声優の幼馴染百合

「見ててよふう、絶対当てるから」

 私は今幼馴染の風が、声優になって初めて声をあてたキャラクターをガチャで当てるために、ゲームを起動した。

 風とは昔からアニメを、よく見ていた。

 二人でアニメの真似をして、ごっこ遊びなんかをしていたりもした。

 その中で風は、声優という職業に憧れたようだった。もちろん小さい頃は声優なんて職業も知りはしなかったけれど、なんとなく心の中に残っていったようだ。

 そんな風は小学生になると養成所というところに、通い始めた。今までのようにずっと一緒にいるという時間は減ってしまったけれど、私は、風が頑張っている姿を見るのが好きだった。なにより時々遊んだ時に習った演技などを私に披露してくれる姿が、とても楽しそうだった。

 少し置いていかれているような気にも中学生ぐらいになると、感じたりもしたけれどそんなことがどうでも良くなるぐらい、風の頑張っている姿は眩しかった。

 そして現在風は、声優一年目にして大型アイドルコンテンツのキャラクターの声優に選ばれた。

 選ばれた日は、ちょうど私と遊んでいる日で、こたつに入りながら二人で雑談している最中に電話がかかってきて、その電話に出ててみるとオーディションに受かったという旨の電話だった。

 その日、風と私は、泣いて喜んだ。家族総出でパーティーまで開いたほどだ。それぐらいに嬉しかった。

 そして今日、とうとう風が担当したキャラクターがゲームに実装される日。私はコンビニで魔法のカードを数枚購入してから、風の家へ向かった。

「お邪魔しまーす」

 合鍵を渡されているので、それで家に入り階段を上って風の部屋に足を進める。

 最近の風は、受かったコンテンツのダンスレッスンや歌の練習などなどが、忙しくて学校が終わるとすぐにレッスン場所に向かってしまうので、風と遊ぶのはだいぶ久しぶりのことだった。

「お邪魔しまーす」

 風の部屋に入ると、風はとても気持ちよさそうにベッドの上で眠りに入っていた。

「すぅーすぅー」

 そんな寝息を立てている風を起こさないよう慎重に、部屋のドアを閉め風の方向へと足を進める。

 ベッドの横にまで足を進め、私はゆっくりと音を立てないように、腰を下ろした。

 うーんここまで来たのはいいけれど、何をしよう。定番なのは顔に落書きとか? でも昔それやって、だいぶガチで怒られたからあまりやりたくは、ないんだよね。

 意外性が高いのは、キス⋯⋯とか? でも私たち付き合ってるわけじゃないしなー、ただの幼馴染の親友だしなー。

 まぁこのまま寝かしておけばいいか。

 私は、鞄からスマホを取り出して、写真を一枚パシャリ。

 それから十分ぐらい経つと、風が目を覚ました。風は、寝ぼけ眼な目を擦りながら私が部屋にいることに気づいた。

「あー、みお。いるんなら起こしてよ」

「気持ちよさそうに寝てたからつい」

「そんなにだった? まぁいいやお茶でいい?」

 そう言って風は、ベッドから立ち上がりドアノブに手をかけた。

「うんいいよ」

 私の返事を聞いて、ドアを開け階段を下っていった。

 風の寝顔を写真に撮ったのは秘密。

 階段を上って飲み物を二つ持ってきてくれた風に、私はスマホの画面を見せながら宣言する。

「見ててよ風、絶対当てるから」

 スマホの画面には、風が担当したキャラクターがピックアップされるガチャの画面が、映っていた。

「おー。がんばれー!」

 私はまず無償で貯めたので、ガチャを回していく。十連目、二十連目、三十連目と回しても出る気配はない。けれどこんな簡単に出るとも思ってはいない。

 私は鞄から魔法のカードを取り出し、番号を読み取った。

「えー、課金までしてくれるの? そこまでしなくてもいいのに」

 隣で見ていた風が、心配そうな目で見てきたので、私は決意の言葉を言うのだった。

「風が初めて声あてたキャラだよ? 当てないって選択肢は私にはないの」

 これから追加されるものまで、当てるかはわからないけれど、今回は特別だ。だって風の頑張った結果だもん。

「そう? まぁほどほどにしなよ」

 風に心配されながらも、私はガチャを引き続ける。

 そして百連目とうとう、風が担当したキャラクターが出ててくれた。

「出たよ、出た! やったよやった、私やり遂げたよ風」

 私はガッツポーズをとりながら若干目に涙を浮かべ、風にスマホの画面を見せつける。

「おー、ホントだ! ありがとうございます」

 頭を下げてくる風に私も勢いで、頭を下げた。

「いえいえ、こちらこそ? ありがとうございます」

 よくわからない会話をして、お互い顔を上げると、なんだか笑いが溢れてきた。それは風も同じだったようで、二人して微笑んだ。

「あー、そうだ。そのガチャ画面写真に撮ってネットにアップしてもいい?」

 私はよくわからないけれど、今の新人声優は公式でSNSをやるのが主流みたいだ。宣伝とか、ファンをつけるためとかそんな感じ? 別にネットにあげられて困ることなんてない私は、首を縦に振る。

