第49話 とあるあざまる水産よいちょまる
「なんだ、これは人間の赤子か?」
ある日。森を散策していた魔族は、
泣いている人間の赤子を見つけた。
恐らく、人間に捨てられたのだろう。
小汚いカゴに入れられた、
まだ一歳にも満たないだろう赤子に、
魔族は顔をしかめる。
「ふん。普段は我ら魔族を悪魔だと罵るくせに、
このような赤子を平気で捨ててしまうとはな。
人間とはかくも愚かな生き物よ」
そう独りごちて、魔族はその場を後にしようとした。
だが踵を返した足が、赤子の泣き声に自然と止まる。
魔族はやや逡巡したの後に、
舌打ちを一つして――
カゴに入れられた赤子を抱え上げた。
「ここで会ったのも何かの縁か。
いいだろう。この俺がお前を
立派な魔族に育ててやる。そしていつの日か共に、
お前を捨てた愚かな人間に復讐しようではないか」
魔族はそう呟くと、
赤子を抱えたまま森の奥へと歩いていった。
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「お父様」
六歳になった人間の子供にそう呼び掛けられ、
魔族はくるりと声に振り返った。
頬を紅潮させた人間の子供が、
誇らしそうに一枚の紙をかざしている。
その紙には、魔族と人間の子供が手をつないでいる
何とも微笑ましい絵が描かれていた。
「この緑色の魔族は…俺か?」
「はい。お父様と森を散歩しているところを
描いてみました。上手く描けていますでしょうか?」
頬を紅潮させたまま、
やや不安げに眉をひそめる人間の子供。
もじもじと体を揺する我が子に、
魔族は照れ臭いながら笑った。
「ああ。とてもよく描けているぞ。大したものだ」
「本当ですか? それは良かった」
ホッとしたように、満面の笑みを浮かべる人間の子供。
太陽のようなその笑顔に照らされて、
魔族は瞳を柔らかく細める。
「しかし、俺はこうも優男のような顔をするだろうか?
俺は魔族の間でも、強面として恐れられているんだがな」
「いいえ。お父様はいつも優しい顔をしています。
少なくとも、私はお父様を恐いと思ったことなど
一度もありません」
「はっはっは。そうかそうか。
それは魔族としては由々しきことだな」
こちらの笑いにつられたのか、
人間の子供も声にして笑った。
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「やあああああ!」
十二歳となった人間の子供が、
気迫の声とともに木の棒を振り下ろす。
魔族は人間の子供が振り下ろした木の棒を
さらりとかわすと、体勢を崩した子供の背中を
トンと軽く押してやる。
「わわ」とトテンと転倒する人間の子供に、
魔族はニヤリと笑みを浮かべた。
「どうした? この程度で参ってしまっては
とても魔族として人間とは戦えんぞ」
「何の、まだまだこれからです!
行きますよお父様! やあああ!」
素早く起き上がった人間の子供が、
また木の棒を力強く振り下ろした。
振り下ろされた木の棒を、
魔族が木の棒で受け止める。
軽々と弾き返すつもりだったが、
子供の思いがけない力強さに、
「おお」と目を見開いた。
「これは…いつの間にこれほどの力をつけたか」
「私とていつも遊んでいるわけではありません!
少しでもお父様に追いつけるよう、鍛錬を続けています!
勝負はこれからですよ!」
「お、お、おお」
人間の子供が振り回す木の棒を、
魔族はやや後退しながら受け止めていく。
まだ技術面では未熟ながらも、
一太刀の鋭さは中々のものだ。
(ほんの少し前までは、棒切れをろくに
振るうこともできなかったというのにな)
子供の成長の速さを実感して、
魔族は頬が緩むのを自覚した。
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「それではお父様、行ってまいります」
森で拾ってきた赤子は十八歳になり、
すっかりと人間の青年となった。
精悍な顔つきの我が子に、
魔族は重々しく頷いた。
「危険な任務だ。十分に気を付けるんだぞ」
「承知しています」
人間の青年がキリリと眉尻を上げ、
決意のある声で話す。
「国の中枢に潜り込み、内部から人間社会を破壊する。
これは容易なことではないでしょう。しかし、
私にしかできない任務です。人間の容姿を持ち、
魔族の心を持った私だけが、それができるのです」
「うむ。お前は優秀だ。武術も頭脳も、
並みの人間を大きく上回っている。
お前ならば必ず人間に信頼され、
高い地位に就くことができるだろう」
「そしてその時こそ、
私を捨てた人間に復讐し、
私達魔族の悲願を達成するときですね」
「……頼んだぞ。我ら魔族の未来は
お前の肩にかかっているのだ」
「お任せください。定期的に報告には戻りますが
しばらくは会うことができません。どうか
お体には気を付けてください。お父様」
「親の心配をするなど生意気だ。お前は、
自分の任務の遂行だけを考えればいい」
「はい。では……行ってまいります」
くるりと踵を返す人間の青年。
危険な任務へと向かうその青年を――
我が子の背中を――
魔族は一心に見つめていた。
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そして一年が経ち――
人間の青年が報告に戻ってきた。
「うぃいいいっす!
親父殿! 報告にきたっぜぇええ、ふううう!」
「……」
アクセサリーをじゃらじゃら付けた金髪の青年を
魔族はただただ無表情で見つめる。
反応のない魔族に、
人間の青年が「あらあら?」と
頭をカタカタ揺らしながらにやける。
「ご機嫌ななめって感じ?
親父殿。息子ちゃんが帰ってきたんだぜ?
もっとバイブスあげみざわしなきゃダメダメ。
へいへい」
ハイタッチを求めてくる人間の青年に、
魔族は無表情のまま手をかざす。
パチンの軽薄にハイタッチをする人間の青年に、
魔族はようやく口を開いた。
「……よく戻ってきた」
「うぃいいい。ひっさしぶりっす。
親父殿にまた会えて、感謝感激。
あざまる水産よいちょまる」
「……あざま……何だと?」
「嬉しいってことっすよお。
これぐらい分かんねえって、
やばたにえんだぜ親父殿。
大草原不可避」
「……う、うむ」
魔族は困惑しながらも頷き、
コホンと咳払いを一つする。
「それで、任務の首尾はどうだ?」
「余裕っすよ。俺ってばパイセンから
めっちゃ信頼されてっから、
すぐにぶち上げちまうぜ。ふううう」
「……そうか。まるで要領を得ないが、
順調ならば良かった。引き続き、
任務を継続してくれ」
「了解道中膝栗毛」
「……クリ?」
「んじゃあ、お疲れやーす。
街に帰還させてもらいやすね」
言うが早いか、
踵を返す人間の青年に、
魔族はやや慌てて声を掛ける。
「も、もう帰るのか。
久しぶりに会ったのだ。
もう少しここにいてはどうだ?」
「それNGっなんす。
これからダチとタピるんで」
こちらを振り返りもせずにそう軽薄に告げ、
人間の青年が森の奥へと消えた。
すでに姿を消した息子の背中を
しばし呆然と見つめた後――
「都会って……怖い」
魔族は深々と項垂れた。
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