第42話 とある城がほしい魔族と不動産

「ぐぅわあああ! 馬鹿な! この私がぁああ!」


断末魔の声を上げて一体の魔物が倒れる。


倒れた魔物のすぐそばで、巨大な剣を抱えた

魔物が勝鬨の声を上げる。


「ふははは! 他愛ない! これが

この周辺で一番強いとされる魔族か!

手ぬるいわ! これでこの周辺一帯は

この我が支配したことになる!

恐怖と絶望を全ての生命にくれてやろうぞ!

ふははははははは!」


巨大な剣を掲げて哄笑する魔族。

ひとしきり笑い終えた魔族は、

剣を地面に突き刺して、

ふむと頷く。


「差し当って、まずは我に相応しい城を

用意せねばならんな」


そうして魔族はくるりと踵を返した。



―――――――――――――――――――――――



「はあ……お城……ですか?」


支配した土地周辺の不動産を取り仕切る

『スマイクメイト』を訪れた魔族は、

首をひねる従業員に向けて、大きく頷く。


「うむ。この周辺一帯はもはや我のもの。

よって城を建て、そこで勇者を迎えようということだ」


「はあ……まあよく分かりませんが」


従業員がパラパラと資料をめくりながら

眉をひそめて尋ねてくる。


「因みに賃貸ですか? それとも購入を検討で?」


「むろん購入する。賃貸の城で勇者を待つ

魔族などいるはずもなかろう」



「購入ですね……えっとご予算はいかほどを想定していますか?」


「これだけ用意できるぞ」


魔族は何本か指を立て、従業員に金額を伝える。


その途端、従業員の顔がしかめられた。


「お客様。それだけのお金で、

お城なんて購入できませんよ」


「何? で……では、もう少しだけ出せないことも」


「いえいえ。安い城でもその何十倍は掛かりますよ」


従業員の言葉に、魔族は顔を蒼白にした。


「なんと……そんなに掛かるモノなのか。

貴様、我が田舎者だと憚っているわけではあるまいな。

あんなもの、石を積み上げるだけであろう」


「冗談言わないでくださいよ。大きな建造物を作るには、

緻密な計算と膨大な労働力が必要なんです。

そんな積み木を組み立てるのとはわけが違うんですよ」


やや強い口調で反論され、

魔族はしゅんと肩を落とす。


「申し訳ありませんが、うちではご期待に

添えることはできません。他をあたってください」


「しかし……魔族に建築技術などない。

こればかりは人間に頼むしかないのだ」


従業員は大きく溜息を吐き、

ペン先で机をコンコンと叩き始める。


「そもそも……なんで城なんです?

何人で住む予定なんですか?」


「むろん我一人だ。我は最強ゆえ

仲間など不要だからな」


「はい? 一人ですか?」


「ちなみにこれが、我の理想とする

間取りとなるのだが」


自作の間取り図を従業員に手渡す。

すると従業員の表情がますます険しくなった。


「……なんでこんな迷路みたいなことになってるんですか?」


「素晴らしかろう。勇者を迷わせるための策だ。

そう簡単に我のもとにたどり着けんようにな」


「一人でこんなバカでかく、迷路みたいな城に?」


また従業員が大きく溜息を吐く。


「たまにいらっしゃるんですよね。

お客様みたいに見栄えや恰好だけを重視して

住宅を選んでしまう人が。いまはやりの

デザイナーズ何とかもそうですが。

プロの意見としてハッキリ言いますよ。

そんな建物なんてゴミみたいなモノです」


「ご……ごみ?」


ポカンとする魔族に、

従業員が力強く頷く。


「はい、ゴミです。まあ賃貸なら別に構いませんが、

購入するならば、そんなもの止めるべきです。

住宅に重要なのは何を置いても住みやすさです。

なんか風呂が透けるとか馬鹿なことで喜ぶ輩もいますが、

そんなもの暮らすうえで百害あって一利なしですよ。

まずは生活をする上での、動線を考えないと」


「ど……動線?」


「はい。例えば洗濯場から洗濯物を干すまでの動線ですね。

毎日のことなので、この動線は極力面倒がないほうが良いんです。

お客様の提示した間取りでは、毎度毎度洗濯物を干すのに

こんなに長い通路を歩かなければなりません。

これでは面倒でしょう?」


「……確かに」


「その他にも色々問題ありますが、

基本的にデカすぎます。そのくせ足りない部屋が多い。

お客様はお一人だということですが、将来もずっと一人身という

わけではないでしょう?」


「それは……そのうち我に見合う妻をめとるつもりではいるが」


「ではそれも考慮して、寝室はもう少し大きく、家族が共に過ごすリビング、

あとはそうですね、子供部屋も用意しておきましょう。子供ができるまでは

書斎など他の用途に使用すればいいですから。

その他必要な部屋以外は、全部なしで」


「……しかしそれでは勇者が一直線に我の元に来てしまうのでは?

み……見てみろ、この部屋など宝箱を置いてそれらしい演出を……」


「無意味なので却下です。そもそも来客を迷わせる家など

ありません。一直線に来てくれた方が用も早く済ませられるでしょう?」


「ふ……ふむ」


「あとここはこうして……これなんていかがです?」


「う……うむ。なるほど……」


それ以降、魔族は従業員の提案に

ペコペコと頷くばかりであった。



―――――――――――――――――――――――


それから一年して、魔族は待望の城を購入した。

もっともそれは、あくまで魔族の気持ち的なもので

実際はただの平凡な一軒家であった。


そして家を建ててから一か月後、

魔族を討たんと一人の冒険者が現れる。


「ふはははは! よく来たな冒険者よ!

勇者でないことが残念だが、

丁重に迎えてやろうぞ!」


そういうと魔族はスリッパを用意して、

冒険者をリビングへと招いた。


リビングはとても綺麗なフローリングで

まだ物が少ないが、丁寧に掃除がされており

魔族がこの家をとても大事にしていることが窺える。


「ふはははは! さあ茶を飲め!

そこの座布団に腰掛けるがいい!」


用意された茶菓子を冒険者が一口頬張る。

シンプルな饅頭だが、口の中にあんこの甘みが広がり

とても美味であった。


「すまないが剣はこちらに預からせてもらう。

せっかくの部屋が傷付いては敵わんからな」


冒険者は多少躊躇うも、剣を魔族に渡す。

魔族は受け取った剣を丁重に扱い、

そっと壁に立て掛けた。


とても穏やかな空気が流れる。

冒険者が「素敵な家ですね」と告げると、

魔族はとても嬉しそうにはにかんだ。


「そうだろう! 我も気に入っておる!

とても住みやすく居心地が良い!

未来に待つ我の妻も、気に入ることだろう!

まこと、良い不動産に巡り合えたものだ!」


それから魔族と軽い談笑をして、

冒険者は渡された土産を手にして、

魔族の家を後にした。

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