第40話 とあるハンサムな青年と湖の女神

とある森の奥深く。


剣を切り結ぶ人間と魔族がいた。


「もらったああああ!」


「ぐわああ!」


魔族が振り上げた剣が、

人間の剣を弾き飛ばす。


人間の剣は大きな弧を描きながら

すぐ近くにある湖へとポシャンと落下した。


「ぐふふふ。これで貴様も終わりだな」


ほくそ笑む魔族に、

人間が沈痛に言う。


「くそ……馬鹿な。この俺が……

この俺が負けるなど……」


「ふふふ。相当に腕に自信があったようだな」


「この……この俺が……」


人間が声を荒げて絶叫する。


「金持ちの家庭で何不自由なく生活を送り、

素敵無敵なハンサムフェイスで何百の女を食いものにし、

バレンタインには村がチョコで埋まるとまで言われたこの俺が、

こんな貧相ないかにもモテない魔族に負けるなど

あっていいものかあああああああああ!」


しんと静寂が鳴る。


沈黙する魔族に、人間がズビシと指を突きつける。


「ぬううう! さては貴様、不細工協会が送り出した刺客だな!

ハンサムすぎて世界中の女を手中に収めるだろうこの俺に

恐れをなした! そうに違いない!」


「……何を言っているのかは分からんが」


魔族はゆっくりと剣を掲げる。


「貴様がムカつくということだけは理解した」


「ぬわわわ! 待て! 俺はここでは死ねん!

勇者となり今度は姫を手中に収めんがために――」


何か言っている人間に、

魔族が思いっきり剣を振り下そうとした――

その時――



湖が突如パアアアと輝き――

それはそれは美しい女性が

湖の中から現れた。



ぽかんと目を丸くする人間と魔族。

二人の呆けた視線を受けつつ、

湖の中から現れた女性が声を紡ぐ。


「貴方が湖に落とした剣は、

この金の剣ですか?

それとも銀の剣ですか?」


「こ……これは?」


魔族は疑問符を浮かべるも、

すぐにその湖から現れた女性の正体に気付く。


湖の女神。噂で聞いたことがある。

湖に落とした物を拾い上げ、

持ち主に返すという女神だ。


だがこの時に女神は、高価な品物を二つ手にして

そのどちらを落としたのか尋ねてくる。

しかしその二つに落とした品は含まれていない。


正直に答えた者には高価な品物を渡すのだが、

嘘を吐いた者には落とした物さえも返されないという

なかなか捻くれたことをするという。


(まさか……この湖にその女神がいたとは)


どうやら人間はこの女神を知らないらしく、

女神の問い掛けにぽかんと目を丸くしている。


だがもしも人間が――


(正直に答えたら、人間に強力な武器が渡ってしまう)


それを阻止しようと、魔族は改めて剣を振り上げる。


だが遅かった。


人間は魔族が攻撃体勢に入ったのを見て――


こう口早に女神に答えた。


「お……俺が落としたのはその金の剣と銀の剣です!

すぐにそれを返してください!」


(――なんだと!?)


当然、人間が持っていた剣は、そんな大層なものではない。

金持ちだと自慢していたわりに、装備していた剣は

ただの鉄の剣だ。つまりこの人間は――


女神に嘘を吐いたのだ。


(馬鹿め。千載一遇のチャンスを逃しおって)


そう笑う魔族。

女神が小さく溜息を吐き――


「残念ですが、貴方は偽りを――」


ここで女神の目と人間の目がパチリと合う。


するとその途端――


女神の頬が――


ほんのりの朱色に染まった。


「……ん?」


怪訝に眉をひそめる魔族。

顔を赤くして沈黙する女神に、

人間が催促の声を上げる。


「どうしたのですか。それは僕の武器です。

すぐに返してください。魔族と戦わなければならないのです」


「え……あ……いや……でも、嘘ついたから」


人間を見てモジモジと体を揺らす女神。

人間が焦るように声を上げる。


「何を躊躇っているのです。さあ早く。

そこの美しいお嬢さん!」


「う……美しい!?」


ボンと頭から湯気を上げる女神。

そして僅かに逡巡の色を見せた後に――


「どどど……どうぞ。お受け取り下さい」


女神が金の剣と銀の剣を人間に渡した。


「なんだとおおおおおおおおお!?」


女神の行動に困惑する魔族。

女神から武器を受け取った人間が、

ニコリと爽やかな笑顔を見せる。


「ありがとう。助かったよ。

美しいお嬢さん。君、名前は?」


「え……あ……湖の女神です」


「そう。女神さん。こんな森の中で出会うなんて

偶然とは思えないな。これは運命なのかもね」


「ううううう……運命!?」


「僕は君が他人とは思えない。そう。

僕と君は運命が引き合わせた、特別な関係――」


「あわわわわ! ももも……もう渡す物は渡したので

私は湖に帰りますね! それじゃあ!」


そう言って、湖に勢いよくダイブする女神。

明らかに狼狽していた女神に――


「ふ……照れちゃって。可愛い娘だ」


人間が何かほざく。


「さあ! 新たな武器が手に入ったところで

戦いの続きだ。今度は先程のようには――あ?」


人間が金の剣と銀の剣を構えたところで、

魔族はそれを二本とも弾き飛ばした。


ぽかんとする人間に――


「くだらん茶番を……これで終わりだ!」


再び剣を振り下す。


だが――


またも湖が輝き、女神が姿を現した。


しかも――


「……なぜ、おめかしして化粧をしている?」


精一杯のオシャレをしている女神に問う魔族。


だがそんな魔族など目にも入らないのか、

頬を赤らめた女神が両手に持ったものをかざす。


「あ……コホン……貴方が落とした物は、

この最強の武器と名高い覇王の剣ですか?

それとも最強の鎧と名高い覇王の鎧ですか?」


「うおおおおおおおおおおおおおい!」


脈絡なく最終装備を持ち出した女神に

魔族は声を荒げた。


「なんだって武器のレベルがうなぎ上りになってんだ!

女神とやら! 貴様、魂胆が見え透いているぞ!」


「うるさいわね! 不細工は黙っててちょうだいよ!

いま大事なところ何だからね!」


魔族に罵声を浴びせ、女神が再度人間に尋ねる。

当然人間は――


「両方とも僕のです。美しいお嬢さん」


平然と嘘を吐いた。


すると女神が「ああん」と何を感じたのか

くねくねと体をくねらせて、

両手の最終装備を人間に差し出す。


「正直者には両方差し上げます♪」


顔を火照らせて湖に帰る女神。


最終装備を身に着けた人間が

魔族に向けて声高に叫ぶ。


「さあ! 今度こそ真の決着だ! 

この装備があれば貴様など――ぎゃふん!」


豚に真珠。装備を使いこなせない人間を、

魔族は蹴りつけてやる。すると――


人間が湖に落ちた。


そしてまた――


湖が輝く。


今度は――


なぜかウェディングドレスを着た女神と、

その女神を腕に抱えた人間が湖から現れた。


人間の腕に抱えられた女神が、

目を艶っぽく潤ませて呟く。


「貴方が落とした物は――何ですか?」


「僕が落とした物……それは心です。

私は恋に落ちてしまった。貴方に――」


人間の言葉に、泣きそうな笑顔を浮かべる女神。


その彼女の表情を見て、人間が――


ゆっくりとほくそ笑む。


「君との愛の誓いとして、そこにいる魔族を消してくれないか?」


「はい。よろこんで」


「……なんでじゃ?」


よく分からない展開に呆然と呟く魔族。

だが魔族の呟きなど誰にも響くことなく――


魔族は女神パワーによって何となく消滅させられた。

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