第48話 とあるラッキースケベに愛された魔族
魔族は崖の上から村を睥睨すると、
その鋭い牙をニヤリと剥いた。
「ふっふっふ。脆弱で愚かなる人間どもめ。
貴様らの安寧の時は今、ここで終わりを告げるのだ」
二十年もの山籠もりを得て手にした最強の力。
それをもって人間に恐怖と絶望を与えてくれる。
魔族はそう胸中でほくそ笑むと、
とりあえず崖を下りるため、
くるりと踵を返そうとした。
その時、突如として足場が崩れ落ちる。
「のわぁあああああああああ!?」
崖から軽快に転がり落ちる魔族。
そしてそのまま村に落下して――
バシャンと水柱を上げた。
「ぬおおおお! あちあち! な、何だこのお湯は!?」
魔族はお湯の中で立ち上がると、
すぐさま視線をぐるりと巡らせた。
周囲には――
裸の女性が大勢いた。
「――きぃやあああああああああああああ!
変態! 変態の魔族よぉおおお!」
どうやら女風呂に落下してしまったようだ。
「ち、違うぞ! 俺はそんなつもりなど――
あいた! 桶を投げるな! いたたたた!」
裸の女性達から投げられる桶に、
魔族は堪らず脱衣所へと逃げ込んだ。
しかし――
「ぎゃあああああ! 変態! ここに変態がいるわぁあああ!」
当然ながら、脱衣所には着替え中の女性がおり、
脱衣所に飛び込んだ魔族に悲鳴を上げて、
近くにあるモノをこちらに投げつけきた。
「違うと言っているだろうが! 俺は・・・
俺はただ村を壊滅させて恐怖と絶望を――」
女性から投げられるクシやハサミやらが
体に突き刺さる中、魔族は涙目で絶叫した。
脱衣所を出るも、バスタオルで体を隠した女性が
まだ背後から追ってくる。
魔族は視線を巡らして、すぐ近くにある
小屋に身を隠した。だが――
「きゃああああああ! 女性のトイレに
魔族が! 変態魔族がぁああああああ!」
運悪く身を隠した場所が女性専用トイレであった。
複数人の女性にタコ殴りにあった魔族は、
涙目になりながら小屋をすぐさま脱出する。
「いたわ! みんなこっちよ!
ここに風呂を覗いた変態魔族がいるわ!」
「逃がさないわよ! トイレに侵入した変態め!
魔族のくせに変態だなんて、すごく変態だわ!」
「ちょっとみんな! あの魔族、変態みたいよ!
確かにどことなく、顔が変態チックだわ!」
「誰か! カメラない!? 変態魔族を撮って
世界中にさらしてやるんだから!」
「ヘーンタイ! ヘーンタイ! ヘーンタイ!」
「やめろぉおおおおおおおおおおおおおおお!」
女性達による変態コールに、
魔族は喉が破れんばかりに絶叫した。
「俺は――俺は変態じゃない!
二十年も修行をした最強の魔族なんだ!
それなのに――変態扱いするんじゃない!」
「何よ変態! 変態はみんなそう言うのよ!」
「そうよ変態! 風呂を覗いて女性トイレに侵入なんて
変態ここに極まりじゃない! キングオブ変態よ!」
「だから変態じゃない! 俺は、俺はただ――」
魔族は一度声を止め――
その言葉を口にした。
「ただラッキースケベに愛された魔族なんだぁああああ!」
しんと静寂が鳴る。
しばしの沈黙を挟み、
バスタオルを体に巻いた女性が、きょとんと首を傾げる。
「何それ? ラッキースケベに愛された?」
女性の疑問に、魔族は涙目で説明をする。
「だから・・・俺はよくこういった事態に・・・
ラッキースケベ的な状況に巻き込まれるんだ。
俺はただ人間に恐怖と絶望を与えたいだけなのに・・・
村に近づけば女だらけの水泳大会が開催されていたり、
一家を皆殺しにしようと小屋に入れば女性の更衣室だったり、
森にいた女を背後から斬りつけようとしたら、
その女が脈絡なく水浴びを始めたりと――」
ぽかんと目を丸くしている女性達に、
魔族は地団太を踏みながら声を荒げる。
「違うんだ! 俺が理想とする魔族はそうじゃない!
