の水月みずきに告白された。

 正直水月の気持ちには気づいてはいた。

 小中高とずっと一緒に過ごしていて気づかないほうが、難しいだろう。

 私はラノベ主人公みたいに鈍感ではないのだから。

 けれど、気づいてはいたけれど、私はずっと黙っていた。

 この関係性にヒビが入るのが怖かった。

 親友として見ていた水月のことを、彼女として──恋人として見た時のことを私は、想像ができなかった。

 親友という関係性が変わるのが、私はとても怖かったのだ。

 だから私は告白を断ろうと思った。

 断ったとしても、親友としての関係性は壊れないと信じて。

 信じるしかなかった。

「あのね水月──」

 ごめん。その一言を口にしようとしたその時、私の目の前にいる水月を見た瞬間に私の考えは百八十度変わるのだった。

 私が見た水月は、いつもと寸分違わない水月だった。だけれどほんの少しだけ違う部分があった。

 それは、照れ。

 水月の照れだ。

 いつもはクールで感情をあまり表には出さない水月が、照れている。

 こんなの。

 こんなの。

 こんなの可愛くないわけないじゃん!

 犯罪的に可愛いその顔に私は、一目惚れしてしまった。

 私の返事を待っている水月に、私は頬をポリポリ掻きながら照れをなるべく隠す。

「そ、その水月。こちらこそよろしくお願いします」

 今までの悩みなんて一瞬にして捨て去れるぐらいの一目惚れだった。

 今まで下向きだった水月の表情が、上に向かうに連れて段々と笑顔になっていった。

 そこで私は、思う。

 可愛い。

 なんだこの満面の笑みは、可愛いな!

 もしかしたら私は、適当に言い訳をして好きという気持ちから逃げてただけなのでは? 案外私は、前から水月のことを好きだったのかもしれない。

「天音、これからよろしくね!」

 普段じゃ絶対に見れない水月の笑顔を私は、一生心の宝箱で大切に保管しようと決めたのだった。


 

 それから数ヶ月後、私と水月は同棲していた。

 同棲と言っても恋人同士になったから結婚を前提で、一緒に住むとかではなく前から決まっていたこと。

 高校を卒業したら一人暮らししろと、私も水月も親から言われていたのだ。

 そこで私と水月は、適当に理由付けをして一緒に住みたいと両方の親にお願いしたところ、両方ともから即了承が貰えた。

 なんだかんだ言って両方の親とも子供が一人暮らしするのは、怖かったらしい。

 なら一人暮らしなんてさせるなよとは思うけれど、私はそれ以上にルームシェアという言葉の響きに胸を打たれたのだった。


 そしてルームシェア(親から見た場合)こと同棲(私と水月の場合)が始めって数ヶ月が経ったある日、大学も休みで特に外に出る用事もない私と水月は、二人してソファーに腰を掛けダラダラ過ごしていた。

「水月〜」

 スマホをいじるのに飽きた私は、特に話すこともないけれどとりあえず水月を呼んでみた。

「なに?」

 水月は本を読んでいる最中に話しかけられて、少し不機嫌さを出しながらも読んでいた本を閉じて私の方に顔を向けた。

「いや別に特に用とかではないんだけど、ちょっと暇だから何かしないかなって」

「確かに暇だよね。暇。いいよ何かしよう」

 午後一時、休みの日一番暇になる時間帯、私たちは暇潰しを始めた。

「で、何するの?」

 なんとなく隣同士で肩を寄せ合いながら、水月が聞いてくる。

 特に何かを考えていたわけじゃないので、私は頭をかき混ぜる。

「うーん、何しようか」

「何も考えてなかったの?」

「うん」

「そう」

 水月は私が考え無しに提案したことを、怒るわけでもなくかと言って、もうしょうがないなーって感じでもなくただただ、無感情に一言言うだけだった。

 数分考え私はなんとか考えを捻り出した。

「もうすぐ私の誕生日じゃん?」

「うん、来週ね」

「そう来週、私の誕生日。だからそこで何かをしてほしいわけですよ」

 水月は頭に? を浮かべていた。他の人が見てもわからないだろうけれど私にはわかる。

「だからね、私の誕生日の日に水月に、何かして欲しいの」

「何かってなに?」

「うーん例えば手作り料理とか」

「それなら一日毎に作ってるよね」

 確かに、私と水月の同棲でのルールで、朝食と夕食(休みの日は昼食も)は一日交代の当番制。

「確かに特別感がないね」

「うん、ないね」

 特別感のあるもの、誕生日ぐらいにしかお願いできないこと、一応お願いしてみたいことはあるけど、さすがに引かれるかもしれない。

「一応あるにはあるんだけど、怒ったり引いたりしない?」

「内容にもよるけど私、天音のこと、好き、だから大抵のことは大丈夫だと思う」

 あの告白の日以降、水月が時々感情を表に出してくれることが増えた気がする。

 そして何よりその時の水月が可愛いだよ!

