第39話 とある魔剣のキラキラネーム

『我の名を呼ぶがいい』


とある洞窟の地下深く、

魔族が黒い剣を手にしていた。


その部屋には、魔族を除いて人影はない。

だが先程聞こえた声は

この魔族のものではない。


その声の主は――

魔族が手にしている黒い剣だった。


『我の名を呼ぶがいい』


再び声をこぼす黒い剣。

魔族はごくりと唾を呑み込む。


「これが……手にしたものに

絶大なる力を与えるという魔剣か。

なんと禍々しい気配。魔族の俺が

体の震えが止まらんぞ」


『我の名を呼ぶがいい』


繰り返される黒い剣の言葉に、

魔族はにやりと唇を曲げる。


魔剣の声。

それは魔剣に選ばれた者だけが

聞こえる声だという。つまり


(俺は世界の覇者に選ばれたのだ)


『我の名を呼ぶがいい』


魔剣の声に、魔族が応える。


「……いいだろう。

俺たちは今日より一心同体。

血に飢えた貴様に、世界の終末を見せてくれる」


魔族は魔剣を掲げ、声を上げた。


「さあ! 貴様の真名を俺に教えるがいい!

契約を交わし、俺に力を授けるのだ!」


『我の名前は――』


魔剣が自らの真名を話した。


『バズレガゾラミ・ドドドリンゲジルドゴラミュル

・トウキョウトッキョキョカキョク・ナマムギナマゴメナマタマゴ

・リゴルデベズルボロホゴビミミホ・クリムゾンだ』


「……ん?」


きょとんと首を傾げる魔族。

魔剣がおどおどろしい声音で――

真名を再び口にした。


『バズレガゾラミ・ドドドリンゲジルドゴラミュル

・トウキョウトッキョキョカキョク・ナマムギナマゴメナマタマゴ

・リゴルデベズルボロホゴビミミホ・クリムゾンだ』


「えっと……バズレギャ――」


噛んだ。その瞬間――


魔族の体に電流がかける。


「ぎにゃあああああああああああああああ!」


『無礼だぞ。人の名を間違えるなど』


「んな名前、言えるかああああああああああああ!」


魔族は魔剣に絶叫した。


「なんだその無駄に長くて早口言葉的な名前は!」


『キラキラネームだ』


「なんか違うぞ!」


『我が名前に文句をつけるな』


「だから――そんな名前なんか呼べるか!」


ひとしきり叫ぶ魔族。

だが魔剣の真名を呼ばねば契約は成立しない。

魔族は溜息を吐き、魔剣に尋ねる。


「……ゆっくり呼んでもいいか?」


『ダメだ。人の名前を区切り区切り話す奴がいるか。

ああ……あと因みに、チャンスはあと一回だ。

次間違えたら、貴様の命はない』


「なんだその割に合わないペナルティは!」


『我は気が短い』


「しるかああああああああああああああ!」


声を荒げる魔族。

だがあくまで淡々と魔剣が尋ねてくる。


『どうする? 呼ぶのか? 諦めるのか?』


「ぐぬぬぬ……」


魔族は苦々しく歯ぎしりして――

がっくりと肩を落とした。



======================


そして魔族の――特訓が始まった。


未来のアナウンサーは君だ!


そんなけばけばしい看板を掲げた指導者のもと

魔族は必死に舌を動かす。


「はい! それではついて来なさい!

jファsjdフォp;ジャsファ;smファイsンフィオサ!」


「jファsjdフォげ――がふ!」


舌を噛んだ。

その直後、指導者が魔族の頭を木刀で殴る。


「違うわ! 何度言ったら分かるの!

こう口元を見て、こう発音するの! こう!」


「こんなのできるか!

つうか、文字に表せない言葉も混じっていたぞ!」


「それは貴方が聞き取れていないだけよ。

はい言い訳しない! 真似をして! はい!」


「ぐ……ヴ……ヴェ――がふ!」


「だから違う!」


舌を噛んですぐに、

指導者の振るった木刀が頭を叩く。


魔族は舌と頭の痛みに涙を浮かべつつ

抗議の声を上げた。


「魔族の頭ボコボコ殴るんじゃねえよ!」


「貴方が口の動きを真似しないからよ!」


「てか人間と魔族じゃあ口の形が違うんだ!

