第38話 とある人間と魔族の鶴の恩返し

昔々、山で一人暮らしをする老翁がいました。


老翁が薪を売り、街から家に帰る途中、

人間の仕掛けた罠に掛かった

一匹の魔族がいました。


「やあやあ人間さん。何を見ているのですか?

ぶち殺されたくなければ、さっさと私の視界から

消えてはもらえないでしょうか?」


人間に警戒心を抱く魔族に、

老翁は優しく言いました。


「おおこれはこれは、何と可哀想に。

どれ、その罠を外してあげましょう」


「余計なことはしなくて結構。

少しでも近づけば、その喉元に

牙を突き立てて上げましょうぞ」


怯える魔族に老翁は近づき、

魔族の足に噛みついた罠に手を掛けました。


そして目一杯の力で

罠の歯を魔族の足に食い込ませます。


「ぐぼぉおおおおおおおおおお!

何をしているのですか? やはり

助けるなど口から出任せなのでしょう」


「いえいえ。足が千切れれば罠が外れる。

そう思い、罠の歯を閉じようとしたまでです」


「あなたは狂っていますか?

肉を断ち骨を砕けるほどに罠を締めるぐらいなら

罠を開いた方が楽というものです」


「それは考え足らずでした。

どれ……さあこれでいいですよ魔族さん」


「はい。足からの出血が全く止まりませんが、

取り合えずは助かりました。

ただし、礼などは申しません。

ここで殺されないだけありがたく思ってくださいね」


「もちろんです」


「ほんとに……ほんとに

感謝なんかしてないんだから!

この……バカ―!!」


「おや? なぜかツンデレ要素が」


こうして老翁は魔族と別れ、

ひとり家路につきました。


====================


魔族を助けたその夜。


そとは大雪でした。


一人身の老翁は時間を持て余し


とある場所に連絡をしていました。


それはいわゆる――

女性が家であれやこれやと

サービスをしてくれる

そういったお店です。


独身の老翁がそのサービスを受けようと

文句を言われる筋合いはありません。


しかし老翁は心配でした。

この大雪では女性は来てくれないのではないか。


そう懸念していると――


扉がトントンと叩かれました。


流行る気持ちを押さえて、

老翁は扉を開けました。


扉の前には――

それはそれは美しい女性が立っていました。


これは当たりの店だ!


老翁は興奮が隠し切れませんでした。


そんな奮い立つ老翁に

女性が鈴音のなるような声で言います。


「申し訳ありません。

親と死別して、親戚を頼りに向かう途中、

この吹雪に見舞われ困っております。

どうかよろしければ、一晩泊めて頂けないでしょうか?」


女性の言葉に、老翁は少々混乱します。


はて、そんなシチュエーションを

指定していただろうか。


首を捻りますが、下手なこと言って

この女性が帰ってしまっては元も子もありません。


老翁はこの女性の設定に乗っかることにします。


「それはそれは……

さぞ大変だったことでしょう。

汚いところではありますが、

どうぞお入りください」


女性がぺこりと頭を下げて

家に入りました。


それでは早速と

老翁はいきり立つのですが、

どういうわけか女性は

部屋には言ったきり、

囲炉裏の前から動こうとしません。


はて……いつ始めるのか?

こちらから誘ったほうが良いのか?


そう老翁が困惑していると、

女性が美しい唇を開きます。


「ありがとうございます。

ぜひお礼をしたいのですが――」


「いやいやお礼などと

どうか気にしないでください」


そうは言いつつも、

内心はようやくかと

老翁は興奮を高めていきます。


ですが、次に女性が口にした言葉は

老翁の意表を突くものでした。


「ぜひそちらの部屋で、

はたを織らせてください」


「……ん?」


老人は怪訝に首を傾げます。


「それは……よく分かりませんが、

プレイの一環と捉えてよろしいでしょうか?」


「プレイ?」


今度は、女性が怪訝に首を傾げます。


「えっと……まあプレイと言えば

プレイでしょうか。あの宜しいですか?」


「なるほど。いえすみません。

私の勉強不足でした。ええどうぞ。

いくらでも機を織ってください」


「それではお言葉に甘えまして。

ただしどうか機を織っている間は

部屋を覗かないようお願いします。」


ここでようやく、

老翁はすべてを悟りました。


なるほど――放置プレイの一種か。


女性が隣の部屋に入り

しばらくしてから

機を織る音が聞こえてきます。


まさか本当に機を織っているはずもないのに、

細部のリアリティまで追求する女性のプロ意識に、

老翁は感銘を受けます。


しかし一分、十分、一時間と時間が経過して、

老翁はだんだんと疑問を覚えてきます。


これは……いつまで待てばいいのだろう。


女性の姿を見た時から、

老翁の臨戦態勢は整っていました。


しかしさすがにこれだけ待たされては、

気が萎えてきます。放置プレイにしても、

本当に放置されても困るというものです。


ここでようやく、

老翁はすべてを悟りました。


そうか。これは覗くなと言って

むしろ覗けということか。


恐らく部屋の中で、

女性はあられもない姿をしているのだろ。

それを老翁が覗くことで、

変態的なシチュエーションが始まるのだ。


老翁は間の抜けた自分を叱り、

そそくさと女性の入った部屋の

扉前に立ちます。


そして――

ゆっくりと扉を開けました。


するとそこには――

なんと昼間に助けた魔族が

機を織る姿がありました。


老翁に姿を見られた魔族は

とても悲しそうな顔をしました。


「見てしまったのですね。見られたからには、

人間の家にいるわけにはいきません。

私はこれで姿を消させてもらいます」


肩を落とした魔族が

ゆっくりと老翁を横切ろうとした


その時――


「いや……サービスは?」


「……はい?」


首を傾げる魔族。

老翁が魔族に詰め寄り、

声を荒げます。


「だからサービスは!?

何だかよく分からんが、

金を払っているというのに、

このまま何もせず帰るというのか!?」


「いや……え? 私のほうも

何がなんだか分からないのですが……」


「誤魔化すでない!

ええい、せっかく興奮が高まったというのに、

このまま逃がしてはなるものか!

貴様ちょっとこっち来い!」


「え? なななな……何なんですか!?

ちょ……きゃあああああああ!

なんで服を脱ぎ始めるんですか!?」


「サービスとはそういうものじゃろ!」


「サービスって……えええええええ!?

どういう勘違いですか!? そもそも

私は魔族で貴方は人間――」


「関係あるかあああああ!

もう収まらんぞ! 生物学上

メスならば何でもいいんじゃああ!

とおおおりやああああああああ!」


「いや……

あああああれえええええええええ!」


――こうして

ひとつの人間と魔族のカップルが生まれたとさ。


めでたしめでたし。


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