 もう本当にありがとうございます。

「そ、そう? それなら遠慮なくお願いする。あのね水月、私水月に⋯⋯メイド服着て欲しいの!」

「え?⋯⋯え?」

 珍しく戸惑いを見せている水月に私は、追い討ちをかける。

「え? うんだからね、メイド服を着て、講義から帰ってきた私を出迎えて欲しいの」

「ちょ、ちょっと待って。メイド!? なんで!?」

「なんでって、そんなの見たいからに決めってるじゃん」

「見たいからって、そんなの、メイド⋯⋯」

 水月は困惑を見せながら私から視線をそらし、頬を赤らめた。

 あれだけいつもは無表情の水月が、今日はもう二回も照れた。これは私にとっては凄いことだ。

 例えるならたまたま時間を見たときにゾロ目だったぐらいには、凄いことだ。

 私は、そんな水月の肩に手を当てると、無理矢理に視線を合わせる。

「水月、私誕生日」

 そしてニコッと、満面の笑みで声には出さず水月に語りかける。

「む、む」

 おそらく、無理だと言おうとしている水月に私は、笑顔を向ける。

「誕生日」

 すると水月は一つ溜息を吐いた。

「はぁ、わかった。わかりました。メイド服着ますよ、着ればいいんでしょ!」

 水月は諦めた様子で、肩を下ろした。

 今度は圧をかけずないよう水月に微笑みかける。

「ありがと、私嬉しいよ!」

「いいよ別に、誕生日だし。でも、本当に今回だけだからね」

 水月は私に注意するかのように、人差し指を立てた。

 なんだか学校の先生みたいだった。

「わかってるよ。誕生日だもんね」

「本当にわかってる? 今回だけだからね!」

「ハイハイ、わかってますよー」

 私は適当に流し気味で返事を返しておく。

 水月の表情が若干疑っているようにも見えるけれど、無視無視、約束させてしまえばこっちのもんだ。

 あー水月のメイド服楽しみだなー。

 

 そんな圧で押しきった日から数日後、私の誕生日当日、私は大学の講義も終わり浮き足だっていた。

 なんてたって今日は水月のメイド服が見れる日、浮き足立たない方が不思議なくらいだ。

 鼻歌なんかももしながら帰路についていると、スマホが鳴った。

 スマホを見てみると、先に帰っているはずの水月からのメッセージだった。

『本当に着なきゃだめ?』

 というメッセージに続いて、もう一通メッセージが届く。

『天音が用意したメイド服、スカート短くない? 私こんなの履いたことないよ』

『大丈夫だって、ちゃんと水月の似合うメイド服選んどいたから』

 血まなこになって探したんだ。

 あの肩ぐらいまでの長さの髪に似合うのはどれだろうとか、メガネに似合うのはどれだろうとか、あとあんまり胸のラインが出ない方がいいよね(水月あんまり大きくないの気にしてるし)とか、色々考えた結果今のになったのだ。

 正直水月のメイド服を想像しているだけで、可愛さのあまり幾度となく倒れてしまいそうになった。

 するとまたしてもスマホが鳴った。

『でもさすがに恥ずかしいなー」

 まだうだうだ言っている水月に私は、一言送る。

『誕生日、だよ』

 数秒後、一通メッセージが届く。

 とても短いけれど、色々な気持ちが込められていそうなメッセージだった。

『はい』

 私はスマホを鞄にしまいこみ、浮き足だっていた足を小走りに変えて家に向かった。


 家についた私の心臓は、想像を絶する速さで鼓動を打っていた。

 壁越しでも心臓音が聞こえてしまいそうなぐらいには、音が鳴っていた。

 水月のメイド服。

 私は自分の頬を数回パンパンと叩き、水月のメイド服を生で見てもぶっ倒れないよう、気合を入れ直した。

 そして一度深呼吸をしてから玄関の扉を開く。

「ただいま〜」

 私の目前には天使。女神。それ以上の何かな存在としか表現できないような人が現れた。

 可愛くて、綺麗で、美して、可憐で、愛おしい、これだけ並べてもまだ足りない。そんな存在が私の目前には立っていた。

 フリルがついた膝丈よりも短いスカートの黒いワンピースに白いエプロンをつけ、足には黒いニーハイを履いている。

 これぞ日本独自のメイド服。

 私が夢見たメイド服。

 それに加え水月の震わせた声が聞こえてくる。

「お、おかえり、天音」

 頬を赤らめながらもなんとか必死に照れを隠そうとしている水月は、とても可愛らしかった。

 反則級の可愛さに私は今にも倒れてしまいそうになるが、なんとか気を保つ。

「うん、ただいま」

 あー、なんだこの生き物! 今すぐにでも写真を撮りまくりたい、抱きつきたい、キスしたい、とりあえずイチャイチャしたい!