もっとこう・・・恐れられる感じがいいんだ!
俺を恐怖に慄いた目で見て欲しいんだ!
だというのに、俺に向けられる視線は、
今お前達が向けているような――
変態に対する嫌悪の視線だけなんだ!」
がっくりと地面に両手をついて
魔族は頭を振る。
「二十年・・・二十年も修行を続けて、
血のにじむような努力をして、
生死をさまよいながらも力を追い求めた。
その結果が――変態だなんて・・・
そんなの・・・あんまりだ・・・」
「・・・なんだか可哀想な魔族ね」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼす魔族に、
変態コールをしていた女性達が
憐れみの表情をする。
バスタオルを巻いた一人の女性が魔族に近寄り
項垂れる魔族の肩にポンと手を乗せる。
「・・・事情は分かったわ。
えっとつまり、貴方は私達に怯えてほしいのよね?」
「うう・・・そうだ。変態的な怯えじゃなくて、
魔族らしく、恐怖による怯えなんだ」
「だったら、ここでその修行の成果を見せればいいわ。
そうすれば、私達もちゃんと怯えてあげるから」
「ほ・・・本当か!?」
項垂れていた顔を上げる魔族に、
女性がニコリと微笑む。
「ええ。だから、ラッキースケベの運命になんかに
負けちゃダメよ。貴方の二十年の努力は、
そんなものに負けたりしないんだから」
「ううう・・・ありがとう。ありがとう」
天使のような言葉を掛けてくれた女性に
繰り返しお礼を告げて、魔族は――
意気揚々と立ち上がった。
「ぬははははは! というわけで、
俺が最強の魔族だ! 貴様ら人間どもに
恐怖と絶望を与えてくれようぞ!」
「きゃあああああ。いやああああ。
魔族よおおおお。怖いいいいいい」
「恐くって怖くって腰がぬけちゃったわあああ。
あああれぇええ。誰か助けてぇええええ」
約束通り、精一杯怯えてくれる女性達。
少々演技くさくもあるが、
魔族は気にすることなく哄笑する。
「ぬははは! 恐怖しろ! 絶望しろ!
その変態とはニュアンスの違う悲鳴を
俺に聞かせるがいい」
魔族の声に、女性がわたわたと右往左往する。
だが魔族から離れていく女性の姿はない。
こちらの気持ちが晴れるまで
最後まで付き合ってくれるらしい。
魔族は二十年にも及ぶ修行の成果を見せようと
高らかと両手を頭上へと上げた。
「さあ喰らうがいい! 俺の最強魔法!
『かまいたちが起こっちゃう系の魔法』!」
魔族の呪文により、
周囲に突風が吹き荒れる。
これで女性達をより怖がらせ、
魔族たる威厳を確固たるものにしようとした。
だが――
「きゃああああああああああああああああああ!」
突風によるかまいたちが、
女性の衣服と下着を容赦なく引き裂いていく。
「あれ?」
ぽかんと目を丸くする魔族。
服と下着を切り裂かれた女性達が
――だがどういうわけか無傷のようだ――
こちらに憤怒の視線を向けている。
「やっぱり――ただの変態魔族じゃないの!」
「なにがラッキースケベよ! 意図的スケベじゃない!」
「ち・・・違う! これは全身を細切れにする残酷な魔法のはずで
・・・あ、あれ? 何か失敗したのだろうか?」
困惑する魔族に、
全裸の女性達が一斉に物を投げつける。
「ふざけろ変態魔族! よくも騙してくれたわね!」
「死ね変態魔族! 二十年間も変態の修行をしてたのね!」
「ヘーンタイ! ヘーンタイ! ヘーンタイ!」
「違うんだぁあああああああああああああ!」
全裸の女性に追い立てられ、
魔族は泣きながら村から逃げていった。
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