第46話 とある森の散歩道と殺戮魔獣

「今日もいい天気ね」


周囲には誰もいない。


にもかかわらず、

その言葉をわざわざ口にしたのは、

自身の愛犬に聞かせるためであった。


リードにつながれた子犬が

きょとんと不思議そうにこちらを見上げている。


愛犬のその愛らしい姿に、

女性はとろんと表情をとろけさせた。


「貴方もそう思うのね。ラッキー?」


当然ながら愛犬――ラッキーから返事はない。

だが女性には、愛犬の声が確かに聞こえていた。


女性は満足して頷き、

のんびりと歩を進めていく。


慣れた散歩道。森の獣道だが

もはや目をつむっていても道を違えることはない。

女性は温かな日の光を全身に浴びながら

のどかな愛犬との散歩を楽しんでいた。


ここで、前方に人影が現れる。

女性はその人影に気付き、頬を緩めた。


女性と同様に、いつもこの森の中で

ペットを散歩させている、ペット愛好家の仲間だ。


見知った顔に、女性は朗らかに微笑んだ。


「こんにちは」


「まあ、こんにちは」


女性の挨拶に、ペット愛好家の仲間が朗らかに挨拶を返す。

ペット愛好家の仲間が連れているペットを一瞥して、

女性はニコリと目を細める。


「リリィちゃんのお散歩ですか?」


「ええ。そちらもラッキーちゃんの?」


見れば分かるようなことを互いに確認して

女性は「ふふ」と肩を揺らす。


「ラッキーちゃんたら、最近太ってきちゃってね。

健康のために散歩は欠かせませんよ」


「アン! アン!」


こちらの太った発言に機嫌を損ねたのか、

ラッキーが抗議するように吠える。


ペット愛好家の仲間が「それはそれは」と微笑み、

自身が連れているペットを見やる。


「でもそれはうちのリリィちゃんも同じですわ。

見て分かると思いますが、ぷっくりとしちゃって」


「ガルゥウウウウウ! ガァアアアア!」


ラッキー同様に、主人の発言に反発して

リリィが肉食獣剥き出しに吠える。


ペットからの可愛らしい抗議に

主たる女性とペット愛好家の仲間はクスクスと笑う。


「怒られてしまったわね。ごめんなさいラッキー。

家に帰ったら、おいしいミルクを上げるからね」


「くぅーん」


途端にしおらしくなるラッキー。

本当にこちらの言葉が分かっているようだ。


ペット愛好家の仲間もまた、

自身が連れているリリィにニコリと微笑む。


「リリィも機嫌を直してね。

家に帰ったら、おいしい生き血を上げるからね」


「ぐじゅるぶじゅるべじょろ」


途端にしおらしくなるリリィ。

どちらのペットも本当に現金なことだ。


「うふふ。これじゃあいつまでも痩せそうにないわね」


「うふふ。そうね、お互い甘やかしてばかりでいけないわ」


反省を口にしながらも、その華やいだ表情を見る限り、

自身の行動を改めることはお互いにないだろう。


女性は「ああ、でもね」と思い出したように

手をぱちんと鳴らす。


「ラッキーにはちゃんと躾をしているのよ。

見ていて下さる? ほらラッキー。お座り」


主の指示に従い、ちょこんとその場で座るラッキー。

尻尾を振りながら座り続ける忠実なペットの姿に、

ペット愛好家の仲間が「すごいわ」とパチパチと手を鳴らす。


「すごくお利口さんね。でも、うちも負けてないわ。

いくわよリリィ。破壊光線放射」


主の指示に従い、口から破壊光線を放射するリリィ。

破壊光線が森を蹂躙し、樹々を消滅させる。

忠実なペットの姿に、女性が「すごいわ」とパチパチと手を鳴らす。


「これだけの光線が出せれば、星の半分を壊滅させるのも容易ね」


「貴方のほうこそ、きちんとお座りができるなんてすごいわ。

私のリリィなんて、言うことを全然聞いてくれなくてね。

この前も、私が指示する前に冒険者を4人やっちゃったのよ」


「まあ。でもそういう言うことを聞かないところも?」


「カ・ワ・イ・イ。ふふ。駄目な飼い主だわ」


互いのペットを褒め合い、クスクスと笑い合う。

何てことのない日常。だがこの日常こそ、

女性の何よりの楽しみでもあった。


「それじゃあ、今日はこの辺で」


「ええ。ごきげんよう」


女性の別れの言葉に、ペット愛好家の仲間が律儀にお辞儀をする。

互いにすれ違い、散歩を続ける二人。

また近いうちに、この散歩道で出会うだろう。

ゆえに会話もほどほどで十分なのだ。


そんなことを考えながら歩いていると、

女性の背後から声が聞こえてきた。


「見つけたぞ! この凶暴な殺戮魔獣を連れた魔族め!

仲間の敵討ちだ! ここで成敗してくれる!」


見知らぬその声に、

ペット愛好家の仲間が軽やかに声を上げる。


「うぉおおおおのれ! ペットを愛することもない心の無いクソ人間が!

返り討ちにしてくれるわぁあああ! 食い殺せ! リリィイイイイ!」


「ブリョボロオオオオオオオオオ!」


元気よく吠えるリリィの声も聞こえてきた。

途端に賑やかになった背後の声に、

女性はまた口にする必要のない言葉をラッキーに告げた。


「もしかしたら、リリィちゃんとはもう会えないかもしれないわね」


きょとんと首を傾げるラッキー。


何も理解していない最愛のペットに女性はニコリと微笑むと、

ペット愛好家の仲間とリリィの断末魔を背に受けながら

森の散歩を再開させた。

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