第53話 とある鼻から入れた水を耳から噴き出す職業
「よくも――よくも彼女を!」
ぐったりとした女性を腕に抱え、
青年は涙ながらにそう吠えた。
青年の慟哭を受けて、
魔族が赤い血に濡れた剣を掲げる。
「不用意に我らが縄張りに入り込んだ
貴様らが悪いのだ。恨むならば
自身の軽薄な行動を恨むのだな」
「くそ――くそ! くそ!」
嘲笑う魔族に、青年は何度も毒づく。
ギリギリと瞳を殺意に尖らせて、
青年が魔族に唾を飛ばす。
「このことは決して忘れはせん!
この報いは受けてもらう!
俺は――俺は必ずここにまた舞い戻る!」
「復讐か? 面白い」
青年の怒りを小気味よさそうに笑い、
魔族が眼光をギラリと輝かせる。
「いいだろう。貴様は生かしてやる。
そして俺に復讐しにここに戻ってこい。
その時にこそ、改めて貴様を殺してやろう」
こうして青年は、最愛となる彼女の遺体を腕に抱え
その場を後にした。
村に戻った青年はすぐに復讐の準備を始め――
三日後にまた魔族に会いに出掛けた。
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「まずは私の名刺をお受け取り下さい」
スーツ姿の男にそう言われ、
魔族は困惑しながら名刺を受け取る。
目を丸くする魔族に、
スーツ姿の男が淡々と話をする。
「そこに書かれていますよう、私は弁護士です。
今日はこの青年の代理人として、
女性殺害の件についてお話しさせて頂きます」
スーツ姿の男――弁護士の言葉に、
恋人を殺された青年がうんうんと頷く。
パタパタと目を瞬かせる魔族に、
弁護士が言葉を続ける。
「単刀直入に申し上げます。
本件について魔族の貴方に、
殺害した女性の教会での復活費用ならび、
男性が受けた精神的苦痛に伴う慰謝料を
請求させて頂きます。こちらがその
請求金額とその内訳となります」
弁護士が一枚の書類を魔族に手渡す。
そこに書かれた金額に顔をしかめる魔族。
青年は歪められた魔族の表情を眺めつつ――
きっぱりと告げた。
「宣言した通り――舞い戻ってきたぞ」
「違うだろぉおおおおおおおおお!」
歴戦の勇者を彷彿とさせる凛々しい表情の青年に、
魔族が絶叫した。
「恋人が殺されたんだぞ! 復讐にこいよ!
なにを法的処置に出ているんだ貴様は!」
「どんな理由があろうと私刑は認められない。
私は適切な対処をしているだけだ」
「まじめか!?」
「まじめだ」
「だいたい俺は魔族だぞ! 魔族に人間の法など――」
「六法全書アタック―!!!」
弁護士が分厚い六法全書で魔族を殴りつける。
「ぶほっ!?」と盛大に鼻血を噴いた魔族に、
弁護士が淡々と述べる。
「例え貴方が魔族であろうと、
免罪符が得られることなどありません。
司法はあらゆる者達に平等なのです」
「ぐっ・・・貴様ら言わせておけば・・・
こうなれば皆殺しに――」
「六法全書ビーム!」
弁護士が六法全書からビームを撃ち出す。
「ぐげっ!?」と黒焦げになった魔族に、
弁護士がくいっと眼鏡を上げる。
「司法の前に暴力など無意味です。
諦めて自身の罪を償いなさい」
「明らかに暴力を用いているのはお前だろ!?
てか何だその本は!? 新しい兵器か!?」
「ペンは剣よりも強し。そして六法全書は――
なんかこう・・・強し」
「ふわっとしているわ!!」
「裁判に持ち込んだところで、
勝ち目などありませんよ。こちらとしても
事を荒立てたくはありません。これで
手を打つのが賢い選択と言えるでしょう」
覇王の武器のごとく――覇王の武器など知らないが――
六法全書を掲げる弁護士に、
魔族がうっと声を詰まらせる。
手渡された請求金額にまた目を落とし、
魔族がぽつりと言う。
「・・・少し高くないか?
小娘の復活費用など10Gもないだろ?」
「貴方もご存知の通り、レベルの高い人間を
復活させるには費用が高いのです。この女性は
『鼻から入れた水を耳から噴き出す』職業において、
レベルがカンストしていますから」
「・・・マジでか?」
「はい。それはもう耳から盛大に水が噴き出します」
きっぱりと答える弁護士。
魔族はしばし書類と睨めっこした後――
大きく溜息を吐いた。
「・・・踏み倒したりすると不味いよな」
「魔族が相手となれば、国軍による処罰が下されますね」
「・・・何とか工面しよう」
魔族の答えに、弁護士が満足そうに頷く。
「結構。では今後については改めて
書面にてご連絡差し上げます。
今日は貴重なお時間を割いていただき
ありがとうございました」
「いやあ、ご苦労様です先生。
これで復活した彼女と、慰謝料で旅行にいけますよ」
用が済んだところで、談笑しながら
弁護士と青年がそそくさと帰っていく。
その二人の背中を眺めつつ――
「やりにくい時代だな・・・」
魔族は溜息まじりにそう呟いた。
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