第52話 とある魔族の禁じられた想いと少女の事情
「あ、魔族さん」
少女は森の中で待ち合わせていた魔族を見つけると、
そう表情を華やがせて声を弾ませた。
少女の声に魔族が振り返る。
穏やかな微笑みを浮かべた魔族に、
少女は駆ける足を速めた。
「ごめんなさい。待った?」
魔族の前に立ち止まり
少女がそう尋ねる。
魔族は小さく頭を振り、
「僕もいま来たところだよ」と答えた。
少女は紅潮した頬を緩めると、
手に持っていたバスケットを
魔族に掲げて見せる。
「サンドイッチを作ったの。
一緒に食べようと思って。
だから遅くなっちゃったの」
「やあ、それは楽しみだな」
お世辞でも何でもなく、
本当に嬉しそうに魔族が笑った。
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少女が魔族と出会ったのは、
一ヶ月ほど前のことだ。
森の湖に水を汲みに出掛けた際、
少女は凶暴な魔族に襲われた。
その彼女を救ってくれたのが
この温和な魔族であった。
彼は魔族の中でも
とても強い魔族であった。
それでいてその心は優しく、
ひどく穏やかだ。
それからというもの、
この魔族と森の中で会うことが、
少女の日課となっていた。
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「どこでサンドイッチを食べようかしら」
そう小さく首を傾げる少女に、
魔族がポンと手を打つ。
「それなら、良い場所を知っているよ。
人間があまり立ち入らない場所なんだけどね、
とても綺麗な場所なんだ」
魔族はそう言うと、
「僕に付いてきて」と歩き出した。
人間があまり立ち入らない場所。
そこに案内しようとする魔族に、
本来ならば警戒すべきだろう。
だが少女はこの魔族のことを信頼していた。
ゆえに何の疑いもなく、魔族の後をついて歩いた。
おおよそ五分。
魔物が案内したその場所は――
花々が咲き誇る、それはもう美しいところであった。
「うわあ、素敵なところね」
素直に感激する少女に、
魔族が照れ臭そうに頬を掻く。
「僕が花の種を植えて育てたんだ。
僕の秘密の場所さ」
「え? 貴方がこの花を育てたの」
「うん。魔族が花を好きなんておかしいだろ?」
苦笑する魔族に、
少女はプルプルと頭を振る。
「そんなことないわ。
とても素晴らしいと思う」
「そう言ってくれると嬉しいな」
魔族がそう微笑んで、
僅かな躊躇いを挟み言葉を続ける。
「いつかこの場所には、
大切な人と一緒に来たいと思ていたんだ」
魔族のこの言葉に
「え?」と目を丸くする少女。
魔族が柔らかな微笑みを浮かべたまま
その言葉を口にした。
「僕は君のことが好きだ。
魔族である僕を・・・
種族の違いを気にせずに、
僕に笑い掛けてくれる君のことが。
君さえ良ければ――
これからも僕と一緒にいて欲しい」
それは――
紛れもない愛の告白であった。
魔族から人間に伝えられた
禁じられた想い。
少女はその魔族の想いに――
表情を暗くして答えた。
「・・・ごめんなさい」
「・・・そうか」
少女の応えに、魔族はやや微笑みを陰らせた。
悲し気な表情をする魔族に、少女の胸がチクリと痛む。
その痛みを紛らわすように、少女は言葉を重ねた。
「貴方のことは素敵だと思う。強くて優しくて・・・
貴方と一緒にいると、とても幸せな気持ちになれる。
貴方は私の理想の人よ。それでも・・・私には無理なの」
「僕が・・・魔族だからだね」
自虐的にそう呟く魔族に、
少女は強く頭を振った。
「違うわ! そうじゃない!
貴方が魔族とか――そんなこと関係ないわ!」
「・・・それじゃあ、どうして?」
瞳に涙を浮かべる少女に、
魔族が困惑してそう尋ねる。
魔族の疑問に、少女は声を詰まらせながら答える。
「魔族なんて関係ない。
貴方は・・・とてもいい人。
私の理想的な人。それでも・・・
無理なのよ。だって・・・
だって貴方がいくら私の
理想的な人であっても・・・それは――」
瞳から大粒の涙をこぼして――
少女はその言葉を告げた。
「それは――イケメンに限るから」
――――
――――
――完!!
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