第37話 とある元カノの妹とイチャラブ生活

「やめろ……彼女だけは助けてくれ!」


そう涙ながらに絶叫する男。


魔族はその男の滑稽な顔を存分に楽しんだ後――


目の前に倒れている女性に、

剣を突き立てた。


「あ……ああああああああああああああああ!」


男が喉の破れんばかりに絶叫する。


魔族は男のその声に、

どす黒い感情を満たした。


「貴様……貴様だけは許さんぞ!

必ず……必ず殺してやる!」


「そのザマでか? ふん、口だけは一丁前だな」


這いつくばる男を見下ろして

魔族は口元をニヤリと曲げた。


地面を掻きむしった男の指が

血に濡れている。


だがその痛みなど感じないかのように、

男がさらに地面をガリガリと指で抉った。


「何があろうと……どんなことがあろうと……

貴様だけは殺す! 例えこの場で殺されても殺す!

首を断たれようと、貴様の喉元に食らいついてやる!」


恨み言を口にする男。

それを魔族は心地よく聞いていた。


憎悪に満ちた人間の顔ほど、

魔族の心を躍らせるものはなかった。


憎悪が深ければ深いほど

その憎悪をいとも簡単に薙ぎ払う

その瞬間――快感を覚えるからだ。


「――貴様に1年やろう」


「何だと?」


「1年かけて、俺を殺せるだけの力をつけてみろ。

1年かけて、その憎悪をより熟成させてみろ。

俺を楽しませるためだけに――お前は生きろ」


「貴様……馬鹿にするな!」


「1年後の正午、再びこの場で相まみえよう。

忘れるな。この女性を無残に殺された恨みをな」


「忘れるものか……例えこの身が朽ちようと、

魂にまで刻まれたこの怒り――忘れてなるものか!

後悔させてやる! 1年後――必ず貴様を殺してやる!」


「その意気だ……ふふふ……はっはっはっはっは!」


こうして魔族は男の前から立ち去り――




――瞬く間に1年が経過した。


魔族は1年前の約束通り、

男との決闘の場を訪れていた。


男の姿はまだない。当然だ。

約束の正午までまだ2時間ある。


魔族がこれほど早く場に訪れたのは

男が先にこの場に訪れ、

奇襲の準備をしているかもしれないと

考えたためだ。


(ふん……やはりそのような姑息な真似はすまいな)


男のあの憎悪。

あれは奇襲などで溜飲の下がるものではない。


真正面からこちらの喉を掻っ切らない限り、

決して晴れないものだろう。


(さあ……貴様の1年かけ熟成された

その憎悪……俺に味あわせてくれ)


魔族はそう考え、舌なめずりをした。




――そして瞬く間に、

約束の時刻となる。


「……」


魔族は男が来るのを、

狂暴な笑みを湛えて待っていた。




――そして瞬く間に、

約束の時刻から1時間が経過する。


「……」


魔族は男が来るのを、

不機嫌な表情で待っていた。




――そして瞬く間に、

約束の時刻から1日が経過する。


「……」


魔族は男が来るのを、

こめかみをヒクつかせて待っていた。




――そして瞬く間に、

約束の時刻から1週間が経過する。


「……」


魔族は男が来るのを、

祈るようにして待っていた。



――そして瞬く間に、

約束の時刻から1ヶ月が経過する。


「……」


魔族は男が来るのを、

土下座をしながら待っていた。




――そして瞬く間に、

約束の時刻から――


「うおおおおおおおおおおおおおおおい!」


魔族の絶叫が周囲にこだました。





――

――


「それじゃあ仕事に行ってくるよ」


「いってらっしゃいアナタ」


二人の男女は軽いキスをして、

ともに頬を赤らめる。


彼女と同棲を初めて

もう半年となる。


だが未だにお互いの気持ちは、

出会いたての頃のように、

強い熱を帯びている。


否。日を重ねるほどに

その熱はむしろ高まっていく。


お互いの目を見つめ合い

五分が経過した。


男性は照れたように頭を掻き

女性に微笑む。


「寂しいけど、今度こそ行くね。

今日も早く帰ってくるから」


「うん。お祝いの支度をして待ってるわ」


「お祝い?」


怪訝に首を傾げる男性。

女性が恥ずかしそうにはにかんだ。


「本当は昨日話したかったんだけど、

仕事で遅かったから疲れてるだろうなって……」


「なんだい? その話って」


「実は……私、お腹に赤ん坊がいるの」


女性の告白に、

男性が大きく目を見開く。


男性の瞳にじんわりと涙が滲み、

その表情をくしゃりとした。


「本当かい? それは本当なのかい。

僕達の子供が……そのお腹に?」


男性の言葉に、

頬を赤らめた女性がこくりと頷く。


男性は空を仰ぎ見て

キラキラと涙を流しながら声を上げた。


「あああ! なんてすばらしい日なんだ!

