第41話 とある暗殺協会とツインテールの暗殺者

魔族が打倒すべき存在。

それは言うまでもなく、勇者だ。


だが勇者は強敵であり、

まともには戦うことができない。


ならばどうするか?

答えは簡単だ。


自分に殺せないのなら、

他人に殺してもらえばいい。


しかもそれが、殺しの専門家であれば、

これほど心強いことはないだろう。


暗殺協会。

人間が組織するその協会は、

金さえ積めば暗殺を請け負う。

その相手が魔族であろうと、人であろうと――


勇者であろうとだ。



魔族である自分が人の組織である暗殺協会に

殺しの依頼をするなど不満ではある。


だが勇者を始末するにはそれが最適だろう。


人の殺し方を熟知している存在。

それは魔族でなく――


人自身なのだから。




深い森の奥に二人の魔族がいる。

額から一本の角を生やした魔族と、

額から二本の角を生やした魔族だ。


彼らはこの森で、

暗殺協会から派遣された暗殺者と

会うことになっていた。


そしてその約束の時刻になり――



約束の時刻から10分が過ぎ――


約束の時刻から20分が過ぎ――


約束の時刻から30分が過ぎ――



暗殺者が彼らの前に姿を現した。



「はーい。暗殺協会会員番号666の

暗殺者でーす。よろしくお願いしますねぇ」


二人の魔族が声を失う。


ヒラヒラとミニスカートとツインテールを揺らして

意味なく体を回転させている少女に、

一本角が躊躇いつつ尋ねる。


「……お、お前が暗殺者だと?」


「はいぃい。『背後の足音』ですぅ」


「背後の……何だそれは?」


「コードネームですぅ。背後に足音が聞こえた時には

すでに暗殺を終えているとか、そんな理由から

あたしが付けました。可愛くないですぅ?」


可愛くはない。

渋い顔をする一本角に、少女が調子よく言葉を続ける。


「あたしに任せてくれれば暗殺は成功したも当然ですよぉ。

なにせ、人を殺し続けて三十年のベテランでありながら

まだ十五歳のピチピチ少女ですからねぇ」


「三十年のベテランが十五歳では矛盾してるぞ」


「そこら辺は乙女の秘密で上手く隠されていますぅ。

とにかく新人ではないので大船に乗ったつもりで、

氷山に衝突とかしちゃってくださいぃいい」


ようは新人だということか。

一本角はむすっと表情を渋らせる。


「勇者の暗殺依頼に、随分と舐めた人材を派遣したものだな。

それとも人類の希望たる勇者と敵対する意志など、

さすがの暗殺協会にもないということか」


「ええぇえ? そんなことないですよぉ?

相手が勇者であろうと隣町の土喰いおじさんであろうと、

暗殺協会は平等に暗殺しますぅ。事実、

あたしという可愛い暗殺者が派遣されているじゃないですかぁ」


「俺たちが必要とする暗殺者に可愛らしさなど必要ない。

必要なのは純然たる実力だけだ」


「可愛さと実力は比例関係にあるっていう、

隣町の土喰いおじさんの見解を知らないんですか?」


「知らん。というかなんだ? さっきから登場する

その土喰いおじさんとは?」


「土喰いおじさんは土喰いおじさんですよぉ。

それ以上でも以下でもありませんよぉ」


以上でも以下でもなかろうと、

ベースとなる土喰いが分からない。


一本角は大きく嘆息して頭を振る。


「何にせよ、この依頼はなかったことにさせてもらおうか」


「ええぇえ? それは困りますよぉ。

高額の依頼料が入ると思って、

『フリルのついたピンクのリボン』と

『血吸いの魔剣 ビビデバビデブゥ』を

予約注文しちゃったんですからぁ」


「乙女と殺戮を同時注文するな。

そもそも大切な仕事に遅刻するような

暗殺者など信用するに値しない」


「それは大きな誤解ですぅ」


頬をぷうと膨らませる少女。

眉をひそめる一本角に、

少女が唇を尖らせて釈明を口にする。


「あたしは時間通りに来ようとしたんですよぉ。

でも途中に立ち寄った街で、想定外のことがありましてぇ」


「なんだその想定外とは?」


少女に尋ねる一本角。

すると少女がぱぁと表情を華やがせて、

懐から一枚の色紙を取り出して、それを掲げて見せた。


怪訝な顔をする一本角に、

少女がきっぱりと言う。


「勇者様のサイン会があったんですぅ。

それに並んでいて遅れてしまいまいたぁ」


「おいぃいいいいいいいいいいいい!」


にこやかにそう話す少女に、

一本角が全力でツッコミを入れる。


「これから暗殺する人間のサイン会に並んでどうする!

貴様やはり初めから勇者を殺すつもりなどないな!?」


「ええぇえ? それは違いますぅ。これから殺すからこそですぅ。

だって勇者様が暗殺されれば、このサインが貴重になるじゃないですかぁ」


「だからって普通もらうか!? ていうか様づけしているあたり、

本当に殺す意思があるのか非常に疑わしいぞ!」


「すごく素敵な人でしたよぉ。

周囲に何人も女の子をはべらせていて、

ラッキースケベばかり起こしていましたぁ」


「そのエピソードのどこが素敵だぁあああ!?」


「DT野郎の醜い欲望剥き出しの夢じゃないですかぁ」


「なおさらどこが素敵だぁあああ!?」


そう一本角が堪らず声を荒げたところで――


「もういい!」


と、鋭い声が鳴った。

その声の主は、これまで沈黙を続けていた

額から二本の角を生やした魔族であった。


突然の怒声に、パタパタと大きな瞳を瞬く少女。

その少女に向けて、二本角が巨大な剣を構える。


「貴様ら暗殺協会の意志は分かった。

ならばこちらも相応の答えを出さねばなるまい。

貴様の首を掻っ切り、ふざけた協会に突き出してやろう」


「ええぇえ? すごい急展開ですぅ?

まったくもって理解不能ですよぉ」


「黙れ! 魔族を侮辱したことを後悔するがいい!

喰らえ! 必殺ファイナル・スパーク・レボリューシ――」


「えい、パンチ」


巨大な剣をクルクルと回していた二本角に、

少女がおもむろに右拳を突き出した。

すると――


「ぐぶぇぼらべらぼへあああああああ!」


小さな拳に打たれた二本角が、

そんな絶叫を上げて体を四散させた。


まるで体内で爆薬が爆発したように体を散らした二本角に、

ぽかんと目を丸くする一本角。


突き出していた右拳を引っ込めた少女が――




こちらを感情のない瞳で見つめてくる。




「……騙しましたね。依頼にかこつけて、

初めから暗殺協会に仇成すことが目的だったんですねぇ」


「あ……いや……違う……ごご……誤解だ」


喉が委縮してうまくしゃべることができない。

じっとこちらを見据えている少女。

さきほどまで取るに足らない

ただの小娘であったはずのその人間が――


今はどんな凶悪な魔族よりも恐ろしく見えた。



「あ……あああああああああ!」



踵を返して、全力で少女から逃げる。

肺が痺れて呼吸がうまくできない。

そのため、すぐに呼吸が苦しくなる。

だがどれだけ苦しかろうと、

足を止めることだけはしなかった。


少しでも少女から離れたかった。

少女の視界から存在を消したかった。

それだけを願い、闇雲に足を前に投げ出した。



だが――



だがしかし――



一本角は聞いてしまった。



背後から鳴る――






少女の足音に――




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