第50話 とある売れないアイドルの秘密のお仕事

「はーい! 皆さんこんにちは!

今日も元気もりもり!

盛りだくさんの愛をお届けしまーす!

次世代ハイブリッドアイドル!

人間のミィちゃんでーす!」


フリフリのスカートをはいた

可愛らしい少女が、右手を上げて

そう声を弾ませた。


「はーい! 皆さんこんにちは!

クールな視線で貴方を狙い撃ち!

恐怖よりも幸せを届けたい!

次世代ハイブリッドアイドル!

魔族のキィちゃんでーす!」


フリフリのスカートをはいた

可愛らしい魔族が、右手を上げて

そう声を弾ませた。


すでに何百回と繰り返した自己紹介を終え、

人間の少女と魔族が同時に声を弾ませる。


「それでは早速聴いてください!

私達『ノーカインド』のデビュー曲! 

『種族の壁なんてぶっとばせ!』です!」


ビシリとポーズを決める少女と魔族に――


わぁああああああああああああああ!

と観客たちの声援が鳴らされる――

はずだった。


少なくとも、ほんの少し前まではそうだった。

しかし今は――


観客席いる数人が、気だるそうに

パラパラと拍手を鳴らすだけだ。


それでも構わず

少女と魔族は全力で

デビュー曲を熱唱した。


==========================


「お疲れ様でーす!」


コンサート終了後、少女と魔族は

スタッフに元気よく挨拶をして、

楽屋に戻った。


楽屋と言っても、簡易の庇を設けただけの

ほぼほぼ外という粗末なものだ。


それでも愚痴をこぼさず、

少女と魔族は汗を拭きとり、

各々が疲労した体を休ませていた。


するとその時――


「二人ともお疲れ」


一人の青年が二人の楽屋に姿を現す。


少女と魔族はさっと立ち上がり、

青年にぺこりと頭を下げた。


「お疲れ様です。プロデューサーさん」


プロデューサーと呼ばれた青年が

少女と魔族の挨拶に手を上げて応えつつ、

さっとメモ帳を取り出した。


「今日はもう他に予定がないから、

これで上がって構わないよ。

二人ともゆっくりと休んでくれ」


「はい。あ……あの、プロデューサーさん」


少女が躊躇いがちにプロデューサーに尋ねる。


「あたし達のスケジュールですが

……どうでしょうか?」


「……うん。言いにくいけど、今のところ

仕事は何も入っていないんだ。ごめんね」


しゅんと肩を落とす少女と魔族。


彼女達が肩を落とすのも当然だろう。

ほんの少し前までは、彼女達は休む暇すら

ないほどの売れっ子だったのだ。


だというのに、最近では仕事の数も激減し、

たまの仕事も、このような観客がいない中で、

歌うようなものばかりだ。


もちろん、どのような仕事でも手を抜くことなどないが

モチベーションが下がるのは致し方ないだろう。


彼女達の人気が落ちた理由。

それは単純に飽きられたからだ。

初めこそ、人間と魔族のデュエットとして

話題性もあったのだが、その武器一つで

渡り歩けるほど芸能界は甘くなかった。


「……とにかく、仕事が決まったら連絡するよ」


そうメモ帳をしまうプロデューサーに、

少女と魔族は顔を俯けたままこくりと頷いた。


するとここで――


「……キィちゃん。この後二人だけで

話したいんだけどいいかな?」


「……私ですか?」


プロデューサーの言葉に、

魔族はきょとんと目を丸くした。



=============================



「このままでは『ノーカインド』を解散させるしかない」


人気のない場所でプロデューサーからそう告げられ

魔族は狼狽した。


「そんな……私達、まだやれます! 頑張ります!