うまく喋れなくて当然――」


「問答無用!」


またも木刀で打たれる。

指導者がズビシと夕陽を指差して声を荒げる。


「泣き言なんて聞きたくないわ!

悔しかったら、どんな言葉だろうと

流暢に話せるようになってみなさい!」


「こんなことしていたら、話せるようになる前に

舌を噛み千切るわ!」


「むしろ噛み千切らないとでも思った!?」


「噛み千切ること前提かよ!」


「千切れた舌を集めるのが趣味よ!」


「ただの猟奇野郎か!?」


「さあ! 早く舌を噛みちぎって

私に献上して頂戴! いくわよ!

jdfじゃpfdじゅあjふぃじゃdf;おいjなp;!

――はい真似して!」


「くそが! 魔剣を扱えるようになったら

真っ先にテメエをぶっ殺してやる!

jdfじゃpfdじべ――がふ!」


「千切れた!? まだ!? 

じゃあ、とりゃああああああああ!」


指導者の木刀が眉間を叩いた。


====================


そして――半年後。


「――

fじゃおdしjふぁjふぁjfだにfはなふぃdhさ!」


しんと場が静まり返る。

半年に及ぶ訓練を終えての卒業試験。

はたして――その結果は――


指導者がぽとりと木刀を落とし――

ポロポロと涙をこぼした。


「――合格よ」


厳しい指導者がみせたその涙に

魔族も思わず瞳をうるませる。


「――っ……先生! 俺……俺……

やったよ! ついにやったんだ!」


指導者に抱きつく。

わんわんと泣く魔族に、

指導者が優しい微笑みを浮かべた。


「もう……バカ。泣く人がいますか。

貴方はこれから、その美声で人々を導く

役目があるのよ。こんなことで

喉に負担を掛けては駄目」


「はい……先生。俺……俺やります!」


こうして魔族は指導者と別れた。

当初は殺してやりたいほど憎んでいた指導者だが、

魔族の今の心には感謝の一文字しかなかった。




――まあそれはそれとして


「ようやくお前の真名を呼ぶ時が来たぞ」


魔剣を掲げて、魔族が笑みを浮かべる。

何やら寝ぼけたような声で、魔剣が答える。


『ようやくか。ふぁ……ああ……改めて言うが、

もし真名が呼べねば、貴様は死ぬことになるぞ』


「ふ……今の俺に読めない言葉などない。

さあ魔剣よ。今一度お前の真名を教えてくれ」


『いいだろう。では――

バズレガゾラミ・ドドドリンゲジルドゴラミュル

・トウキョウトッキョキョカキョク・ナマムギナマゴメナマタマゴ

・リゴルデベズルボロホゴビミミホ・クリムゾン』


魔剣の真名を聞いて、

魔族は呆れたように肩をすくめる。


「おいおい。それで終わりか?

もっと長くても俺は構わないんだぜ?」


『……いや、名前だし。長くはできん』


「少々物足りないが……いいだろう。

見せてやる。半年に及ぶ――修行の成果を!」




見ていてください先生!

俺は必ず魔剣と契約して――

世界を滅亡に導いて見せます!



恩師たる指導者の顔を思い浮かべ――


魔族は一息にその名を呼んだ。


『俺に力を授けよ――

バズレガゾラミ・ドドドリンゲジルドゴラミュル

・トウキョウトッキョキョカキョク・ナマムギナマゴメナマタマゴ

・リゴルデベズルボロホゴビミミホ・クリムゾン!』


ゾゥゥゥン――ゾゥゥゥン――ゾゥゥゥン……


心なしかエコーが掛かる。


完璧だ。一字一句間違えていない!

僅かなつっかえすらない!

契約は――成立した!



そう魔族が確信した――

その直後――



「ぎにゃああああああああああ!」


魔族の全身に電流が走る。


パタンと倒れる魔族。

魔族は息も絶え絶えながら、

納得がいかず魔剣に問う。


「な……なぜだ……俺の発音は……完璧だった

……お前の真名を……正確に話したはずだぞ」


『……ふむ。考えられる可能性は――』


魔剣が淡々と言う。


『我が甘噛みしていたゆえ、

真名が正確に伝わっていなかったようだ』


「そんなの……アリかよ?」


文字に起こしてもらえばよかった。

そんな後悔をしながら――魔族は息絶えた。

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