「天音?」

 興奮しすぎて視線を下に落としていた私を水月は、心配そうな目を向けてくる。

「大丈夫大丈夫、なんでもないから」

 さすがにあんなこと言えない。

 もしバレたら絶対に引かれてしまう。

「そう、それならいいけど」

「うんうん、大丈夫大丈夫。それよりもさ水月!」

「な、なに?」

「これじゃメイド服着てるだけじゃん!」

「え? だってそういう約束でしょ?」

 そうなんだよそういう約束なんだけど、いざ実際に着てもらうとやっぱり物足りなさが出てしまうのは、仕方がない気がする。

「そうなんだけどさ、私的にはやっぱりメイドっぽい口調で喋って欲しいわけよ!」

「それってどういう」

「だから、『おかえりなさいませお嬢様』とか言って欲しいわけ、わかる?」

 私が言葉を発してから少しの間沈黙が生まれ、その沈黙は水月の叫び声で崩壊するのだった。

「はぁー? 無理絶対無理! この服着てるだけで恥ずかしいのにそんな口調まで変えるなんて絶対無理!」

「えぇーもうここまでやったら何やっても同じじゃない?」

「無理なものは無理なの!」

 私はそっかと呟いた。

 そしてそっと水月に目線を合わせて微笑みかける。

「私誕生日、だよ」

「む、む」

「誕生日」

 前にもやった件をもう一度繰り返すのは大変滑稽なのかもしれないけれど、私にも譲れないものはあるのだ。

 すると水月は観念したのか、息を吐き尋常じゃなく嫌そうな表情を見せながら言うのだった。

「わかった。やればいいんでしょやれば」

「うわぁー。ありがとうございます。本当にありがとうございます! それじゃあ私もう一回玄関に入ってくるところからやるからよろしく」

「ちょ、どういうことしたらいいかぐらい──」

 水月が何か言っていた気もするけど、今の私には聞こえていなかった。

 数秒後、私は玄関の扉を開き、一言添える。

「ただいま〜」

 私の目前にはスカートに手を添えて、メイドっぽい動きをしている水月が写った。

「お、おかえりなさいませ、お嬢様」

 水月は、先ほどよりも照れを隠せていない様子だった。頬は先ほどよりも赤く、声も同じく先ほどより震えている。

 恥ずかしいという気持ちが前面に押し出ている水月の表情は、可愛いの一言に尽きる。

「うんただいま」

 なんだこのシチュエーションは、私がお嬢様で水月がメイド!? こんな、こんな高校生時代を送りたかった!

 なんで過去の私は、水月にメイド服をお願いしていないんだ、むしろなんで過去の私は、あんなにも関係性が変わるのを怖がってたんだ? 絶対今の方が良いに決まってる。

 そんなの誰が見たって明白だ。

 過去の私、アホ罪で、捕まっとけ!

「その、お嬢様、この後私は何をしたら」

 私が過去の自分を痛めつけていると、水月が困った様子でこちらを見ていた。

 この後、メイドって何をするの? 正直『おかえりなさいませお嬢様』ぐらいしかわからない。

「うーん。わからないや」

 考えても出てこないものは出てこないのだ。

 いざメイドをやれって意外と、難しいものなのかもしれない。

「わからないのでございますか? それなら私口調戻してもいいのですか?」

 水月は大変嬉しそうに私へ目を向けてくる。

 なんだか釈なので少しいじわるをしておく。

「戻してもいいけど、今日一日は私の呼び方お嬢様ね」

 今考えてみるとタメ口で、お嬢様と言われるほうが私は好きかもしれない。

「まぁそれくらいならいいかな、お嬢様私立ってるの疲れたから座ってもいい?」

 やっぱり水月からはタメ口がいいや。


 その後お風呂や夕食が終わり、私とメイド服を着た水月は、ソファーに肩を寄せ合いながらダラーっとしていた。

 少しでも視線を下に落とせば見えてしまいそうなぐらいには、短いスカートを履いている水月に私は、話しかける。

「ねぇ水月」

「なに? お嬢様」

 きっちりと約束は守っている水月の肩に私は、自分の頭を寄りかかせる。

「甘えてもいい?」

 メイドの水月。

 甘えたくなっても仕方がない。

「いいよ、なにすればいい?」

「じゃあね、まず髪梳かしてほしい」

 いつもは、この長く伸びた髪は自分で梳かしているのだけれど、今日ばかりは水月にやってもらおう。

「じゃあ後ろ向いて」

 水月は、優しく丁寧に髪を梳かしてくれる。

 小学生の頃、水月がよくしていてくれたことを思い出す。

「天音の髪綺麗で羨ましい」

「そうかなー、へへ、水月に褒められるのなんか嬉しいな」

 昔の思い出に浸っている間に梳かしは終わったようだった。

「終わったよ、次は? なにすればいい?」

 そう言いながらブラシを机に置いた水月に私は、囁きかける。

「水月、キスしてもいい?」

 すると水月は考える素振りも見せずに微笑む。

「いいですよ、お嬢様」

 こういう時だけキャラを作るのズルいよ。

「好きだよ、水月」

 水月の微笑みに呟き、私は、そっと水月の唇に触れるのだった。

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