だからどうか解散だけは――」


「もちろん私も解散は避けたい。君達のグループは

私の夢でもある。もっと君達を広い舞台で歌わせてあげたい。

たとえどんな手段を使ってもだ……」


そう言うと、プロデューサーは

一枚の紙きれを魔族に差し出した。


首を傾げながら紙きれを受け取る魔族。

プロデューサーが苦虫をかみつぶしたように

表情を歪める。


「……この紙に書かれている場所に、

君一人だけで訪ねてくれ。そこで

一人の男が君を待っている。

彼は敏腕ディレクターでね、

君が彼に気に入られれば、

この芸能界をまた這い上がって

いけるだろう。この意味が……分かるね?」


「……秘密のお仕事……ですか?」


表情を青くする魔族に、

プロデューサーが辛そうに頷く。


「彼の立場もある。このことが明るみに

なることはないだろう。だが当然、

君にとって辛い仕事となるだろう。強制はしない。

君自身がそれをするか決めてくれ」


あるいはプロデューサーは、この仕事を

魔族が断ってくれることを望んでいたいのかも知れない。


だが魔族は――


「……やります。これで『ノーカインド』が救えるなら」


瞼をきゅっと閉じて、そう答えた。



=============================



「いやあ、君がキィちゃんか。生で見ると

一段と可愛いんだねぇ」


ぶくぶくに太った中年男性が、

そう気安くこちらの肩に触れてくる。


魔族は背筋を震えさせながらも

「あ、ありがとうございます」と笑顔で応対した。


場所は都会にある高級ホテル。そこにあるバーにて、

ディレクターである中年男性と魔族は密会をしていた。


すでに酒に酔い顔を赤らめたディレクターが、

魔族の体をペタペタとさわってくる。

まるでこちらの体を品定めしているようだ。


その嫌悪感と恐怖心から体を強張らせる魔族。

そんな彼女に、ディレクターがニヤリと笑う。


「あれ? もしかして緊張しているの?」


「……わ、私……こういうの初めてで」


「初めて? へえ、意外。そうなんだ」


意外とはどういう意味か。

ディレクターが浮かべた笑みを深くして

さらにねちっこく体を触ってくる。


「大丈夫。怖がらなくてもいいよ。

私は結構うまいんだ。痛くしないからね」


「……お、お願いします」


「ああ……分かっているとは思うけど

これからすることは、決して口外しないようにね。

私と君との二人だけの秘密だ。ぐふふふ」


「……も、もちろんです」


「よし。それじゃあそろそろ、部屋に行こうか。

とびっきりの部屋を取ってあるんだ。

君もきっと気に入るよ」


ディレクターが用意した部屋は

高級ホテルのスィートルームであった。


部屋に入っていくディレクターに続いて、

震える足を懸命に動かして、

魔族も部屋に入る。これでもう――


逃げ道はない。


部屋に入った魔族は

恐る恐る俯けていた顔を上げた。


その部屋には――



おどろおどろしい城が描かれたベニヤ板と、

段ボールで作られた剣が置かれていた。



===========================


「ついに姿を現したな魔王め!

この勇者ディレクータが成敗してくれる!」


「ぬははははは! 勇者よ! よくぞ魔王城まで

辿り着いたな! だがこの私――

魔王キィチャリーンに勝てる者などこの世には存在しないのだ!」


魔王に扮した魔族の哄笑に

勇者に扮したディレクターが段ボールの剣を掲げる。


「ほざけ! いくぞ魔王め! 人々の苦しみを刃に乗せて、

必殺『ファイナルアタックブレイクソードファイナル』!」


「ファイナルが二回――ぐおおおおおおおおお!

やられんたぁああああ! さすが光の勇者ディレクター――」


「あ、ディレクータでお願い」


「すみません。さすが光の勇者ディレクータ! めっちゃ強い!

私の負けだぁああああああああああああ!」


魔王に扮した魔族がばたりと倒れる。

うつ伏せの魔族を、勇者に扮したディレクターが見下ろして――


「……はい、カット」


パチンと手を鳴らした。


「いやぁ、良かったよ。キィちゃん。最高だった。

君、やっぱり演技の経験とかあるんじゃないの?」


「あ……いえ、初めてです」


むくりと起き上がる魔族に、

ディレクターが満足そうにこくこくと頷く。


「この歳で勇者ごっこなんて恥ずかしくて

世間には見せられないけど、やっぱいいよね。

男はいくつになっても勇者に憧れるもんなんだ。

ああところで、段ボールの剣、痛くなかった?」


「だ、大丈夫です」


「それにしても、やっぱり魔王役を魔族がすると臨場感が増すよね。

本物の勇者になった気分になれたよ。ありがとね。

お礼に『ノーカインド』の仕事は私が何とかするよ」


そう言うと、ディレクターは段ボールの剣を肩に担いで

ハラハラと手を振った。


「それじゃあ私は自分の家に帰るよ。この部屋は

キィちゃんが泊っていってよ。ああそれと、

くれぐれも今日のことは内密にね」


パタンと扉を閉めるディレクター。


魔族はぐっと目尻に涙を溜めて――


「私……負けない。一番のアイドルになるんだもん」


そう決意を新たにした。

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