「うんいいよ」

「ありがとう」

 風は、ポケットからスマホを取り出して、私のスマホ画面を一枚パシャっと写真に収めた。

 写真を撮った風は、こたつに入り直してから、スマホで文章を書いた。

「投稿完了っと」

 どうやらアップが終わったようなので、私は興味本位で聞いてみる。

「どんな文章にしたの?」

「文章ってほど書いてはないけど、『大好きな親友が当ててくれたよー』みたいな感じ」

 風の言葉で、思わず私の頬は、少し暑くなった。大好きとか言われたの結構久しぶりなことだったから。

 私はさらに前のめりになりながら、興味本位で聞いてみる。

「投稿に返信とかくるんでしょ? どういうのがあるか見せてよ」

「そんなにすぐにはこないよ。私まだまだ新人だしね」

 そう言いながらも少し気になったのか、風はスマホに目を向けた。すると風は、声を上げた。

「すっご。いつもの倍以上返信きてるよ、やっぱコンテンツの力ってすごいね」

「そうなの? よくわからんけど、それなら見してみして」

 まるで母親におねだりするような行動をしている私に、風は隣にすっと座ると優しく微笑んだ。

「じゃあ一緒に見よ?」

 私はうんうんと首を縦に振る。

 昔は、二人隣同士で座っていても狭く感じなかったのに、今はもう私たち二人とも高校生、正直狭く感じる。けれどなんだか落ち着く感じがあるのも正直な気持ちだった。

 返信はいろんな種類があった。

『いい親友さんですね』とか『私も当てましたよー』とかとか『次のライブ楽しみにしてます』とか⋯⋯ライブ?

「風ライブするの?」

「あれ、言ってなかったっけ、そう私ライブします。何万人っていう人の前で歌って踊ります」

 感心してしまう。私なんてクラスメイト全員の前でさえ、緊張でまともに喋れないのに、そんな大人数の前で歌って踊るとか、想像するだけで吐きそう。

 けれど凄いと思う反面少し嫉妬もしてしまう。この嫉妬は風に対してとかではなく、なんか風が遠くに行ってしまう、私の隣から離れて行ってしまうそんな感じ。

 今までずっと隣にいてくれた風が、いなくなってしまうような感じがひしひしと感じる。

「風、私風のことが好きだよ」

 え? 私何言って。

「うん。私も大好きだよ」

 スマホをいじりながら返事をする風を私は、押し倒した。

 私は何をして──親友に何をしてるの?

「違うの風、私の好きは、こういう好きなの」

 私は、押し倒した風の唇に自分の唇を重ねた。

 勢いだった。自分でも何をしているのか理解できていない。そもそも何も考えていないのかもしれない、体が勝手に動いて、体が勝手に風を押し倒し、体が勝手に風にキスをした。

「風お願い。遠くに行かないで、ずっと私の隣にいて。お願い、お願いだから」

 私の目にはいつのまにか、涙が浮かんできていた。勝手に動いて、勝手に嫉妬して、勝手に泣きだす。

 そんな私の頭を風は、そっと撫でてくれた。

「大丈夫。私はいつまでも澪の隣にいるよ。もし今後、私がいっぱい仕事させてもらえることになったとしても、私はずっと隣にいるから」

 目にはまだ涙が残っている私は、スーッとゆっくり顔を上げ風の表情を見る。

 すると風は、何か決心を決めたように言うのだった。

「それにね。私も好きだよ」

 そして風は、私にキスをした。

「私の好きも、こういう意味の好きだから」

 風の行動、言葉、その二つともで私の顔は、かーぁっと赤くなっていく。

 幼馴染で友達で親友だった風と、両想いだった。それがわかった瞬間私は、さらに泣き出していた。

 なんだか遠くに行ってしまったように感じていた風が、戻ってきてくれたような感じが、私の中にはあった。

「ありがとう、ありがとう、ありがとう。私も好きなの。頑張ってる風が好き。学校で過ごしてる風が好き。私の隣で微笑んでいてくれる風が好き。全ての風が好き」

「うん、私も大好き」

 大好きな人が、頑張っている姿は何よりも眩しく見えるもの、それが家族であれ友達であれ、アイドルや声優俳優でも眩しく見えるものが人には必要だと思う。

 人に太陽が必要なように、人には眩しさが必要なのだと思う。

 風の眩しさが私だったように、私の眩しさは風だった。

 だから私は何度でも言う。

「大好きだよ。風」

 そして嬉し涙がまた一つ、ぽつりと垂れるのだった。

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