僕はこれほどの幸せを感じたことがない!

幸せすぎて怖いほどだ!

この幸せに比べれば、これまでの人生なんて

取るに足らないもの詰まらない――」


「ごらああああああああああああああああ!」


男性が独白をしていると、

なぜか森の中から猛スピードで

魔族がこちらに迫ってきた。


――

――


「取るに足れえええええええええええ!

お前なんぼなんでもそれは酷いぞおおお!

目の前で無残に殺された彼女を、

詰まらないなどと口が裂けても言うなあああ!」


両手を振り上げて絶叫する魔族に

男がきょとんと首を傾げる。


「はて……どちらさま?」


「マジかこいつ!?」


疑問符を浮かべる男に、

魔族は初めて、人間に対して慄いた。


「俺だ! お前の愛する女を目の前で

ぶち殺してやった魔族だよ!」


「へ? いやだなあ。

僕の愛する女性だったら、

もう隣にいるじゃないか」


「いやだ……魔族前でそんな……恥ずかし」


「恥ずかしがらずに……

そのキュートな顔をもっと見せておくれ」


「……ダーリン」


「……ハニー」


「ばあああああああああああ!

止めろ止めろ! 何を唐突に

いちゃついてんだゴラアアアああ!」


ダンダンと地団太を踏み、

魔族は男に思い出してもらおうと

必死に言葉を重ねる。


「思い出せ! お前言っていたろ!

首を断たれようと喉元に食らいついてやる――とか、

魂にまで刻まれたこの怒り忘れてなるものか――とか、

そう俺に言っていたじゃないか!」


「は? 何その台詞……はずかし」


「お前だよ! お前が言ったんだよ!」


「言わないよおお。

僕がそんなダサい台詞。

何それ? 厨二病?」


「うがああああああああ!」


頭を抱える魔族。

だがそれでも諦めず、

魔族は辛抱強く男に話し掛ける。


「ほら! 一年前!

お前、違う女と付き合ってたろ!」


「一年前……えっと……」


「もう、やだダーリン。

一年前だったら、私のお姉ちゃんと

付き合ってた頃じゃない?」


「ん……ああ、そうそう。

すっかり忘れてた」


「この忘れんぼさん」


「ハニー」


「ダーリン」


「ずおおおおおおおおおおおおおい!」


またも二人の世界に入ったところで、

魔族は声を荒げる。


「だから、やめい!

つうか、あ!? 姉だと!?

お前、姉が殺されてすぐに

その妹と付き合ったってのか!?」


「過去を振り返らない性格なんだ」


「たまには振り返れ!

あまりにもでっかいものを置き去りにしているぞ!」


「でも彼女のほうが、お姉さんよりもかわいいだろ?

それにほら――胸もおっきいし」


「こらあああ! はずかしいじゃない!」


「いた。いたた。ははは。ごめんよ」


「もう、えいえい」


「ハニー」


「ダ――」


「うっせええええええええよ! ばああああか!」


もはや我慢ならず

魔族は剣を引き抜いて

その剣先を男に突きつけた。


「何にしろ! 

元カノの仇を忘れたとは言わさんぞ!

さあ、1年間熟成された憎悪を俺にぶつけてみろ!」


「ええええ……よく覚えてないけど、

1年前のことだろ? 何を今更ねちねちと……

もうお互いに水に流そうよ。ね?」


「絶対にお前が言っちゃいけない台詞だぞ!」


「ああ、もう。分かった分かった」


男は観念したようにハラハラと手を振ると――


途端に瞳を引き締めて指を突きつけてきた。


「ついに現れたな! 俺の宿敵よ!

貴様に殺された彼女の恨み、

一分一秒とて忘れてことはなかったぞ!」


「調子いいな……だが、ふははははは!

ついに現れたな! ていうか俺が迎えに来たわけだが

そんなことはどうでもいい!

貴様の熟成された憎悪を俺に見せてみろ!」


「なんか熟成された憎悪って言葉、

気に入ってるっぽいけど、

覚悟しろ! この魔族め!」


「余計なことを言うな!

だが掛かってこい! 人間!」


「とおおりゃああああ――と行きたいが」


男が駆け出そうとした足をピタリと止めて

キラリと瞳を輝かせる。


「決着は、貴様が彼女を殺したあの……

あの……えっと……川……山……森?

そう! 森の中でつけるぞ!

彼女の魂が眠るその地にて、

貴様を八つ裂きにしてやる!」


「なるほど! いいだろう!

女の魂に貴様が無残に殺されるさまを見せてやる!」


「そうと決まれば早速向かおう!

あ、だが俺は野暮用があるから、貴様一人で先に行け!」


「いいだろう! 待っているぞ! 人間め!」



こうして魔族は男の前から立ち去り――




――瞬く間に……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る