第47話 とある一見、悪徳商法に見えて、ただ魔族退治を勧めているだけの男

「おう、来た来た。こっちだよ、こっち」


村にある小さな酒場。

その奥まった席――照明の死角となり影となっている場所――に

座っていたやつれた青年が、

そう言ってこちらに手招きをした。


やつれた男に促されるまま席に座ると、

やつれた男がニンマリと笑みを浮かる。


「うぃっす、うぃっす。どうも、はじめまして。

ま、かたっ苦しい挨拶は抜きにしてさ、

まず何か頼んじゃいなよ。はい、これメニューね」


男が酒場のメニューを手渡してくる。

むろん酒場だけに、ほとんどがアルコールの類だ。

だがまだ昼を過ぎたばかりのこの時間帯だ。

アルコールを頼むのは少々躊躇われる。


「いいじゃん。いいじゃん。お酒飲みたいんでしょ?

頼んじゃいなよ。飲みたいときに飲む。

これが人生を幸せに生きるコツだからさ」


そう話すやつれた男の前には、生ビールが置かれていた。

キンキンに冷えたビールに喉が鳴るも、

なんとか自制してコーヒーをオーダーする。


「お、なになに? 真面目じゃん。

いやいや、それもいいことよ。真面目最高じゃん。

これも人生を幸せに生きるコツだからさ」


結局何が人生を幸せに生きるコツなのか。


しばらくしてコーヒーが運ばれてくる。

運ばれたコーヒーを一口飲んだところで、

やつれた男が見計らったように口を開く。


「いや、今日はどうも。時間を取らせて申し訳ない。

だけど絶対に後悔させないから。これマジ約束できる。

みんながハッピーになる素敵なお話しって奴よ」


ここでやつれた男がやや前屈みになる。


「ところでさ、ぶっちゃけ今の生活に満足してる?」


眉をひそめるこちらに、やつれた男が大きく頷く。


「だよね? いやあ、分かるわ。つうかさ、

無理な話だよね。だって今、魔族がいるわけじゃん。

こんな世の中で満足できる奴なんて、どんなM野郎だって

ことなわけじゃん? ん? 今の笑うところだぜ?」


そう一人でカラカラと笑うやつれた男。

しばし一人笑いした後、

やつれた男が周囲を見回す素振りをして、声を潜める。


「だけどマジな話でさ、こんな世の中でも

楽しく生きたいわけじゃん? 

今回の話ってのはさ、ちょっとの努力だけで、

こんな魔族のいる世界でも幸せになっちゃおうって、

そういうお話しなわけよ」


やつれた男がさらに声を潜めて――

鋭い眼光を輝かせる。


「一日一回。一回でいいの。

一回だけでいいから――

村の近くにいる魔族を退治するんだよ」


・・・・・・


・・・・・・


何も反応しないこちらに対し、

やつれた男がおどけるように肩をすくめる。


「いやいやいや。難しいと思ってんでしょ?

分かるよぉ。みんな初めはその顔するんだもん。

でもこれが意外に簡単なんだって。

何も強い魔族を相手にしろってわけじゃないの。

スライム。そうスライム一匹でいいんだよ。

これなら自分でもできるって思わない?」


そう口早に語り、

やつれた男がビールを一口飲む。


「一日一回。スライムを退治する。

それだけで楽しい人生が約束される。

もしこれが本当の話ならお得だと思わない?

でもね・・・これマジなんだよ。

OK、OK。これからメカニズムについて

簡単に説明しちゃうね」


やつれた男がメモを取り出し、

さらさらと書き込んだスライムに×印を書き込む。


「スライムを一匹退治するわけじゃん?

そうするとね、1G、いい? 1G、スライムが落とすわけよ。

それでここ重要なんだけどさ、この1G・・・

なんと貰っちゃっていいお金なんだよね」


メモに1Gと書き込み、

男がすぐに頭を振る。


「ううん、ぜんっぜん犯罪じゃない。人間相手なら

これって窃盗だけど、魔族相手だと合法なんだよ。

法の抜け穴って奴? これってすごいことだと思わない?

ヒノキの棒で倒せちゃうスライムが1Gだぜ?

1Gあれば、安い宿に一泊できちゃうよ。それでね

これを十日間。休まずに続けると、いくらになる?」


やつれた男に促されるまま答える。

男が大きく頷いてメモに10Gと書き込む。


「そう、10G。これだけあれば、高級宿にも一泊できるぜ?

薬草? あれはぼったくり価格だから手を出すのは駄目だ。

どうよ。一日一回が面倒なら、最初は二日に一回でもいいわけよ。

それでも生活するには十分だからね。俺の知り合いにはさ、

このシステムを利用して、大金を手にした奴もいるからね」


メモから視線を上げて、

やつれた男がにやりと口元を曲げる。


「まだ疑ってるね。いいじゃん、いいじゃん。

こんなうまい話、簡単には信用できないよね。

疑り深いって長所だと俺は思うわけよ。

そういう人のほうが俺も信用できるし。

言いたいことはこうでしょ? 

お金だけ手に入っても、人生楽にはならないって。

仰る通り。でもね、このシステムのすごいところは

お金だけじゃないってことなの」


やつれた男が今度はメモに1EXPと書き込む。


「スライムを倒すとね、お金以外にも1EXPが手に入る。

あまり聞き慣れない? ええっと、つまり経験値って奴さ。

この経験値って奴は、君の肉体を強くしちゃうわけ。

つまりこのシステムを続ければ続けるほど、

君はどんどん強く、健康な体を手にできるわけだ。

ダイエット効果も実証されているしね。もう良いことづくしなわけ」


やつれた男が潜めていた声をやや張り上げる。


「世の中にはさ、怪しい話が沢山あるわけじゃん?

ヤバい薬を勧めたりとかね。そういうのってさ、

法律的にもアウトだけど、最後は身を滅ぼすんだよね。

俺はそう言うの大っ嫌いなわけよ。

やっぱ人に勧めるならみんな幸せにしたいよね。

その点このシステムは、法律的にもOKで、

お金も手にして、健康にもなれる。しかも痩せる。

もう迷う必要なくない? やるに即決だよね。

でもまだ焦らないで。なんと、これだけじゃないんだ。

むしろ、これから話すことが本質なんだけどね、

このシステムを利用していると――」


やつれた男が張り上げた声をまた潜めて――

その言葉を口にした。


「世界が平和になるのよ。これ・・・

冗談のように聞こえるけど・・・マジなんだよ。

だけどそのためには、君一人の頑張りだと・・・

ちょっと足りないんだよね。だからさ――」


やつれた男が、メモに人の絵を何人も書き込んでいく。


「君にはお友達にも、このシステムを紹介して欲しいのよ。

できるだけ大勢が良いかな。君がお友達を紹介してくれれば、

君もお友達も幸せになれるし、お金もたくさん手に入る。

そして世界も平和になる。みんなでハッピーになろうよ」


やつれた男がそうほくそ笑み、

ビールを一息にあおる。


そして連絡先を書き込んだメモを千切り取り、

それをこちらの前に置く。


「焦ることないから、ゆっくり考えてね。

ここに連絡先を書いておくから、

質問があったら遠慮なく言ってちょうだいよ。

そんじゃ、今日はお話しを聞いてくれてありがとうね。

良い返事を期待してるから」


こうして、やつれた男は酒場を出て行った。

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