第43話 とある仲間になりたそうな顔を練習する魔族

とある魔族が同士に言った。


「勇者は強い。真正面から立ち向かったところで

勝つ見込みはないだろう。

そこでだ同士よ。俺は一計を案じてみた。

勇者の仲間になるというのはどうだろう?」


その提案に、同士たる魔族は憤慨する。


「何と貴様。勇者に下るというのか。

この恥知らずが。死ねタコ。このカス。ゴミ。

お前小6までおねしょしていたらしいな」


同士たる魔族の罵声に、

魔族は「まあ、落ち着け」と穏やかに告げる。


「本当に仲間になるわけではない。

つまりそう見せかけて油断したところを

襲ってしまえばいいということだ」


「ほう、なるほど。それは良い案だ。

昨日の敵は今日の友と言うからな」


「ふむ。まるで逆の意味だがまあそうだ。

あと俺は小学校に通ってないゆえ

おねしょの件は――」


「そうと決まれば早速準備だ。ふはははは。

勇者の泣きっ面が目に浮かぶようだ。

正確に言うと、こう……水晶体あたりの濁りとして――」


意気揚々と何やらを叫んでいる同士に、

魔族はコクコクと意味なく頷いていた。



―――――――――――――――――――――



「勇者の仲間になるためには、まずは

『仲間になりたそうな顔』というものを

学ばねばならん。と言うわけで彼女を呼んだ」


魔族は同士にそう告げて、

一人の女性を紹介する。


「はい、こんにちは。印象心理学の

スマイル・キラーです。今回はみなさまの

『仲間になりたそうな顔』について

レクチャーさせて頂きます」


「よろしく頼む。因みに、スマイル・キラーとは?」


同士の問いに、女性はハツラツと答える。


「私の通り名よ。殺人鬼すら笑顔に変えてしまうという

ところから来ているものだと信じているわ」


「直訳すると『笑顔の殺人鬼』だが?」


「そこらへんはよく分からないの。

じゃあ早速レッスンを始めましょう」


色々な疑問を置き去りにして、

印象心理学の女性が授業を始める。


「では私のポーズを真似てみてくださいね。

はい『仲間になりたそうな顔』ポーズ!」


女性は妙に腰をくねらせた後、

首を捻らせつつ上目遣いにこちらを見てきた。


女性の長い睫毛がパチパチと瞬く中で、

二人の魔族は疑問に首を傾げた。


「……これが『仲間になりたそうな顔』なのか?」


「そうよ。はい。二人ともやってみて」


「いや……しかし」


渋る魔物たち。


なぜか腕で胸を寄せて、

胸の谷間を作っていた印象心理学の女性が

(むろん二体の魔物はオスなのだが)

「もう」とプリプリと怒り始める。


「どうしたの? 貴方たちがレッスンを

してくれって言ったんでしょ?」


「しかしこれは……あまりに露骨ではないか?」


「ふむ。自然ではないな。狙いすぎているような気がする」


「ああ、はいはい」


魔物の意見に、女性は呆れたように肩をすくめる。


「よく言われるのよ。

ぶりっこだとか、あざといとか。はあ? って感じよ。

印象を良くするために努力することの何が悪いの? 

自分では何の努力もせず自然体の自分を周りに分かってほしいなんて

都合の良いことを言う人が、そういうひがみを口にするのよ」


「むう……そういうつもりではないのだが……」


「ふむ……あまり演技くさくとも引かれるのではないか?」


「そう言うのは、実際に体験してから言ってちょうだい。

えい『仲間になりたそうな顔』」


女性が再び先程のポージングをして見せる。


すると不思議なことに、第三者的視点から見た時には

あざとく見えていた女性が――


とても仲間にしたくなる顔に思えてきた。


「おお、これは何とも不思議な。確かに仲間にしたい感じだ」


「しかり。これは魔法か幻術か。実際に体験すると

あれほど不自然なポーズがごくごく自然なものに見えてくるぞ」


魔族からの賛同を得て、女性がポーズを崩さないまま大きく頷く。


「ほらね。さあ、あなた達も私の真似をして。

はい『仲間になりたそうな顔』」


「よし、うりゃ『仲間になりたそうな顔』!」


「ふむ、とりゃ『仲間になりたそうな顔』!」


ポージングを真似する魔族に

女性が喝采を上げる。


「いいわ、二人とも! とっても可愛いわよ!

それじゃあさらにランクを上げて、えりゃ!」


女性が尻を突き出すようにしてポーズを取り、

ちゅっと投げキッスを投げる。


何ともハイレベルな『仲間になりたそうな顔』に、

二人の魔族の全身に武者震いが走る。


「これは……ふふ、何と高き壁か。

だが昇りがいがあるというモノ」


「しかり。我らはもう止まりはせん。

勇者をこの手に打つため、このポーズをマスターしてくれよう」


二人の魔物が女性のポージングを真似る。

魔族からの投げキッスを受けて、女性が興奮をさらに高める。


「いいわ、いいわ! その意気よ!

それじゃあドンドン行くわよ! えい! やあ! はあ!」


「なんの! はあ! とお! えりゃあ!」


「あん! ふぅん! あはぁあん!」


こうして魔族は厳しい訓練を得て、

ついに『仲間になりたそうな顔』を会得した。



――――――――――――――――――――――――――――



「同士よ。我らはもはや無敵だ。

我らの『仲間になりたそうな顔』を見れば

勇者も我らを仲間にしたくてたまらんだろう」


「ああ。奴らが涎を垂らしながら、

はあはあ荒い息を吐いて、我らを仲間にしたいと

白目を剥いて拝み倒す姿が目に浮かぶようだ」


同士の言葉に、魔族は大きく頷く。


「しかり。では早速勇者の仲間に……

と言いたいところだが、勇者の居場所がまだ分からん。

そこでだ、丁度そこにいる冒険者に

我らの修行の成果をためしてみようではないか」


「それは良い考えだ。

ふふふ。我らを仲間にしたいと、

奴らが舌を引き抜きながら懇願する姿が――」


「よし、では行くぞ!」


特殊な理想を語る同士の言葉を遮り、

魔族は剣を振り上げて冒険者へと迫り行く。


『仲間になりたそうな顔』をするためには、

まずは戦闘に敗北する必要があるのだ。


「ふはははは! 冒険者よ!

我らと勝負しろ! 我らに勝利した時、

それはすなわち、貴様らの敗北が決定し――」



「古代魔法――パフパフ!」



冒険者が繰り出した古代魔法が、

二人の魔族を一瞬で消滅させた。



おわり。

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